EJ20とともにデビューしたスバル渾身のハイパフォーマンスモデル

スバル レガシィといえば、スバルの長い歴史の中でもエポックメイキング的存在として欠かせないモデルだ。1970年代から基幹車種としてラインナップされていたレオーネは乗用4WDとしての地位を確立したものの、DOHC化、ハイパワー化が進む周囲のメーカーからはパワーユニットの面で遅れをとっていたことで、販売面でも苦戦を強いられていた。

そこで起死回生のモデルとして、1989年1月に満を持して登場したのが初代レガシィだ。それまでレオーネが培ってきた4WD技術を核に、水平対向という形式は引き続きつつも、完全新開発のEJ型エンジンを搭載。セダンのトップグレード「RS」には2.0L水平対向DOHC16バルブインタークーラー付ターボを搭載し、当時の国産車ではトップレベルの220ps/27.5kgmいうハイパワーが与えられた。


のちにツーリングワゴンにも同じパワーユニットを搭載し、ATでも対応できるよう 200ps/26.5kgmへと抑えた「GT」を設定。このGTはセダンにもAT用グレードとしてラインナップされた。


華々しいデビューとスバル初となるWRC総合優勝の栄光
レガシィはデビュー直前の1989年の1月に米国 アリゾナ州フェニックスにて 10万キロの世界速度記録に挑戦。平均速度 223.345 km/hという記録を 19日間で達成し見事に世界記録を樹立した。

また1990年からはWRC(世界ラリー選手権)への参戦も開始。GC8型初代インプレッサがWRCへデビューする直前の 1993年の8月にはニュージーランドラリーで見事優勝している。世界速度記録と世界ラリー選手権の優勝と、グローバルでも通用する高いポテンシャルを持つレガシィに多くの人が惹きつけられ、その強さに魅了された。

何を隠そう筆者もそのひとり。それまでクルマにこそ興味はあったものの、10万キロを連続走行して世界記録を打ち立てるという偉業の達成に、それまでのどんなクルマよりも強烈なインパクトと魅力に惹きつけられ、”スバル好き”の世界に引き込んでくれたモデルなのである。
「RA」とはなんぞや?

市販モデルでは、トップグレードのセダンRSに「タイプR」「タイプRA」と立て続けにコンペティションモデルも追加された。特にタイプRAは「Record Attempt(記録への挑戦)」という意味が込められ、現行スバル車でも特別なモデルに与えられるグレード名としてその魂が引き継がれている。



車両重量こそ初代インプレッサWRXタイプRAより120kgほど重いが、1290kgという車重は現代のクルマでは考えられない超軽量なモデルといえるだろう。さらに、エンジンはポート研磨や手組みバランス取り、鍛造ピストン、高耐圧コンロッドメタルと現代のSTIコンプリートカーに通じる専用スペシャルチューニングが施されていたことが特徴だ。

驚くほど手のかかかる、手組みバランス取りのエンジンを搭載したモデルが、カタログモデルとして販売されていたことに改めて驚かされる。

元祖EJ20エンジン搭載車である初代レガシィのなかでも、いまでも衰えることのない官能的なフィーリングはタイプRAならでは。B型以降のモデルから採用されたクロスレシオ5速MTと軽量なボディのおかげで最高出力220psというスペックでも、想像を超える俊足ぶりは実に痛快だ!

バリアブルギアレシオのパワーステアリングは、違和感もなく、つづら折れの続くワインディングでも気持ちの良いコーナリングと軽快感を満喫できる。

コンペティションモデルであるがゆえに必要最低限の装備とすることで軽量化も徹底されており、パワーウインドウや集中ドアロック、オートエアコンなどベースとなるRSから省略されている。




ただし、現代ではメーカーオプションとなるエアコンやパワーウインドウといった装備も当時はディーラーオプションでも設定されており、RAでも快適装備の追加が可能であった。より自分好みの1台に仕立てられる当時の純正アクセサリーの豊富さにはコストや在庫管理などの面で難しさなどがネックとなるが、車両本体価格の高騰している今こそ復活してほしい。

初代レガシィRSタイプRAは、現代に受け継がれるWRXやSTIコンプリートカーの始祖として特別な存在であると同時に、軽快な走りと気持ちの良いSTiチューニングのEJ20を満喫できる1台として語り継がれるモデルだと言えるだろう。
レガシィ、ヴィヴィオ、インプレッサ、名車が続々登場する時代…… "いもっち"が語るネオクラシック・スバルの思い出……レガシィツーリングワゴンに乗りたかった!! | Motor Fan|自動車情報のモーターファン







