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One-77(2010-2012)
115万ポンドで77台の限定生産
設立以降、幾度となく時代の波に翻弄されながらも、何度も立ち直ってきたアストンマーティンだが、2000年代に入るとまたも暗雲が立ち込めるようになる。すでに彼らはジャガー、ダイムラー、ランドローバー、ボルボとともに1999年にフォードが立ち上げたPAG(プレミアム・オートモーティブ・グループ)の一員となっていたが、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロで親会社フォードの業績が悪化。フォードはPAGを解体し、それぞれの売却を画策するようになるのだ。
結局アストンマーティンは2006年にプロドライブを率いるデイヴィッド・リチャーズ、ジョン・シンダーズらの投資グループ、Investment Dar and Adeem Investment Co.へと売却されることになった。CEOは引き続きウルリッヒ・ベッツが務めたが、その一方で彼らはこれまでにない新たな分野の開拓も積極的に推し進めるようになる。
その象徴的なモデルのひとつが2008年9月のパリ・ショーで予告なく発表されたスーパースポーツ「One-77」だ。しかし、その場で公開されたのはモックアップで、115万ポンドという車両価格と77台の限定生産という以外、詳細は明かされなかった。
DTMから着想を得たシャシー
実車とともに詳細が発表されたのは。翌年3月のジュネーブ・ショーでのこと。シャシーはDTMから着想を得て、大幅にレイアウトを変更したカーボンファイバー製のモノコックで、アストンマーティンの設計をもとにカナダのマルチマティック社の協力を得て開発、製造。全長4607mm、全幅1999mm、全高1224mmという体躯ながら車両重量は1627kgに抑えられた。
エンジンはDB9などに使われる5.9リッターV12をもとにコスワースがシリンダーブロックを大幅に改良して排気量を7312ccへと拡大。最高出力760PS、最大トルク750NmというNAエンジンの限界というべき性能を引き出した。加えて25%もの軽量化を達成したほか、ドライサンプ化によりDB9より100mm低く、フロントアクスルより257mm後方に搭載するという、フロントミッドシップ・レイアウトも実現していた。リヤアクスルに搭載されるギヤボックスは、新たに開発された6速シングルクラッチ・ロボタイズドMT。そのパフォーマンスは最高速度354km/h、0-60マイル加速3.5秒と発表されている。
またサスペンションは前後ともにダブルウイッシュボーン式ながら、スプリング&ダンパーユニットをモノコックに水平にマウントするインボード式を採用。ブレーキは前後ともカーボンセラミックディスクを装着し、足元には20インチの鍛造アロイホイールとフロント255/35ZR20、リヤ335/30ZR20サイズのピレリPゼロコルサが奢られた。
今も生産されたすべてが現存
そしてOne-77の特徴のひとつであるアストンらしさを残したアグレッシブなデザインを持つアルミボディは、マレク・ライヒマン率いる社内デザイン・スタジオが行い、2009年4月にイタリア・コモ湖畔で行われたヴィラ・デステ・コンコルソ・デレガンツァでは、コンセプトカー部門とプロトタイプ部門のデザイン賞を受賞するなど、高い評価を受けた。
その後、順次生産が進められたOne-77だが、最後期にはアストンマーティンのパーソナライズ・プログラムであるQ by Aston Martinによる7台の特別仕様が用意され、通常とは異なるカラーリングが施された。
結局One-77は2012年までに開発用の1台を含む78台が製造され、今もそのすべてが現存している。そしてその商業的な成功と、ここで培われたカーボンファイバー・シャシーの技術は、ヴァルカン、ヴァルキリーなど今に続くスペシャライズド・アストンマーティンの礎となったのである。