創業とともに生まれた「翼」の思想


本田技研工業は1948年、本田宗一郎によって設立された。戦後復興期の日本において、同社はまず二輪車メーカーとして歩みを始める。その際に採用されたのが、現在も使われ続けている「ウイングマーク」である。この翼は単なる装飾ではなく、技術の進化、若さと夢、そして世界への飛躍を象徴するものとされている。創業者・本田宗一郎が掲げた思想が翼というかたちで表現されている。
移動手段を提供することは、単に距離を縮めることではなく人の可能性を広げる行為である。ホンダにおいて、翼はその思想を最も直接的に可視化した存在だった。
四輪における「H」エンブレムの成立


1963年、ホンダは四輪事業に参入する。軽トラック「T360」やスポーツカー「S500」に装着されたのが、現在に至るまでブランドの象徴となっている「H」エンブレムである。
このロゴはHondaの頭文字を表すものであり、企業としての信頼性と誠実さを象徴するものと位置づけられている。翼のような具体的なモチーフとは異なり、抽象度の高い記号である点に特徴がある。ここから、ホンダは理想を示す翼と製品ブランドとしての信頼を担うHマーク、2つのエンブレムを持つことになる。
赤いエンブレムの起点–NSX Type RとF1に遡る系譜


こうして確立されたHマークには象徴的なバリエーションが存在する。ホンダの高性能モデルに与えられる赤いエンブレムは、現在ではType Rのアイコンとして広く認識されている。その起点として最も早い時期に確認できるのが、1992年に登場した「NSX タイプR」(NA1)である。
この意匠の背景には、モータースポーツの歴史がある。この赤いエンブレムは、1965年にメキシコGPで優勝したF1マシン「RA272」がノーズに装着していた赤色のエンブレム(通称赤バッジ)を、ホンダのチャレンジングスピリットの象徴として与えたものであるとホンダは説明している。
その後、赤バッジは「インテグラ タイプR」や「シビック タイプR」へと継承され、ホンダのレーシングスピリットを象徴する記号として定着。ホンダブランドの内部において、明確な意味を担う存在となっていった。
次世代に向けた新しい「H」マーク


こうした歴史を受け継ぎながら、ホンダは現在、新たな時代に向けたエンブレムの更新も進めている。ホンダは2026年1月、次世代のBEV「Honda 0」シリーズの発表に合わせ、新たなHマークを採用することを明らかにした。この新しいエンブレムについてホンダは、次世代EVの開発にあたってデザインされたものであり、変革への意思と挑戦・進化を追い求める企業姿勢を表現したものだと説明している。
その形状は両手を広げたようなデザインとされ、モビリティの可能性を拡張し、ユーザーに向き合う姿勢を象徴するとされている。従来のHマークとの連続性を保ちながらも、新たな時代に向けた意思を示した点に、この変更の本質がある。
二輪と四輪における象徴の使い分け

現在でもホンダは、二輪には翼、四輪にはHという異なるエンブレム体系を維持している。この使い分けは、それぞれの製品が担う役割の違いを反映したものでもあるだろう。個人の自由や機動性を強く体現する二輪においては、翼という象徴が用いられる。一方で四輪は、より広範な社会的役割と信頼性が求められる領域であり、その象徴として簡潔で普遍性の高い記号が選ばれている。
ホンダのエンブレムは、一見すると統一された物語を持たないようにも見える。しかしその本質は一貫している。翼は理想を示し、Hはそれを現実の製品として具現する。そして新たなHマークは、その実現手段そのものが変化しつつあることを示している。

