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Porsche 963
逆転のポールポジション
多数のエントリー、雨に翻弄された作戦、そしてポルシェ、フェラーリだけでなく、トヨタやキャデラックなども加わったワークス同士のつばぜり合い……目の前で繰り広げられる目まぐるしくも激しいレースを見て、ふと頭に浮かんだのはスティーブ・マックイーンの映画『栄光のル・マン』だった。
しかしながらレースは、映画のようにポルシェの勝利……ではなく、フェラーリの2連覇に終わった。ではポルシェに何があったのか? ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツに帯同し、その内側から見たル・マンをリポートしたい。
金曜日の昼に行われたポルシェチーム全体のプレスカンファレンスは、いつにない熱気と興奮に包まれていた。というのも前日夜8時すぎに行われたハイパーポールで、ペンスキー・ポルシェ「963」6号車(ケビン・エストーレ/アンドレ・ロッテラー/ローレンス・ファントール)が逆転のポールポジションを獲得したからだ。
タイヤの温まりが早いのはハイダウンフォースだから
「興奮して昨日はなかなか寝付けなかったよ(笑)。少ない燃料、新品タイヤ、ほとんど渋滞なし。この状況でクルマの限界までプッシュして、ラップの最後まで走りきることができた」とエストーレはハイパーラップを振り返る。しかしながら、彼らは冷静に自分たちの実力と立ち位置を分析していた。同じ6号車に乗るロッテラーはこう話す。
「3人のドライバーはパフォーマンスもよく、すべてが平等で、エンジニアもいい。だから、我々の決断、作戦、すべてが非常にしっかりしている。それがライバルたちに比べた我々の強みだ。正直に言うとクルマはそんなに速くない。ミディアム・タイヤとの相性もイマイチだ。でもそれをチームで補って安定した走りができたらと思う」
それは予選10位に入った5号車(マット・キャンベル/ミカエル・クリステンセン/フレデリック・マコウィッキ)も同様だ。
「僕らの強みはタイヤのウォームアップが早いこと、あとは中高速コーナーが速いことだ。一方、ウィークポイントはトップスピードが伸びないこと、直線で5km/hも遅いんだ。これは今更変えられないので、あまり苦にしないように戦略を適応させる必要があるね。最終的には全体的にかなり良いパッケージを持っていると思う。今の位置には本当に満足しているよ」と話すのはマコウィッキ。
予選後にフェラーリのグローバル・エンデュランス部門の責任者、アントネッロ・コレッタが、ポルシェのタイヤのウォームアップが早いことを指して「何かをしているようだ」と牽制していたが、実際は他のマシンに比べ、ダウンフォースが大きいためにタイヤの温まりが早いというのが真相のようだ。
タイヤ選択がことごとく裏目に
レース中ピット内の見学もしたのだが、タイヤは専用スペースに野積みされており、温度を上げるようなデバイス、作業はまったくなかった。それよりも驚いたのは、スペアパーツの量がハーツチームJOTAやプロトン・コンペティションというカスタマーチームのフォローもするために、10年前の919ハイブリッドの時代より格段に多くなっていたことだ。決勝を前にJOTAの12号車がモノコックを入れ替えてマシンを作り直したのも、このバックアップ体制があってのことだ。
話を戻そう。6月15日午後4時にレースがスタートすると、彼らの心配は現実となった。お昼前後までは雨模様だったサルト・サーキットだが、レースが始まる頃にはすっかりドライコンディションに戻っていた。グリッド上でソフトのスリックタイヤに履き替えた6号車はホールショットを奪ったものの、オープニングラップで50番の「フェラーリ 499P」にかわされて2位に後退。その後、最初のピットストップのタイミングで素早い作業を行った6号車が再びトップに躍り出るが、再度逆転を許してしまう。出走前から心配されていたストレートの遅さが露呈した形だ。
その後、1時間半あたりで雨が降り出すと、コースの半分近くがドライにもかかわらず、早めにレインタイヤへと交換。しかしすぐに雨が止んだことで、このギャンブルは失敗に終わり、15位前後へと大きく交代する。
代わって雨の中をスリックタイヤで我慢した5号車が2位に浮上するも、トップを快走するフェラーリとの差は広がる一方。しかも9時間後あたりから降り始めた雨の中、スリックタイヤでコースに残る作戦が裏目に出て、順位を落としてしまう。
市販車部門と共同デザイン
実はこの“状況の読み違い”も、今年のペンスキー・ポルシェの大きな足枷になった。5号車の後退で、再び6号車がトヨタに次ぐ2位に再浮上したものの、5号車、4号車がともに後方に沈んでしまったため、フォローを受けられず相手の動きに合わせる“守りの作戦”しか採れなくなってしまったのだ。
それでも夜間の5時間近いSCランのあとは、2位を死守しながらなんとか首位を奪い返そうと奮闘を続けたものの、雨が上がりドライ路面になると息を吹き返したフェラーリ勢には太刀打ちできず、最終的に6号車が4位、5号車が6位でフィニッシュ。4号車は雨上がりの滑りやすい路面に足を取られてクラッシュ、リタイアという結果に終わってしまった。
実はレース後に知ったことなのだが、昨年から投入されているLMDhマシンの963は、ポルシェのレーシングカー史上初めて、レース部門単独ではなく、市販車のデザイン部門と共同でデザインされたものなのだという。そう言われてみれば、LEDマトリックス・ヘッドライト、横一本バーのテールライト、その上のエンブレムなど市販車を彷彿とするディテールが散りばめられている。確かにそれらは速さに直結するものではないが、一方でそれはポルシェが全社を挙げてWEC、そしてル・マン24時間に取り組んでいる証拠でもある。
ライバルより優れていること
そこでインディ500をはじめとする数多くのレースで勝利を収め、CAN-AM、ル・マンなどでポルシェとも関係が深い、ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ代表のロジャー・ペンスキーに話を聞いた。
「私自身、ル・マンに初めて参戦した60年前に戻らなければならない。なぜなら、その時は明らかにこのレースに勝つことが目標だったからだ。その後、長年に渡り様々なレースで成功を収めてきたが、まだル・マン優勝だけは達成できていない。そのために今回ポルシェと築いたパートナーシップは素晴らしいものだと思っている」
それを踏まえ、改めてポルシェ・ペンスキー・モータースポーツは他のライバルより何が優れているのか?を聞いてみた。するとペンスキーは少し考えた後で、ニコリと笑みを浮かべながらこう言った。
「People!」
確かに、今のポルシェ・ペンスキー・モータースポーツには設備、マシン、技術だけでなく、エンジニア、ドライバー、チームクルー、スタッフなど素晴らしい人材が揃っている。残念ながら今回は結果につながらなかったものの、間違いなく彼らがル・マンを制する日はやってくる!と確信した。