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Porsche 963
Porsche 917/30 Spyder
レースから生まれたT-ハイブリッド
ポルシェにとって、技術革新とモータースポーツは切っても切れない関係にある。ターボ技術の開発は、その典型的な例だと言えるだろう。今からちょうど50年前の1974年、ポルシェ初のターボチャージャー付き生産モデルの「911 ターボ」がデビューを飾った。
911 ターボは、当時としては圧倒的な最高出力260PSを発揮。その最先端のエンジンのルーツはレースにあった。ターボチャージャー技術は、ポルシェ 917/10で初めて採用されている。
先日発表された「911 カレラ GTS」も新開発の3.6リッター水平対向ターボエンジンを搭載するが、ここに初めて「T-ハイブリッドシステム」が組み合わせられた。2015年から2017年にかけて、世界耐久選手権(WEC)で使用された「919 ハイブリッド」はル・マン24時間レースで3度の優勝を果たし、タイトルを独占。この911 ハイブリッド、そして現在WECを戦う「963」で培われたハイブリッド技術が、911 カレラ GTSにも活かされているのだ。
Can-Am制覇を目的にターボを導入
1970年の夏、ポルシェは「917 KH」でル・マン24時間レースを初制覇し、次なる挑戦を模索していた。 そして、ターゲットとなったのが北米で開催されていた人気シリーズ「Can-Am(カナディアン-アメリカン・チャレンジカップ)」での勝利だった。
しかし、最高出力580PSを発揮する4.5リッター水平対向12気筒エンジンという、Can-Amとしては比較的小排気量エンジンを搭載した917は、大排気量のアメリカ製プロトタイプレーシングカーとの厳しい競争に直面したのである。そこで、水平対向16気筒エンジンの計画が立てられたが、このプロジェクトは頓挫。ターボチャージャーによって、性能向上を実現することになった。
問題となったのは、ツイスティなコースの多いCanAmでは、絶え間ないブレーキングと加速が求められること。そのため、ターボラグのない高回転型ターボチャージャーが必要とされる。革新的な解決策として導入されたのが、排気側の過給圧制御システムだった。バイパスリリーフバルブとウェイストゲートを介し、余分な排気ガスを排出することで、部分的な負荷やオーバーラン時の不要な過給圧を防止したのである。
これにより、ブースト圧が制限され、走行中も一定のレベルに保つことが可能になり、ターボチャージャーの小型化、レスポンスの向上も実現した。1971年7月下旬、ターボチャージャーを搭載した「917/10 スパイダー」がヴァイザッハでシェイクダウンを実施。ポルシェは大型ターボの代わりに、2つのシリンダーバンクそれぞれに、小型のターボを装着する。
これにより、レスポンスが飛躍的に向上し、最高出力850PSを発揮。1972年、ポルシェのパートナーチームであるペンスキー・エンタープライズはジョージ・フォルマーの活躍により、9レース中6レースで優勝。Can-Amカップとドライバーズタイトルも獲得した。
1973年には、5.4リッターに排気量を拡大した「917/30 スパイダー」が、1100PSという驚異的なパワーを発揮。ポルシェの連勝を止めることができたのは、レギュレーションの変更だったが、モータースポーツにおけるターボテクノロジーの躍進を止めることはできなかった。
ル・マンを制圧したポルシェのターボ技術
Can-Am参戦後も、ポルシェは911のレースバージョンや、特別に設計されたプロトタイプにターボを搭載し続けた。1974年のル・マン24時間レースにおいては、ターボエンジンを搭載した「911 カレラ RSR ターボ 2.1」を投入。最高出力500PSを発揮する2.1リッター水平対向6気筒には、すでにインタークーラーも導入されている。この年のル・マンでは総合2位を獲得。1977年からは、市販仕様の911 ターボにもインタークーラーを搭載し、最高出力は300PSに向上した。
その後、ターボチャージャー付き2.1リッター水平対向6気筒エンジンは、ターボ搭載のレーシングカーとしてル・マン24時間で2勝を挙げた。1976年シーズンはオープンボディの「936/76 スパイダー」が最高出力520PSを発揮し、最高速度360km/hに達している。
その1年後、1977年は2基のターボチャージャーを搭載し、最高出力540PSを発揮した「936/76 スパイダー」が連覇を達成。1978年と1979年には技術的なトラブルより、連勝記録が途絶えてしまったが、ポルシェは敗北から学び、恐るべき野心を発揮した。1981年、最高出力620PSにまでパワーを引き上げられた「936/81 スパイダー」がル・マン24時間レースへと挑み、3度目の優勝をチームにもたらしたのである。
1978年にワークスチームのみが使用した「935/78 モビーディック」が搭載する3.2リッター水平対向ツインターボエンジンは、水冷マルチバルブシリンダーヘッドを初めて導入し、最高出力は845PSを発揮。1979年シーズンは、クレーマー・レーシングが「935」で初のル・マン24時間総合優勝を達成する。当時も今も、ポールシェのレース活動にはカスタマーチームが欠かせない存在となっていたのだ。
多くの革新をもたらした「956」と「962C」
グループC規定で開発された「956」と「962 C」は、1982年から1994年にかけて、ル・マン24時間レースにおいて7度の優勝を達成。この2台のプロトタイプレーシングカーは、エアロダイナミクスにおける革命を起こし、現在のポルシェ製市販モデルにも搭載されている多くの技術が搭載されている。
当時のグループCレギュレーションで規定されていた燃料の使用性制限に対応するため、完全電子制御エンジンコントロールユニットが開発され、内燃機関の効率性が飛躍的に向上。さらに現在にもつながる革新的な技術として、ポルシェが誇るDCT(デュアルクラッチトランスミッション)の「PDK(ポルシェ・ドッペルクップルング)」も導入された。
ポルシェは、1984年秋からPDKを試験的に導入しており、パワーデリバリーを中断することなく素早いシフト操作を可能にしていた。このシステムは1987年以降、あらゆる局面において完璧に機能するようになり、現在ではほとんどの市販モデルが、MTの代わりにPDKを搭載している。また、DSGの名で、フォルクスワーゲン・グループや他の自動車メーカーにも採用された。
919で鍛えられた技術を「タイカン」で実用化
2010年代、WECにおいて無敵の強さを誇った919 ハイブリッドは、ポルシェがいかにモータースポーツを最先端技術の開発プラットフォームとして活用しているかを証明する1台だと言えるだろう。2015年、2016年、2017年のル・マン24時間レースを制した919 ハイブリッドは、ポルシェ史上最も複雑な構造を持つレーシングカーだと言われている。
コンパクトで高効率な 2.0リッターV型4気筒シングルターボエンジンは、単体で最高出力500PSを発揮し、ここにフロントアクスルの電気モーターによる400PSのパワーが加えられた。ブレーキ回生、エンジンからの排気熱回生、さらにウエイストゲートバルブのタービンによって発電されたエネルギーは、リチウムイオンバッテリーへ送られ、効率的にパワーを発揮。919 ハイブリッドのためにゼロから開発された「800Vシステム」は、2019年にデビューを飾ったポルシェ初のフル電動市販モデル「タイカン」で実用化されてる。
今週末、WEC第4戦ル・マン24時間に参戦する「963」もまた、ポルシェにとって多くの新技術を試す、走る実験室として機能している。高効率ハイブリッドパワートレインを搭載する963で試された新たなテクノロジーが、数年後の市販モデルで実用化する可能性は、非常に高いのである。