連載
今日は何の日?■車名もコンセプトも一新された3代目レパード

1992(平成4)年6月1日、日産自動車は2回目のモデルチェンジで3代目「レパードJフェリー」を発売した。3代目はちょっと変わったネーミングとなり、先代のハードトップからクーペスタイルに変更。また米国デザインの斬新なスタイリングは海外では注目を集めたが、日本では賛否両論、好き嫌いが分れることになった。
ソアラに先行して登場するも後塵を拝した初代レパード

日本が高度成長で好景気を迎えていた1980年10月、日産から「ブルーバード」の上位に位置する高級スペシャリティカーのレパード(F30型)がデビューした。ブルーバードよりホイールベースが100mm長く、ひと回り大きくなった。

スラントさせたフロントグリルやヘッドライト、長く伸びたボンネット、傾斜のきついリアウインドウなど、斬新なスタイリングの2ドア/4ドアハードトップの2タイプを設定。インテリアについては、エレクトロニック・デジタルメーター、各種情報を音声で案内するボイスインフォメーションなど。さらに機能装備ついてもオートレベライザー、クルーズコントローラー、ワイパー付ミラーなど当時の最先端をアピールした。
パワートレーンは、最高出力105ps/最大トルク15.0kgmを発揮する1.8L 直4 SOHC、125ps/17.0kgmの2.0L 直6 SOHC、145ps/23.0kgmの2.8L 直6 SOHCの3機種のエンジンと、5速MTおよび3速ATの組み合わせ。駆動方式はFRで、その後2.0Lと2.8Lにはターボが追加された。

デビューとともに高級感あるスポーティなクーペスタイルが注目を集めたが、約半年後の1981年2月にトヨタから「ソアラ」がデビューすると、ソアラの圧倒的な人気でレパードは後塵を拝することになった。
先進技術を満載して再びソアラに挑戦した2代目

初代がトヨタ「ソアラ」の圧勝で終わった初代の対決に続いて、その巻き返しのために2代目「レパード(F31型)」が1986年2月にデビューした。

スタイリングは、8連式マルチヘッドライト、大型リアコンビネーションライトなどを採用した2ドアクーペのみ。4ドアを廃止して、2ドアはハードトップからBピラーのあるクーペスタイルのみとして高級パーソナルカーをアピールした。インテリアについても、ラウンド形状の室内空間に、ツイード調の上質シート、カラー液晶デジタルメーターなどで高級感が演出された。
エンジンはすべてV6に統一され、パワートレーンは最高出力185ps/最大トルク25.0kgmの3.0L V6 DOHC、115ps/16.6kgmの2.0L V6 SOHC、155ps/21.3kgmの同ターボの3種エンジンに、4速ATおよび5速MTの組み合わせ。駆動方式は、FRが継承された。
サスペンションには、ショックアブソーバーの減衰力を3段階に切り替えるスーパーソニックサスペンション、世界初の気筒別燃料制御や日本初のMVCS(可変バルブ機構)やツインスロットルチャンバーなど先進技術満載だった。

ソアラをライバル視して登場した2代目レパードだったが、前月の1986年1月にモデルチェンジした2代目ソアラに比べるとややスポーティさに欠け、初代に続いて絶好調のソアラには太刀打ちできなかった。
ラグジュアリーな4ドアセダンとなった3代目レパードJフェリー

1992年6月のこの日、レパードは3代目(JY32型)「レパードJフェリー」にモデルチェンジした。3代目は、北米モデルの「インフィニティ・J30」をベースにしたため、スタイルは2代目の2ドアクーペから、高級4ドアセダンへと路線変更された。

エクステリアのデザインは、米国デザインセンターで行なわれ、丸みを帯びたボディラインやダックテールと呼ばれる尻下がりのフォルムが斬新だった。ボディサイズは、先代よりもさらにひと回り大きくなり、インテリアには運転席SRSエアバッグや運転席パワーシート、本革巻きステアリングホイールが全車に標準装備され豪華な仕様になった。
パワートレーンは、先代から受け継いだ最高出力200ps/最大トルク26.5kgmの3.0L V6 DOHCエンジン、270ps/37.8kgmの4.1L V8 DOHCの2種エンジンと、4速ATの組み合わせ、駆動方式はFRが踏襲された。
安全装備は、先代からさらに強化され、助手席SRSエアバッグシステムが装備され、また運転席パワーシートや本革巻きステアリングホイールが全車に、クルーズコントロールが一部に標準装備された。
車両価格は、3グレードが用意されて358万&386万(3.0L搭載車)/469万円(4.1L搭載車)に設定。当時の大卒初任給は18万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約457万円&493万円/599万円に相当する。
もともと米国向けモデルをベースにしていたレパードJフェリーのスタイリングは、日本では高級セダンとしては革新的過ぎたのかもしれない。国内では、好き嫌いが分れて、高い人気を得ることができなかった。

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常にソアラをライバルとして進化し続けたが、高級パーソナルカー/スペシャリティカー、ハイソカーとして王道を進んだソアラに対して、レパードはコンセプトが二転三転して終始脇役に甘んじた。結局、日産自体の経営悪化により、レパードは車種整理の対象になって4代目(JY33型)を最後に、セドリック/グロリアに統合される形で終焉を迎えた。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。










