
未来への憧れを詰め込んだ、80年代の革新派スクーター
1980年代前半、日本はまさに技術革新の真っただ中にあった。クルマにはターボや電子制御、デジタルメーターにリトラクタブルヘッドライトなど未来的なデザインが次々と採用され、子供用自転車ですらエアロパーツや角張ったスタイルが人気を集めていた時代。そんな「未来」へのワクワク感を、そのまま50ccスクーターへ持ち込んだような存在が1983年に登場したホンダ・ビートだった。
一目見て印象に残るのが、直線基調のボディと近未来的な二灯式ヘッドライト。「まるでスポーツカー」という声が挙がっていたが、まさにその通り。当時のスクーターといえば買い物の足というイメージが強かっただけに、その姿は異彩を放っていた。
もちろん、見た目だけではない。搭載されたエンジンは50ccスクーターとして世界初となる水冷2ストローク単気筒で、最高出力は7.2ps。上級モデルですら6ps程度だった当時の原付スクーターでは、圧倒的なパフォーマンスを誇った(リード50S:5.5ps、リード80:6.5ps)。さらに二輪車世界初となるメンテナンスフリーバッテリー(MFバッテリー)を採用。セル始動専用だったビートにとって、この新技術はまさに生命線で、セル始動のみだからここは重要な部分。技術のホンダらしいこだわりが感じられるポイントだ。
そして、この「ビート」という名前も忘れてはならない。現在では1991年に登場した軽オープンスポーツカーを思い浮かべる人も多いが、その8年前に登場していたのがこのスポーツスクーター。80年代をリアルタイムで過ごしたライダーたちにとって、「ビート」と言えば、この赤いマシンを思い出す人も少なくないだろう。

足元のペダルでパワーが変わる!? 世界初だらけの革新メカ
ビートを語るうえで絶対に外せないのが、「V-TACS(可変トルク増幅排気システム)」だ。通常は開いている排気ポート内のサブチャンバーを、足元のペダル操作によって切り替え、低回転域と高回転域で最適なトルク特性を引き出すという凝ったメカニズム。当時の50ccスクーターとしては、かなり攻めた装備だった。筆者も試乗したことがあるが、メータ内には作動のタイミングを示すインジケーターがあり、ペダルを踏むとエンジン回転数がグワッと上がり、加速力が増すのである。きっと当時のメカ好きの少年&おじさんたちは夢中になっただろう。
そしてビートにはまだまだ”世界初”が詰まっている。50ccスクーターとして世界初のデュアルハロゲンヘッドライト、二輪車世界初のメンテナンスフリーバッテリー、そして世界初の水冷2ストロークスクーター。これだけの新技術を一台に詰め込みながら、どこか「未来の乗り物」のような雰囲気を漂わせていた。
クルマを思わせるシルエットに、防風効果に優れた半透明のカウリングを装備し、マフラーは膨張室の大きなチャンバースタイル。若者たちの心を掴み、さらに乗ればメカニズムでも楽しませてくれる一台だった。ただ、実際に走らせると少し意外な一面もある。意外とローギヤード設定のため最高速はそこまで伸びない。そのため当時はホンダ・フラッシュ(小径8インチホイール車のため、ギヤをハイギアードにして最高速が伸びるようになっている)のギヤに入れ替えて最高速を伸ばすチューンも一部で流行った。
V-TACS(可変トルク増幅排気システム)はこういう仕組み



エキゾーストポート内にサブチャンバーを装着。通常、開いている状態だが、足元のペダルを踏むことで閉じる仕組み(写真上段右)。すると、排気脈動が変化し、加速時に最適なトルクを生み出す仕組みだ。メーターには、ペダルを踏んだ際のパワー曲線(緑)と、踏まない際のパワー曲線(白)が表示され、ペダルを踏むとインジケーターが誇らしげに赤く点灯する。
当時は速すぎた!? いま改めて評価されるホンダ・ビート
メカニズムは最先端ながら、斬新なフォルムと高額な車両価格(15万7900円)によって、セールス的には伸び悩みビートは一代限りで姿を消してしまう。しかし、その存在感は今なお色褪せていない。近年では程度の良いノーマル車はほぼなく、中古市場でも価格は上昇傾向。今ではコレクターズアイテムとして探しているファンも少なくない。それも当然だろう。50ccスクーター世界初の水冷2ストロークエンジン、世界初のデュアルハロゲンヘッドライト、二輪車世界初のメンテナンスフリーバッテリー、そしてV-TACSという独創的な可変排気システム。これだけの革新技術を詰め込みながら、「スクーターでも本気で走りを楽しめる」という新しい価値を提案したのがホンダ・ビートだった。もちろん、走りも一級品でミニバイクレースでは大活躍。最高出力はもちろん、ライバル車は空冷エンジンでかたやこちらは水冷エンジン。熱ダレも少なくレース後半でもパワーの落ち込みが少ないのだ。当時あるライダーがビートで連勝を重ねると、レース主催者から「もう出ないでほしい」とお願いされたというエピソードもあるほど一歩抜きんでたポテンシャルだったのである。
商業的な成功だけでは測れない、技術者たちの挑戦と遊び心を小さな車体いっぱいに詰め込んだ”原付界の小さなスーパーカー”「ホンダ・ビート」。まさにあの頃のホンダは、原付で未来を作っていた。
スクーター初水冷2ストエンジン

ビート専用に設計された水冷2ストロークエンジンは7.2㎰を発生。足踏みペダルで操作する排気デバイス「V‐TACS」を搭載。低回転域と高回転域でトルクを2段階に切り替えることができる。
二輪世界初メンテナンスフリーバッテリー

バッテリー液を密閉させたMF(メンテナンスフリー)バッテリーを搭載。定期的なバッテリー液の補充や比重のテストなどが不要となった。二輪車では世界初の採用となった。
50ccスクーター世界初デュアルハロゲンヘッドライト

50㏄スクーターとしては世界で初めてニ灯式のヘッドライトを採用している。ただレンズが小さくバルブもハロゲンとはいえ18Wなので、現在の基準で考えるとちょっと暗かった。ヘッドライトの奥に見えるのは水冷ラジエター。




HONDA BEAT
[SPECIFICATIONS]
全長×全幅×全高:1690mm×580mm×985mm
ホイールベース:1140mm
シート高:695mm
車両重量:65kg
エンジン種類:水冷2スト単気筒
総排気量:49cc
最高出力:7.2ps/7000rpm
最大トルク:0.73kgm/7000rpm
燃料タンク容量:4L
燃費:67km/L(30km/h定地走行)
ブレーキ(前・後):ドラム・ドラム
タイヤ(前・後):3.00-10・3.00-10
価格:15万9000円
※スペックは83年モデル
※この記事は月刊モトチャンプ2025年3月号を基に加筆修正を行っています
【モトチャンプ編集部】