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過去に筆者は、中国生産のVWサンタナや一汽轎車のアウディ(紅旗明仕)、一汽トヨタのヴィオス(ヴィッツの3ボックス版)やローカルブランドのクルマなどを何度か運転したことがある。助手席と後席での同乗では、タクシーを除いても20車種以上に乗った。しかし、今回のようにまとまった台数を比較しながら試乗したのは初めてだ。中国は旅行者の運転を認めていないから、私有地内で乗るしか手がない。今回、筆者は『汽車之友』が選ぶカー・オブ・ザ・イヤーの選考試乗会に招かれ、誌面づくりに協力するという前提で好き勝手に試乗をさせてもらった。謝謝である。
カー・オブ・ザ・イヤーだから、試乗車はすべて08年11月1日から09年10月30日までに発売された新型車だ。筆者が乗りたかったのは、独立系自動車メーカーの手によるローカルブランド車の最新モデルであり、その意味では希望が叶った。
吉利汽車「帝豪」
まず吉利汽車の新型セダン「帝豪」。キャディラックに似たエンブレムをまとう新ブランドであり、今後は吉利の上級フォーマル部門を担うようだ。全長4635×全幅1789×全高1470mm。ホイールベース2650mm。エンジンは三菱自動車の4G18であり、最高出力102kW/6000rpm、最大トルク172Nm/4200rpm。変速機は5MT。ボディ設計は韓国・大宇自動車で経験を積んだエンジニアが中心となって行なった。
内外装デザインが吉利オリジナルであるかどうかはわからないが、過去の吉利は海外のデザイナーにスタイリングを依頼していたから、今回もそうかもしれない。ボディラインはなかなか美しく、キャラクターライン下の凹面とハイデッキ処理のリヤエンドに特徴がある。
走り出すと、NVH性能は格段に進歩したと感じる。01年に当時の「豪情」を試乗した際には、5年落ちの軽の中古に思えたが、帝豪はそれほどボディがガタピシすることはなく、エンジンルームやフロアから侵入する音も、以前ほど耳障りではない。しかし、走っているとガサゴソと音が出る。5MTは4→5速が少々引っ掛かる。アクセルペダルは短いストロークの中で最初の20mmほどが勝負だが、日本のAT車に多く見られるような、踏み始めのピックアップが過剰というスロットルの開け方ではないから走りやすい。ブレーキはストロークの奥のほうまでしっかりと踏力に反応する感触はなく、高速でのブレーキングにはやや不安がつきまとう。
ステアリングはテレスコピック調節がなくチルトのみ。運転席は電動調節シートだが、座面前端を固定し後方だけが上下するタイプなので、ドライビングポジションのスイートスポットは狭い。後席はフォーマルなセダンらしく背もたれが起きていて、着座姿勢は悪くない。ただしシートバックが背中に妙に当たる部分があり気になった。サポート位置は要再考である。
全体の印象は「3年乗った中古車」だが、ボディの雑振動と運転席まわりの騒音さえ低減すれば、もっと印象は良くなるだろう。価格は7万9800~11万1800元(1元13円換算で約103~145万円)。試乗した仕様はほぼ最上級グレードでカーナビが標準装備されている。ほぼ同じボディサイズのVWパサートは18~30万元(約234~390万円)だから、その半額以下で帝豪を買うことが出来る。性能に四の五の言わなければ、たしかにこれで充分だ。
奇瑞汽車「風雲2」
つづいて奇瑞汽車の「風雲2」。上海奇瑞時代の主力モデルだった、セアト「トレド」に似た風雲の後継である。全長4269×全幅1686×全高1492mm。ホイールベース2527mm。エンジンは1.5ëで最高出力80kW/6000rpm。最大トルク140Nm/3000rpm。5MTである。タイヤサイズは195/55R15。
乗り込むと、多少、つーんと鼻にくる臭いが残っている。『汽車之友』編集部員2名は「何も気にならない」と言っていたが、「気になる」と言うスタッフもいた。香辛料のキツい料理を食べ慣れている中国人にとって、このくらいの臭いは許容範囲なのだろうが、筆者は気になった。
運転席のシートは、肩甲骨のあたりの支持が強すぎ、シートスライドは思い切り引っ張らないと動かない。モーターショー会場に展示してあったクルマもそうだったから、これは個体差ではなさそうだ。
エンジンは2000rpmあたりでザワザワガサガサと雑音が大きくなる。底部の3点で重量を受けるマウントであり、激しい運動ではエンジンの揺れが気になる。低速トルクは、MTで乗るぶんには不足を感じないが、吉利の三菱製のほうが良かった。ステアリングは吉利「帝豪」よりギヤのフィールが良好。センターの「遊び」から切りはじめるとタイヤの手応えがきちんと増えてゆく。
ただし、3ボックスのスタイリングをしているにもかかわらずガラス部分から開くテールゲートを備えているためか、リヤまわりの剛性が足りないように感じる。後方から侵入してくる騒音も大きい。
スタイリングは奇瑞と縁の深いトリノデザインが担当した。内外装とも「クジラ」がモチーフだと言う。ダッシュボードはガラスに近い側の左右に細長いメーターがあるが、これはクジラの尾ビレのイメージ。フロントグリルはクジラが口を開けたような造形だと言う。全体にグッと引き締まった凝縮感があり、やはり欧州車をイメージさせる。走らせた印象は吉利と大差ないが、NVHのうちN(ノイズ)は風雲2のほうが大きい。
しかし、価格を聞いて驚いた。5万2800~6万1800元である。かつて5万元クラスのローカルブランド車は「お笑い」のレベルだったが、風雲2はあなどれない。あと1万元、販価をアップさせるような熟成を行っても、マツダが技術移転を行った海馬汽車(日本のメディアではパクリという報道があるが、マツダから正式にライセンス供与されている)の海馬3(最終型ファミリアがベース)より3万元も安い。この価格設定は脅威だ。
長安汽車「悦翔」
3台めは長安汽車の「悦翔」。さきごろ行なわれた09年の広州ショーでハッチバック仕様が披露されたが、試乗車は3ボックスセダンだった。ボンネットを開けてみると、前後左右の十字マウントや骨格の組み方がマツダっぽい。長安汽車は長安フォードマツダという合弁会社を持っており、この悦翔もマツダからの技術移転があったという。
試乗車には諸元表がなかったのでウェブで確認した。こういうところが現在は便利だ。全長4360×全幅1710×全高1475mm、ホイールベース2515mmだった。エンジンは1.5ëで最高出力72kW/5500rpm、最大トルク137Nm/3500~4500rpm。ふた昔前のファミリアを思い出すようなクルマだ。
走らせた印象では、価格5万3900~6万900元というもっとも安価な悦翔が、帝豪と風雲2より好感が持てた。走り出した直後からうるさく、ザワザワガサガサが常に付きまとうが、素直なハンドリングでエンジンも低い回転からスロットルの開け方にトルクが付いてくる。このキャラクターのままブラッシュアップを行なえば気持ちの良いサブコンパクトカーになるだろう。
日本でおなじみのあのクルマ、中国仕様ではどんな印象か
この、カー・オブ・ザ・イヤー対象の3台以外では、マツダ6の旧モデルをベースに一汽轎車が「リムジン」に仕上げた「奔騰」が気に入った。後席が狭いマツダ6を、イタルデザインに依頼してキャビンパッケージングをやり直してもらい、乗り心地もフォーマルに振ったモデルだ。2ℓエンジンと5ATの感触は、ほぼそのままマツダ6だが、ストロークをたっぷり取ったしなやかな足に驚いた。ダンパーは日立(旧トキコ)製だった。こういう味のセダンは、残念ながら日本にもない。
完成車輸入されているパフォーマンスカーも、ひととおり試した。BMW・Z4やポルシェ911などは、中国仕様だからと言ってとりたてて日本仕様と違った印象はなかったが、『汽車之友』にしてみればこちらが企画のメインであり、サーキットでは中国人ラリードライバーによるタイム計測も行われた。長春で国産化が始まった6代目ゴルフも、日本で試乗した仕様と変わりなく、「トレンドライン」仕様独特の柔らかくしなやかな足はサーキット走行でも楽しかった。1.4TSIのツインチャージは1600cc以下減税の対象になるが、ゴルフの価格は同クラスの中国ローカルブランドの2倍以上だ。
VWゴルフと比べるのは酷だと思いながらも、ゴルフと中国ローカルブランドを交互に乗り、どういうノイズや振動が多いのかをチェックし、2日目の試乗を終えた。やはり現行の欧州車は、ボディのしっかり感がまるで違う。そこは日本車でも追い付いていない(と言うかクルマづくりの考え方が違う)部分であり、あらためてゴルフというクルマの奥の深さを知った。
ただし、中国車の進歩は凄まじかった。このまま進歩を続ければ、5年後には日本車とほぼ、肩を並べるだろう。それは電子制御や装備の話ではなく、自動車としての「走り味」だ。多くの日本車が陥ってしまった「制御過多」ではなく、現状の素直さを保ったまま中国車が成長したら怖い。
奇瑞汽車は、来春に発売する「RIIHC」(瑞麒」)ブランドのセダン「G5」をドイツのニュルブルクリンク・サーキットに持ち込み、現地メディアへの発売披露を行なった。奇瑞のなかで瑞麒は、欧風スポーティセダンという位置付けであり、EU認証の取得をねらっている。1周約20.8kmというニュルブルクリンク「北コース」は、最大登り勾配17%、最大下り勾配11%、高低差は何と300mという激しいアップダウンのある山岳サーキットだ。G5は量産状態のボディとブレーキパッドおよびタイヤの組み合わせによる最速ラップタイムが9分42秒だった。同クラスのBMW320iは9分20秒であり、お世辞にも速いとは言えないが、サーキットのラップタイムに意味があるわけではなく、むしろ中国の民族系自動車メーカーがこのうようなイベントを開催するようになったという点に注目したい。
いま中国で何が起きているのかと言えば、恐ろしいスピードでの自動車の進歩である。