まずはアルトワークスの誕生まで
原動機名は「2気筒+1気筒の余裕」を掲げたF5A型。早期にスズキは4サイクルの3気筒NAエンジンを搭載。
80年代前半、軽自動車のカスタマイズが流行りはじめる。好まれたベース車両はFFの3ドア・ボンネットバン、40ナンバーの貨物車だ。最小の仕様で価格は手頃。それを仕立て、スタイルやスピードを競った。俺は感化され、愛車にスズキのマイティボーイを選んだ。
「スズキのマー坊とでも呼んでくれ。」ベタな、メーカーの叫びに惹かれた。
もちろん、俺はマー坊のエンジン性能も見逃さなかった。
当時の新車は排気量が550ccで、4サイクルも定着していた。しかし定番はSOHCの2気筒NAエンジンばかり。そのなかでスズキは、ウリとして「2気筒プラス1気筒の余裕」を掲げ、すでにSOHC2バルブの3気筒NAエンジンを各車に積んでいたのだ(ジムニー除く)。
原動機名は、数年後に変貌するF5A型。鋳鉄ブロックにアルミヘッドが対になる。
ボア×ストロークが62.0mm×60.0mmで総排気量が543cc。燃料供給はキャブレーターである。最高出力はグロスで30ps前後。
最新NAエンジンの半分程度でも、バンの車重は500kg台のころ。馬力相応に高回転まで滑らかに吹きあがり、実用を満たした。速さでいえば同時期、軽乗用車のセルボCT-Gにはキャブレター式のF5A型ターボが載っていた。
自動車メーカーが本格スポーティモデルを展開。85年秋、ダイハツがミラターボTR-XXで先行。ミニトップの高出力を謳う
ブームの折、自動車メーカーが3ドアバンの外観をエアロパーツで飾り、エンジンやサスの高性能化に進む。
そして1985年秋、ダイハツが5MTの L70V ミラターボTR-XXを発売した。本格スポーティモデルの創世であり、パワー合戦の始まりでもあった。
エンジンは2代目ミラ用に開発された、SOHC2バルブ3気筒のEB20型ターボ。脱2気筒だ。
ボア×ストロークが62.0mm×60.5mm、総排気量が547cc。インタークーラー付き。最高出力がグロス52ps/6500rpm、最大トルクが7.1kgm/4000rpmでミニトップの高出力を謳った。
斬新なフォルムもあり、たちまち人気に。しかしリミッター解除で最高速が150km/hを超えるとか。リヤゲートには最大積載量200kgの印。そんなバン、アリなのかよって。
86年夏、スズキは電子制御燃料噴射のエンジンを搭載した、アルトEPIツインカム12RSとターボSXで応戦
スズキは86年夏、2代目アルトをベースとしたEPIツインカム12RSとターボSXをぶつける。
内外装の変態は当然だ。実績あるF5Aエンジンを磨き上げた。ツインカム12RS は、ヘッドが550ccではクラス初のDOHC4バルブときた。
「レッドゾーンは8000rpmを超えた」。最高出力はネット42ps/7500rpm、最大トルクが4.2kgm/6000rpm。いっぽうターボSXは、SOHC2バルブのF5A型ターボでインタークーラー付き。最高出力がネット48ps/6000rpm、最大トルクが6.5kgm/4000rpm。ともに制御系は、スズキが先駆けるEPI電子制御燃料噴射とフルトラ式点火の最新だ。
前出のダイハツEB20型は、キャブにポイントの機械式だった。さらに駆動方式には5MTの FF以外にパートタイム4WDも加え、ダメ押し!
とどめの最上パワー。10ヵ月後の87年2月、合わせ技の専用F5A型エンジンを積む、初代アルトワークスの投入
2台に興味津々の俺はディーラーに出かけた。すると、1本のビデオを見せられた。動力性能を競合車種と比較し、優位性から購買意欲を煽る内容だった。でも、我慢。
少し前に、新車のミラターボTR-XXを契約していた。という理由もあるのだが、ツインカム、ターボとなれば、次は合体メカ・ツインカムターボの出番となるに違いない!
やはり87年2月、合わせ技で最高出力64㎰、F5A型DOHCターボエンジンを積む初代アルトワークスが登場した。当時、クラスイチの能力を誇っているミラ、ここは負けられぬ。俺は30万円かけ、ミラのエンジンを改造した。で、シャシーダイナモで56.12㎰。
競争結果は……その程度では歯が立たず、まったく追いつけず。カム・バルブの数、パワー、加速は完敗。
ともかく初代アルトワークスは、並みならぬ究極形F5Aエンジンの力で快走する。そこにはもはや、ライバルは不在であった。
次回から歴代モデルを順に紹介していきます。お楽しみに。