魂動デザイン初期の重要モデル

2011年の東京モーターショーにマツダが出展した4ドアセダンが、雄(TAKERI)である。
雄(TAKERI)は「新世代中型セダンを表現したコンセプトモデル」だと説明していた。マツダにとって中型セダンとは、もちろんアテンザ(MAZDA6)を指す。実際、翌2012年にデビューした3代目アテンザは、まさに雄(TAKERI)の量産版だったと言える。
雄(TAKERI)がアテンザになった……で結論だったら、解き明かす必要はない。
注目すべきは、雄(TAKERI)の一年前の2010年9月にマツダが発表した4ドアスポーツクーペ、靭(SHINARI)の存在だ。マツダは新しいデザインテーマ「魂動(KODO)」を初めて純粋なカタチとして表現したデザインコンセプトである。

それまでのアスレチックデザインから魂動へ、という大きな変革を宣言したのが靭(SHINARI)で、
靭(SHINARI)=「これからのマツダデザインはこうなる」
↓
雄(TAKERI)=「魂動デザインで次世代ミッドサイズセダンをつくるとこうなる」
↓
3代目アテンザ=量産車
という流れだ。

しかし、真相はちょっと違う。「雄(TAKERI)をつくり、それを現実的にカタチにしたのが、アテンザ」ではない。
2012年のマツダ技報には、こうある。
「雄」のデザインは当時開発を終えようとしていた新型アテンザのテーマ造形をショーカー用にアレンジしたものであり、新型アテンザのデザインは、フラッグシップモデルとして、まさしく「靭」「雄」で世界に示してきた「魂動」デザインの開発と時を同じく行われ、それをストレートに量産車に実現する役割を持って開発がすすめられた。

つまり、雄(TAKERI)のデザインは、すの時点ですでに開発を終えようとしていた新型アテンザのテーマ造形をショーカー用にアレンジしたものだったのである。
再び年表にしてみよう。
2010年9月:靭(SHINARI)発表=「魂動デザイン」の宣言
2011年3月:勢(MINAGI)発表=魂動+SKYACTIVのSUVコンセプト→初代CX-5へ
2011年9月:初代CX-5を初公開(国内発売は2012年2月)
2011年12月:雄(TAKERI)発表
2012年8月:3代目アテンザ(MAZDA6)世界初公開
雄(TAKERI)と量産アテンザを比べる

では、雄(TAKERI)と量産アテンザを比べてみよう。
ボディサイズは
雄(TAKERI)
全長×全幅×全高:4850mm×1870mm×1430mm
ホイールベース:2830mm
MAZDA6
全長×全幅×全高:4860mm×1840mm×1450mm
ホイールベース:2830mm



ホイールベースは同一。全長×全幅×全高もほぼ同じだ。つまり雄(TAKERI)の時点で量産車の基本パッケージはできあがっていたわけだ。

靭(SHINARI)から雄(TAKERI)になる時点では、靭(SHINARI)は低くワイドで、後輪駆動のように見える。4ドアGTというより4ドアスポーツカーに近いプロポーションだ。それでも、ロングノーズ、後方よりのキャビン、低いルーフ、前輪から後方に流れるボディ側面の強い動きなど、魂動の基本的なプロポーションが継承されている。
それが雄(TAKERI)からアテンザになる時点では、驚くほど変わっていない。タイヤサイズは雄(TAKERI)の245/40R20からアテンザの225/45R19に変わっているが、そのほかの基本骨格はそのままだ。

マツダ魂動デザイン「漢字ひと文字シリーズ」の流れ
| 年 | コンセプトモデル名 | 読み | 位置づけ→その後 |
| 2010年 | 靭 | SHINARI | 「魂動」デザインを初めて提示したデザインコンセプト |
| 2011年 | 勢 | MINAGI | コンパクトSUVの提案 → 初代CX-5 |
| 2011年 | 雄 | TAKERI | CDセグメント・セダンの提案 → 3代目アテンザ/Mazda6 |
| 2014年 | 跳 | HAZUMI | 次世代コンパクトカー → 4代目デミオ/Mazda2 |
| 2015年 | 越 | KOERU | クロスオーバーの新しい表現 → CX-4へ強く影響 |
| 2017年 | 魁 | KAI | 次世代コンパクトハッチ → 4代目Mazda3 |
「靭(SHINARI)で生まれ、雄(TAKERI)とアテンザで現実になった『魂動』」という流れのなかで雄(TAKERI)を理解するのがよさそうだ。








魂動が現実になる流れをつくった

マツダ魂動デザインは
靭(SHINARI)を起点として勢(MINAGI)→CX-5、雄(TAKERI)→MAZDA6で魂動シリーズの初期を完成させて、跳(HAZUMI)→デミオ、越(KOERU)→CX-4、魁(KAI)→MAZDA3へとつながっていった。






2010年の靭(SHINARI)から、勢(MINAGI)、CX-5、雄(TAKERI)、そして2012年のアテンザまで、わずか2年。マツダはこの短期間に、デザインの言語そのものを入れ替えてしまった。雄(TAKERI)は「アテンザになったコンセプトカー」というだけではない。マツダの「魂動」がショーカーの理想から量産車の現実へ移った、その瞬間を記録した一台だったのである。
