排気量アップもリフレッシュも実現する新世代加工!

レーシングエンジン技術がGT-Rチューンの常識を書き換える。

「VR38DETTはボアアップできない」。そんな常識が、いま大きく覆ろうとしている。

R35 GT-Rに搭載されるVR38DETTは、シリンダー内壁に特殊な金属溶射加工を施したアルミブロックを採用する。この構造は、軽量化と高い耐久性を両立する一方、従来の鋳鉄ライナーのようにシリンダーをボーリングして排気量を拡大することが難しい。

そのため、VR38DETTのチューニングでは純正ボアを維持し、ストローカークランクによって排気量を拡大する手法が一般的とされてきた。

かつてはシリンダーを削り、鋳鉄ライナーを打ち込む方法も存在した。しかし、ライナーの脱落などのリスクを抱えることから、現在では特殊なケースに限られている。

つまり、VR38DETTの排気量アップは「ボアを広げる」のではなく、「ストロークを延長する」のが常識だったのである。

そんな状況を変えつつあるのが、レーシングエンジン製作を得意とするARMが手掛けるシリンダー溶射技術だ。

R35 GT-Rの開発当時、自動車メーカーが最先端技術として採用したシリンダー溶射を、ARMはチューニングエンジンへ応用。現在、このレベルの加工を一般ユーザー向けに提供できる事業者は世界でも極めて少なく、海外のレーシングエンジンメーカーを含めても施工例は限られるという。

ARMが採用するのは、低炭素鋼にモリブデンを添加した素材を、低温プラズマ溶射によってシリンダー内壁へ定着させる工法だ。熱によるブロックの変形を抑えながら、高硬度かつ耐久性に優れたシリンダー壁を形成できるのが特徴。アルミブロックだけでなく、スチール製シリンダーにも対応する。

加工は、シリンダーをピストンサイズより大きく粗ボーリングするところから始まる。この段階で、後に施工する溶射膜の厚みを見越した寸法へ加工。その後、専門工場でシリンダー内壁へ溶射を施工する。

加工を終えたブロックがARMへ戻ると、面取りや最小限の面研を実施。さらにダミーヘッドを装着した状態で、最終的なボーリングとホーニングを行う。

ダミーヘッドを使用する理由は、実際にシリンダーヘッドを締結した際に発生するブロックの歪みまで再現した状態で、真円加工を行うためだ。

さらにARMでは、ダミークランクを組み込んだ状態でボーリング加工を実施。クランクシャフトの中心とシリンダーの中心を高精度に一致させ、レーシングエンジンレベルの加工精度を追求している。

ホーニングの仕上げも、一般的なシリンダー加工とは大きく異なる。

溶射面には、目に見えない微細な孔が無数に存在し、高いオイル保持性を備えている。そのため、一般的なクロスハッチを形成するのではなく、鏡面に近い滑らかな表面へ仕上げられる。

しかも、高硬度の溶射層は加工条件が極めてシビアだ。切削油による温度変化で生じるわずかな寸法変化まで考慮しながら、加工と計測を何度も繰り返し、指定されたピストンクリアランスへと仕上げていく。

この技術のメリットは、ボアアップだけではない。

溶射膜を利用すれば、すでにオーバーサイズ化されたシリンダーのボア径を縮小し、純正サイズへ戻すリフレッシュ加工も可能となる。

さらに、シリンダーへ傷が入った場合でも、低温プラズマ溶接による肉盛り補修と組み合わせることで、高価なVR38ブロックを再利用できるケースも少なくないという。

今回取材したブロックも、ピストンピンの脱落によってシリンダー内壁に約1mmの深い傷が入ったエンジンだ。

しかし、シリンダー溶射技術を活用したボアアップ加工によってダメージを修復。95.5mmから約2.5mmのボア拡大を実現し、傷を負ったブロックを再び第一線へ復帰させている。

シリンダーだけではない! レーシングエンジン技術を各部へ投入

ARMでは、シリンダー溶射によるボアアップだけでなく、VR38DETTの性能と耐久性を高めるさまざまな加工メニューを用意している。

摩擦や抵抗の低減、吸排気効率の向上、ブロックの歪み修正、そしてボアアップに対応する鍛造ピストンまで、レーシングエンジン製作で培った技術を各部へ投入しているのだ。

左:未施工/右:アキュルト加工済み

まず注目したいのが、クランクシャフトやコンロッドなどの金属部品を鏡面に近い状態へ仕上げる「アキュルト加工」だ。

一般的な研磨加工とは異なり、化学的な処理によって金属表面の面粗度を整え、極めて滑らかな表面を形成する。

クランクシャフトへ施工した場合、回転するカウンターウエイトとオイル油面の摩擦抵抗を低減できるほか、表面へのオイル付着も抑制。

オイルの攪拌やミスト化による油温上昇、クランクケース内圧の増加を抑えることで、エンジンの回転上昇をよりスムーズにする効果が期待できる。

アキュルト加工済み
未施工

こうしたフリクションの低減は、高回転域におけるレスポンスや出力にも大きく影響する。

実際にARMでは、ノーマルストロークのVR38DETTチューンドエンジンで、8500rpmの常用を実現した例もあるという。

燃焼室ミラー仕上げNC加工

燃焼室ミラー仕上げNC加工

続いて紹介するのが、燃焼室の表面を高精度に整える「燃焼室ミラー仕上げNC加工」だ。

通常の機械加工では、エンドミルによる細かな切削痕が残るが、この加工ではそれをほとんど確認できないほど平坦で滑らかな表面へと仕上げられる。

加工はバルブシートリングのカット後に行われ、シートリングと燃焼室の境界に生じる段差も同時に修正。バルブ周辺から吸排気を滑らかに流すことで、吸気抵抗や排気抵抗の低減を図る。

さらに、吸入初期から理想的なタンブル流を形成しやすくなるため、燃焼効率の向上にも貢献。燃焼室容積についても、基本的に気筒間の差を0.02cc以内へ揃えることが可能とされ、高出力エンジンに欠かせない均一性を追求できる。

画像のヘッドは、燃焼室の片側をスキッシュレス形状に仕上げた仕様。単に表面を美しくするだけでなく、狙った燃焼特性に合わせて形状そのものを作り込めるのも、この加工の大きな特徴だ。

クランクラインボーリング

クランクラインボーリング

ハイパワー化されたVR38DETTでは、シリンダーだけでなくクランク軸を支持するメインジャーナル周辺にも歪みが発生する。特にハードに使われたアルミブロックでは、クランクセンターのラインが乱れ、回転抵抗が増えているケースも少なくないという。

実際に、使用状況によってはシリンダーが縦横方向で0.06mmほど歪み、クランクの回転が明らかに重くなっている場合もある。こうしたブロックの変形を修正し、クランク軸の中心を正確に揃える加工が「クランクラインボーリング」だ。

メインベアリングの支持部を一直線に加工し直すことで、クランクシャフトを無理なく回転させることが可能となる。回転抵抗の低減だけでなく、メタルへの偏った負荷や摩耗を防ぎ、エンジン全体の耐久性向上にもつながる重要な加工である。

ARMでは、クランクシャフトのゼロバランス加工と組み合わせて施工することが多いという。回転系の重量バランスと軸線の両面を整えることで、高回転域でも滑らかに回り続けるエンジンへと仕上げていく。

98mmボアアップを支える英国OMEGA製鍛造ピストン

シリンダー溶射によるボアアップを実現するうえで、その性能を受け止めるピストンも重要な要素となる。

ARMが採用するのは、英国OMEGA社が製造するVR38DETT用98mm鍛造ピストンだ。

OMEGA社は、F1やMotoGP、かつてのDTMなど、世界最高峰のモータースポーツカテゴリーで使用されるレーシングピストンを手掛けてきたメーカー。製品は英国の自社工場において、600トンの鍛造プレスを用いて成形される。

高い強度を備えるだけでなく、熱による変形が少ないことも特徴。高温・高負荷にさらされるチューニングエンジンやレーシングエンジンに適した特性を持つという。

98mmという大径サイズは、今回紹介したシリンダー溶射によるボアアップ仕様を成立させるための重要なパーツとなる。

また、英国製の金属部品は、使用材料の成分や製造履歴を示すミルシートを取り寄せられる点も、エンジンビルダーにとって大きな安心材料だ。性能だけでなく、素材の素性まで確認したうえで使用できることは、過酷な条件にさらされる高出力エンジンにとって重要な要素となる。

進化を続けるVR38DETTチューニング

シリンダー溶射、表面処理、燃焼室加工、ブロックの歪み修正、そして鍛造ピストン。

これらを個別の加工技術として捉えるのではなく、ひとつの高性能エンジンを成立させるための総合的なメニューとして組み合わせることで、VR38DETTはこれまで以上の高回転化、高出力化、そして耐久性向上を狙うことが可能となる。

「VR38DETTはボアアップできない」。

そんな従来の常識は、レーシングエンジン技術を応用した新世代の加工によって、いま確実に変わり始めている。

●取材協力:ARM/ドゥーラック TEL:0467-81-3610/エンドレス 神戸市西区岩岡町古郷字南場960-8 TEL:078-969-2555

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