日産が輝いていた時代のコンセプト

日産フュージョンコンセプト(Fusion Concept)のデザインを担当したのは、日産デザインヨーロッパ(NDE)のスタジオチーフデザイナー、ステファン・シュヴァルツ氏だ。当時日産デザインを率いていたのは中村史郎氏である。
まだSUVが主流ではなく、4ドアセダンにも未来があった頃の作品だ。「フュージョン」というモデル名は、このプロジェクトにおける多様な要素の融合を強調するために慎重に選ばれた。硬質と軟質、冷たさと温かさ、技術と「人間味」、未来性と回顧性――これらすべてをフュージョン(融合)する……のがこのクルマのコンセプトだった。

シュヴァルツ氏は
「身近で実用的なクルマを。しかし、そのクルマが雪に覆われている姿を想像してください。雪がクルマのラインを柔らかくし、その形状を歪ませる様子を考えてみてください。どんなに馴染み深い形状であってもです。それがフュージョンで私たちが実現しようとしていることです。4ドアセダンはおそらく最も馴染み深い形状でしょう。フュージョンはそうした正統性への日産の挑戦です。最も確立された形態さえも再構築する自信があるというメッセージなのです」と語っている。
3代目プリメーラへ結実
このフュージョンコンセプトがなにになったかは、簡単に想像できるだろう。
そう、2001年にデビューした3代目プリメーラ(P12型系)である。


大ヒットした初代プリメーラ(P10系型1990~1995年)、2代目(P11系型2001~2008年)に続いて登場した3代目は2001年にデビューした。ターゲットは日欧市場だった。2代目から大きく変わったエクステリアは、4ドアセダンながら前進させたキャビンと短いトランクをアーチ型で結んだモノフォルムにも見える造形が特徴的だった。デザインの評価は高く、日本のグッドデザイン賞「金賞」やドイツのレッド・ドット・デザイン賞など数々のデザイン賞に輝いている。









フュージョンコンセプト→3代目プリメーラは、デザインへの高い評価とは裏腹に、大ヒットしたとは言えなかった。セダン/ステーションワゴン市場が縮小し、ミニバンの人気が高まるなかでミドルセダンの需要が低下していたから、とも言えるし、伝統的なミドルセダンを志向する人にとっては斬新すぎるデザインだったから、かもしれない。
3代目プリメーラは2005年12月に日本国内での生産と販売が終了。後継モデルは登場せず、ブルーバードシルフィ(2代目 2005~2012年)に統合されてしまった。



全長×全幅×全高:4610mm×1695mm×1500mm
ホイールベース:2700mm
ちなみに、ステファン・シュヴァルツは、後にデュアリス(初代キャシュカイ)をデザインした。フュージョンコンセプト(プリメーラ)といい、デュアリスといい、日産デザインが輝いていた時代の作品だった。




