株主総会が突き付けた「独立性」と「将来像」

自動車アナリストの中西孝樹氏(ナカニシ自動車産業リサーチ代表アナリスト)。

日産の最近の大きな話題は、6月23日の株主総会で株主が取締役会に対して不信任を突き付けたことであった。大株主で日産のパートナーであるルノーが、長期に渡り同社再建に関わってきたみずほ銀行出身の永井素夫氏の再任を支持しなかったのである。

永井氏はホンダと日産の経営統合を主導した人物と言われてきた。ルノーのメッセージは「取締役会の独立性を担保し、株主価値を最優先すべし」ということに筆者は読み取れた。求められているのは、日産の明確な将来像、それは単なるコスト削減ではなく、企業価値を持続的に高められる商品とブランドの強化ということなのである。

「ゴーン体制の負の遺産」からの脱却

そんな大荒れの株主総会の直前である6月18日に、新型キックスは静かに国内販売が開始された。市場認知度もまだ高まり切ってはいないにもかかわらず、発売後1カ月で7000台前後の好調な受注を獲得しているという。

6月17日に発表、翌18日から発売が始まった新型キックス。

先代キックスは、ご存じの通り2016年にブラジルで生まれた新興国市場向けの商品であった。当時のゴーン体制は、新興国需要の拡大を成長ドライバーと位置付け、Vプラットフォームやダットサンブランドを活用した商品攻勢を展開していた。キックスは、そうした新興国戦略を象徴するSUVであった。

その後、同車は北米市場向けに商品力を高めたモデルへと進化し、日本市場には2020年、日産独自のe-POWERを搭載して投入された。タイ工場で生産され、日本へ輸入販売される体制が採られていた。しかし、トヨタ・カローラクロス、ホンダ・ヴェゼルなどの競合がひしめくコンパクトSUV市場のなかで、その存在感を発揮するには至らなかった。

先代キックス(写真:中野幸次)

その原因のひとつは、商品の成り立ちはBセグメントにもかかわらず、e-POWERやプロパイロット等の高付加価値の装備を積みこんで、価格は一クラス上を狙ったのである。しかし、国内ユーザーには刺さらなかった。

ここには、日産の近年の商品開発の課題が見て取れる。拡大主義を貫いたゴーン体制が崩壊した2018年末以降、日産は事業構造を縮小・最適化するリストラに追われ続けてきた。大規模な人員削減、工場閉鎖、固定費削減を継続してきたが、商品開発やブランド再建という本質的な競争力回復にまで至ることができなかったのである。

日産の場合はゴーン改革の中で形成された「収益性」の高さを意識しすぎた傾向が強かったと筆者は感じる。常に厳しい収益性というハードルがあり、日産は、その実現のために、高機能・高付加価値化によって商品性を高め、それを価格で回収し収益性を確保しようとした。少し価格が高めでも、「乗ればわかってもらえる」という押し付け気味の商品企画に囚われてきた。

2010年代半ば以降は、商品企画がユーザー起点から徐々に乖離していったように思われる。販売台数は計画に届かず、値引きに走り、残価価値は棄損され、厳しい事業性ゆえモデルチェンジが遅れるという悪循環を繰り返した。そのなかで、日産というブランド価値も曖昧になってしまったのである。

イヴァン・エスピノーサ氏が主導する「商品企画の変革」

この悪循環を断ち切り、日産のブランド価値を再構築しようとしているのが、商品企画出身のイヴァン・エスピノーサCEOである。エスピノーサ氏と言えばゴーンばりの大規模なリストラ策が注目されがちだ。

しかし、彼の目指す改革とは、コスト構造を適切化し、そのうえで顧客が欲しいと思う商品をつくり、そのセグメントで存在感を放つことにある。その実現のためには商品企画・開発へ潤沢な経営資源を配分し、存在感のある商品を生み出していくことを目指している。そこからのヒットモデルが日産のブランドを形作っていくのである。

イヴァン・エスピノーサCEO

筆者は7月上旬に新型「Kicks」を試乗する機会に恵まれた。エスピノーサ改革の成果は新型キックスで具現化し始めていると感じた。同車のプラットフォームは、先進国向け小型のCMF-Bに移行した。この結果、シャシー性能が高まり、骨太な乗り味と高い静粛性を両立した、上質なコンパクトSUVへと進化している。

何よりも、新開発1.4Lエンジンを搭載した第3世代e-POWERの進化が際立っている。シリーズ・ハイブリッドであるe-POWERのエンジンは発電専用となるが、エンジンの始動・停止時に発生するノイズが状況次第では車室内の静寂性の弱みになることがある。

排気量1.4Lの発電特化型エンジンと、新開発の「5-in-1」電動ユニットを組み合わせた第3世代e-POWER。

新型キックスには路面検知制御を搭載しており、道路状況に応じてエンジン作動頻度を制御して、エンジン音を感じさせない。試乗会ではエンジン音がストレスになる局面はほとんどなかったのである。

もうひとつの目玉は、モーター、インバーター、減速機という電動車3種の神器に加え、ジェネレーターと増速機を合わせた「5-in-1」の電動駆動ユニットを初搭載している。小型軽量化に加え、剛性強化がノイズ・振動を低減している。

「ど真ん中」を射抜く戦略的な価格設定

グレード別の価格設定にも、商品企画の思想が従来の日産と変わったと筆者は感じた。従来は高機能・高付加価値化によって価格プレミアムを獲得する発想が強かった。新モデルでは、顧客の予算や購買行動を起点としたグレード・価格構成へ転換している。

強力なライバル車がひしめくコンパクトSUVセグメントのなかで、「ど真ん中」の適切な価格設定を実現し、走行性能、室内空間とも存在感ある価値を顧客に訴求していると感じられた。

日産のクルマづくりの思想は明らかに変わり始めている。この手ごたえを続く商品群に展開できれば、同社の明確な将来像が見え始めるのではないか筆者は期待する。先入観を脇に置き、一度キックスのハンドルを握るいい機会ではないだろうか。

新型キックスのインストゥルメントパネル。12.3インチのディスプレイをふたつ並べて、先進的な印象を与える。

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