フレームは「ビート」と共用!スペックはジョグを凌駕!!
今回は1980年代の名車たちの陰に隠れ、存在を忘れられてしまった不運なスクーターを紹介したい。
1980年代初頭、市場でタクトが大ブレイクを果たし、ヤマハ「パッソル」とともに足元が平らなステップスルー型のスクーターで新たな国内市場を切り開いたホンダ。だが、同コンセプトながらスポーティなイメージを持たせることに成功したヤマハの初期型「ジョグ」(1983年に登場し、フロントカウルの形状からペリカンジョグの愛称で親しまれた)、に水を開けられていた。
そんなジョグに対抗する形で送り込まれたのがホンダ「DJ・1」(1985年)。販売的に成功したと語られているが、実はその前にジョグを打倒するために市場へ送り込まれ、結果敗れてしまったモデルがある。1983年に発売された「フラッシュ」である。これこそが、「打倒ジョグ」のトップバッターなのは意外と知られていない。
フラッシュに先立つこと一か月。ホンダは革新技術を搭載した「ビート」を発売。同社スポーツスクーターのフラッグシップモデルとした。そして、ビートとフレームを共用した「フラッシュ」が新登場! 最高出力/トルクはそれぞれジョグの4.5㎰/0.5kgmに対して、5.0㎰/0.57kgmを発揮。また乾燥重量は2㎏軽く、タイヤはジョグの前後10インチに対し8インチを採用。キビキビとした軽快感を実現した。
ほかにも、ハイグリップタイヤ、防振リンクエンジンマウント、吸収性を高めたサスペンションを採用。当時のスクーターで珍しかったタコメーターも装備(Sグレード)したのだ。ジョグに比べて広いフットスペースも確保し、走りと居住性は完全にライバルを上回っていた。
そんなフラッシュの当時のカタログキャッチコピーは「ポップフェイスで街を行く 感性チクチク 俊足フラッシュ」。このフラッシュサーフェスフェイスはライトを埋め込んだ、いままでと違う先鋭的なデザインを持っていた。このフロントカウルは、フェンダー一体型で押したジョグの形状に対抗したもの……かは定かではないが、ウリであったことは確かだ。
「前カゴ」が付けられたら運命は大きく変わった?
そうした高いポテンシャルと新デザインを詰め込んだフラッシュだったが、残念ながらあまり市場に受け入れられずじまいだった。以下は当時を知るバイクショップに聞いた話だが、発売と同時に多くのバイク屋さんからホンダへある問い合わせが多く寄せられた。
「前カゴはどう付ければいいの?」と。
スクーターは、スポーツ性を謳っていてもデイリーユース(日常での使い勝手)が前提であり、しっかりとした積載性があったタクトシリーズからの買い替え需要も見込んでいた。その中で定番の「前カゴ」の装着設定が無いスクーターは、販売現場からすると売りずらい商品だったよう。
その理由はヘッドライトをフロントカウル内にビルトインしたため、光軸を遮る前カゴをオプション設定することは叶わず販売が不振。一代限りで終了してしまったというわけだ。そしてホンダは打倒ジョグを誓い、フラッシュ発売から2年後、きちんと前カゴの付くDJ・1を誕生させた。まさに失敗は成功の元、である。
ここでひとつ付け加えると、ホンダスクーター黎明期を支えた、AB系エンジンがこのフラッシュで終焉を迎えた事だ。AB系エンジンは、ロードパルの後継となるAB04 カレン(1979年)が資料で確認できる最古の搭載モデル。カレンの3.1㎰/0.43kgmの2ストエンジンは、設計を変更しながら、たったの4年で1.6倍のパワーを叩き出すに至っていた。
AB系の最強エンジン搭載車だったフラッシュは、1970年代末から続いたホンダ小排気量車テクノロジーの、ひとつの頂点であることを忘れてはいけない。内に秘めたポテンシャルはとても高かったのである。
※この記事は月刊モトチャンプ2022年8月号を基に加筆修正をしています


