85年鈴鹿8耐のパドックに展示された童夢N.M.R.

1979年の日本グランプリを皮切りに耐久レースにも参戦するようになったスーパーモンキー。85年の鈴鹿8耐には4輪レーシングカーコンストラクターである童夢とコラボすることになり、専用の車体を開発する。それが童夢DCF1でカーボンフレームの上に被さるフルカバード・フェアリングが特徴的なマシンだ。

その8耐のパドックにDCF1と並ぶようにして展示されたミニマシンがN.M.R.50をベースに8耐マシンと同じスタイリングとされた童夢N.M.R.なのだ。実際にレース活動をしたわけではなく、あくまでパドック用のマシンとして製作されたため、レースの後で行方は分からなくなりスーパーモンキー自体がバイクショップを廃業してしまうとその存在すら覚えている人は少なくなった。

ところがバイクショップだった社屋は当時のまま残されていた。しかも本社に面した施設のシャッター袋の上に次に紹介するモノコックフレームのST70-88レーシングが当時のままの姿で無造作に置かれていたのだ。この事実を知った有志が集まり、レストア作業を進めることが決まった。

有志一同は資金や部品を集めるため古くからのバイクレース出身者たちへ声をかけ、4人ほどの仲間が集まりレストアプロジェクトがスタートする。残存するパーツがほとんどない状況のなか、大変な苦労をされて修復作業が進められた。プロジェクトが進行するとさらなる驚きがもたらされる。童夢N.M.R.が発掘されたのだ。

童夢N.M.R.に関しては走行したことのないマシンであるため、基本的には走行可能な状態へ回復させることが主目的。当時のまま残っていた奇跡を「モンキーミーティングin多摩」の会場で目撃できた人はラッキーだったと言えるだろう。

モノコックフレームが特徴のST70-88

問題だったのはスーパーモンキーがミニバイクレースで圧勝することとなるST70-88レーシングである。車体こそ残っていたがエンジンやマフラーなどのパーツが失われていた。ST70-88のエンジンやミッションはワンオフされたパーツで構成されており、特にクラッチプレートはマグネシウム製だったりと軽量化と高出力化が盛り込まれていた。

そこで集まった有志たちにより部品製作から始めることとなった。さすがに当時と同じ素材を使うには際限なく費用がかかるため諦めるところは諦めている。当時スーパーモンキーで市販されていた部品があれば拝み倒して譲り受けるなど苦労の連続だったそうだ。

費用もかかったがパーツ入手や製作などを含め、ST70-88のレストアには3年もの歳月が必要だった。当時の写真をもとに再現するわけだから、並大抵のことではなかっただろう。別の車体がもう1台でもあれば良かったのだろうが、ST70-88は世界に1台しか存在しないから残された車体と当時の写真がすべてなのだ。

幸いなことに前後の足まわりは当時のまま残されていた。9穴のスーパーモンキー製アルミホイールやS-MONKEYのロゴが入るブレーキドラムなどは当時市販されていたので、比較的残存しているパーツだが残されていたものを丁寧にレストアしている。

ワンオフ製作されたモノコックなのでステップや角形スイングアームなども当然専用に作られた品。通常のレストア作業同様に清掃作業が施された。ピボットシャフトやステムシャフトには高価なチタン素材が用いられていたこともあり、これらは丁寧な清掃作業により再使用されている。

数多くの勝利をもたらしたファクトリー仕様のダックスレーサー

スーパーモンキーが本格的にミニバイクレースに取り組んだのは、チューニングショップとしてオープンすることとなる1976年のこと。以前は4輪系のショップだったそうだが、モンキー用マフラーを製作したところ反響が大きく市販化が求められた。これが2輪チューニングショップとしてスタートすることになるきっかけだ。

1977年になると「関西ミニバイク連盟」という団体を結成して「関西MINIレース選手権」をシリーズ戦として開催することになる。関西だけでなく広い地方からのエントリーがあり約100台もの参加となった。圧巻なのは観客数で、実に約4000人もの人が駆けつける盛況ぶりだった。

このミニバイクレースに参戦するために製作されたのが青いファクトリーレーサーのダックスだった。ライダーには71年のMFJ全日本モトクロス選手権セニア250ccクラスでチャンピオンだった上野広一さんが務め、数多くのミニバイクレースで活躍した。レースを通じてスーパーモンキーの知名度を向上させた立役者が青いダックスだったのだ。

ファクトリー仕様のダックスが大活躍したことで、先に紹介したモノコックフレームのST70-88の開発へと繋がる。歴史的な意味合いでは青いダックスも大変に貴重な個体であるのだが、残念ながら残存は確認できていない。そこでレストアプロジェクトのメンバーはファクトリーレーサーのダックスを再現すべく、新たにレプリカを製作することにされた。

ファクトリーレーサーのダックスを開発したことで部品の市販化も実現している。そのため今でも稀に当時のスーパーモンキー製パーツが出てくることがある。また趣味でストックしているユーザーやショップもあり、レプリカの製作にはレストアプロジェクトのネットワークをフルに駆使して部品探しが行われた。なお、レストアされた2台とレプリカとして製作されたダックスはプロジェクトに関わった人たちだけが集う某所(いわくカフェだそう)で保管されているとのことだ。

