なぜ開発期間を短縮しなければならないのか

日産が、新型車の開発プロセスにメスを入れた。新たに推進しているPCS-T(Product Creation System-Transformation)は、企画、デザイン、開発、生産にまたがる全社的な変革として位置づけられている。

日産がPCS-Tに取り組むようになったのはなぜか。第一製品開発本部 執行職の山口一之氏はメディア向けの説明会において、5つの理由があると説明した。

日産自動車 第一製品開発本部 執行職の山口一之氏。

ひとつ目は、開発が長期化すると商品の鮮度が落ちること。企画段階では新しかったデザインやアイデアも、実際に市場へ出る頃には古くなっている可能性がある。山口氏はデザインやアイデアを「生もの」と表現し、腐る前に顧客へ届ける必要があると述べた。

ふたつ目は市場環境の急激な変化である。米国の政権交代に伴う政策や補助金の変化、EV化の流れの変化、顧客ニーズの変動などは企業側が完全に予測できるものではない。長い開発期間を前提にすると、発売時点の市場環境に商品が合わなくなるリスクが高まるというわけだ。

三つ目は、長いリードタイムそのものが事業リスクになること。企画から市場投入までが長いほど、当初の前提と実際の市場状況との乖離は大きくなる。そうすると、投資判断、販売計画、収益性における不確実性はどんどん高まってしまう。

四つ目は開発構造の複雑化だ。自動運転、AI、先進安全技術、電動化など開発負荷は増える一方で、開発期間の長期化や開発費の増加を招いている。それは車両価格の上昇の大きな要因となる。

そして五つ目が、スピード競争の激化だ。中国を中心とした競合の開発スピードは速く、2年前後で開発する例もある。従来型の開発期間では、この厳しい競争環境には追いつけない。

「リードプロジェクト」で37か月、「後続プロジェクト」で30か月

PCS-Tでは、新規プラットフォームなどを伴う「リードプロジェクト」で37か月、既存プラットフォームなどを活用する「後続プロジェクト」で30か月を目標とする。従来はどちらもおおむね50か月程度を要しており、リードプロジェクトについては欧州メーカーと同等程度だったものの、後続プロジェクトでは期間短縮が十分に進んでいないという課題があったという。したがって、後続プロジェクトで30か月が実現すれば、大幅な期間短縮となる。

開発プロセスはふたつのフェーズに分けて整理されている。

デジタルフェーズは、プロジェクトの立ち上げから、計画、企画、スタイリングの決定、目標性能の設定、設計、そしてデジタル上での設計検証を行い、製造へ移行する目途を立てるまで。

フィジカルフェーズは、金型・プレス・治具の製作、試作車の製作、工場での生産検証、性能検証、認証行為を経て車両を立ち上げるまでを指す。

日産の考え方は、デジタルで決めるべきことを前倒しで決め、フィジカルでしか確認できないことを最小限かつ高精度に絞り込む、というものだ。

施策1:全性能で勝とうとせず、目玉ポイントを決める

4つの施策のうち3つはデジタルフェーズ、ひとつがフィジカルフェーズに対応する。

ひとつ目は、車両企画における目標設定の考え方を変えることだ。

従来の日産には、競合車をすべて調査し、あらゆる性能で勝たなければならないという命題があったという。だがクルマの性能は相互に影響し合う。ある性能を高めれば別の性能との調整が必要になる。すべてで競合を上回ろうとすれば、過度な調整と設計の手戻りが発生し、期間は延び、コストは増える。

新しい手法では、車両ごとに差別化したい「尖らせるポイント」を明確にし、そこへリソースを集中させる。それ以外の性能は、顧客にとって必要な一定レベルを確保する方針とする。すべてで最高を目指すのではなく、商品価値の核となる領域を見極めて重点的に磨くという方針だ。

施策2:デザイン案を早期にひとつに絞り込む

ふたつ目はデザイン決定プロセスである。

従来は複数のデザイン案を作成し、それぞれについて詳細な設計や検証を行って競合させる形を取っていた。選択肢は広がるが、各案に設計・検証リソースを投入する必要があり、時間も工数も膨らむ。

新しい手法では、複数案を長期間並行させるのではなく、早い段階でデザイン案を絞り込み、リソースを一案へ集中させる。あわせてファミリーデザインルールを適用することで方針決定の時期を早め、その後のデザイン決定までを一本の流れで進める。

施策3:合議制から役割分担へ

3つ目は組織だ。

従来の日産は、PD(プログラムダイレクター)、CPS(商品企画責任者)、CVE(開発責任者、チーフビークルエンジニア)の合議制で意思決定を行っていた。責任範囲が重なるこの体制では、関係者の意見が一致しないときに意思決定が停滞し、開発が前へ進みにくくなる。

新体制では役割と責任を明確に分ける。PDとCPSを束ねた「PD with CPS」という形にして、商品として尖らせるポイントとビジネス条件を定義する。どの価値を顧客に訴求するのか、どのような事業条件の中で成立させるのかを決める。

一方、CVEはその条件の中で最適なエンジニアリング解を提供する役割を負う。商品企画上の狙いと事業上の制約を踏まえ、技術的に最も適切な解を導く。誰が何を決め、誰がどの条件の中で最適解を出すのかを明確にすることで、合議による停滞を避けるのが狙いだ。

山口氏はこれを、組織上のプロセス改革であると同時にマインドセットの変革でもあると述べている。

施策4:AI・DXでフィジカルフェーズを縮める

4つ目は、フィジカルフェーズの効率化である。例として挙げられたのは、以下の4つだ。

まず、VRの活用により、実車を製作する前に組み立て作業性などを検証する。従来は実物を作ってから確認していた項目を事前にデジタル空間で確認できれば、実車段階でのチェック項目を大幅に減らせる。

次に、デジタルツインの活用だ。特に衝突解析でデジタルツインの精度を高め、実車試験への依存を減らす。派生車種の開発では、既存車両から変わった部分、つまり変化点のみを重点的に検証対象とすることで効率を高める。

さらに、AIによる実験業務の自動化を実施。必要な実験項目とその順序を自動で作成し、レポート作成も自動化する。実験計画の作成、実施、報告という一連の業務の工数を削減する。

加えて、自動運転の耐久試験への応用である。従来の耐久走行試験ではドライバーの疲労や稼働時間が制約になっていた。自動運転技術を使えば、疲労に依存しない24時間の連続走行試験が可能になる。また、車外騒音試験のように車速と加速度の管理が結果を左右する試験では、人が運転するよりばらつきを抑えられる。

これらの施策は主に、フィジカルフェーズにおける「実物を作ってから確認する」比率を下げ、デジタル上での事前確認や自動化を高めることを狙っている。結果として、金型製作、試作、実験、認証に関わる工程の効率化が進み、開発期間短縮に大きく寄与するというわけだ。

PCS-Tの初適用車は新型スカイライン

山口氏は最後に、PCS-Tの本質は開発期間短縮でも開発費削減でもないと繰り返した。期間とコストは重要だが、真の目的は魅力的な商品を顧客が求めやすい価格でタイムリーに届けることだという。

では、この開発プロセスはどのクルマから適用されるのか。

日産は2025年5月に発表した経営再建計画「Re:Nissan」の中で、リードモデル37か月・後続モデル30か月という開発期間短縮の取り組みで開発される車種として、新型スカイライン、新型グローバルCセグメントSUV(新型ローグ=新型エクストレイル)、インフィニティブランドの新型コンパクトSUVの3車種を挙げている。つまり新型スカイラインは、PCS-Tを適用した最初の世代にあたる。

Re:Nissanではこのほかにも、プラットフォームを2035年度までに13から7へ統合し、部品種類を70%削減する方針が示されている。開発プロセスの刷新は、こうした構造改革との両輪で進むこととなる。

新型スカイラインは、今冬にも公開される見込みだ。PCS-Tの成果が実際の商品としてどう表れるのか、楽しみに待ちたい。

新型スカイラインは、単なるニューモデルではない。日産の新しいクルマづくりの成否を占う1台となる。