ブルーバードとは

ブルーバードは、日産自動車が1959年に初代モデルを発売した乗用車である。

そのルーツにあたるのが、ダットサン210型系。海外ラリーへの参戦や輸出にも使われた210型の後継として310型が開発され、ここで初めて「ブルーバード」の名称が与えられた。

車名は、モーリス・メーテルリンクの童話「青い鳥」に由来する。初代は「幸せを運ぶ青い鳥」というキャッチコピーとともに登場し、新しい時代のファミリーカーとして市場へ送り出された。

当初から重視されたのが、日常での使いやすさと乗り心地だった。

初代では、当時の小型車としてはまだ珍しかったフロント独立懸架を採用。その後はモノコックボディやOHCエンジン、4輪独立懸架、FF、フルタイム4WDなど、時代に応じた技術を取り入れながら進化を続けていく。

もうひとつ、ブルーバードを特徴づけたのがスポーツ性である。

2代目ではスポーツ仕様「SS」が登場し、のちに「SSS(スーパー・スポーツ・セダン)」へ発展。サファリラリーをはじめとするモータースポーツでも実績を重ねた。

ファミリーセダンとしての実用性と、走りを意識したスポーツセダンとしての性格。その両方を持ち合わせたことが、ブルーバードの個性につながっていった。

日産・ブルーバードの変遷

1959年に誕生した初代から、ブルーバードは市場環境や技術の進歩に合わせて姿を変えてきた。

ここからは、歴代モデルごとの特徴や進化を振り返る。

1959年|初代ブルーバード(310型)が登場

初代ダットサン・ブルーバード

初代ダットサン・ブルーバードは1959年8月に登場した。

前身となるダットサン210型系から基本的な考え方を受け継ぎながら、新世代のファミリーカーとして開発されたモデルである。

発売時には1.0Lと1.2Lの直列4気筒OHVエンジンを設定。フロントには独立懸架サスペンションを採用し、小型車としての扱いやすさに加えて快適な乗り心地も追求した。

ボディは4ドアセダンからスタートし、1960年にはエステートワゴンを追加。独特な形状のテールランプから「柿の種」の愛称で親しまれたことでも知られている。

市場からの反応も大きかった。

発売から1カ月で8,000台のバックオーダーを抱え、乗用車として月産3,000台を突破。初代は発売から4年間で21万台を生産するヒットモデルとなり、日産における本格的な乗用車大量生産への道を開いた。

ブルーバードの長い歴史は、日本で自家用車が広がり始める時期と重なる形でスタートした。

1963年|2代目ブルーバード(410型)が登場

2代目ダットサン・ブルーバード

1963年9月、ブルーバードは初のフルモデルチェンジを受け、2代目の410型へ移行した。

大きな変化のひとつがデザインである。

スタイリングの原案を手掛けたのは、イタリアのデザイン工房ピニンファリーナ。初代とは異なる欧州調のデザインを採用し、フラットなデッキを持つ端正なスタイルへと生まれ変わった。

車体構造にはモノコックボディを採用。軽量化と剛性の確保を図るなど、メカニズムにも変化が加えられている。

この世代からは、ブルーバードのスポーツ路線も本格化した。

1964年にはツインキャブレターを備えた「1200SS」を追加。1965年の改良で411型へ発展し、その後は「1600SSS」もラインアップされた。

「SS」や「SSS」は、後のブルーバードを象徴するスポーツグレードへ成長していく。

モータースポーツでも成果を残した。1300SSは1966年の東アフリカ・サファリラリーでクラス優勝を果たし、実用車として始まったブルーバードに走りのイメージを加える役割を担った。

1967年|3代目ブルーバード(510型)が登場

1967年8月に登場した3代目510型は、歴代ブルーバードを語るうえで欠かせない世代である。

前年の1966年には、日産から1.0Lクラスのサニーが登場。これを受け、ブルーバードは510型から1.3L以上を中心とする、ひとつ上のクラスへと役割を移していった。

デザインは三角窓をなくした直線基調のスタイルへ一新。日産は「スーパーソニックライン」と呼び、高速化していく時代を意識した造形を取り入れた。

メカニズムも大きく進歩している。

新しいOHCエンジンを搭載し、セダンでは前後に独立懸架サスペンションを採用。動力性能や操縦安定性、実用性を高い水準でまとめ、国内外で支持を広げていった。

販売面でも歴代屈指の成功を収めている。

日産によると、510型のグローバル累計販売台数は150万台以上。生産台数も約155万台に達し、ブルーバードを世界へ広げる大きな役割を担った。

1970年:東アフリカ・サファリラリー

モータースポーツでは、1600SSSが1970年の東アフリカ・サファリラリーで総合優勝を達成。

ファミリーカーとして始まったブルーバードが、海外市場でも評価されるスポーツセダンへと成長した世代といえる。

1971年|4代目ブルーバードU(610型)が登場

4代目ダットサン・ブルーバードU

1971年、ブルーバードは4代目の610型へフルモデルチェンジした。

この世代では車名に「U」が加えられ、「ブルーバードU」として展開された。「U」にはUSER(ユーザー)の頭文字と、「あなた=YOU」の意味が込められていた。

先代510型の直線的なデザインから方向を変え、ボディには曲線を多く取り入れたスタイルを採用。サイズも拡大し、上級志向を強めている。

当初のエンジンは1.6Lと1.8Lの直列4気筒OHC。1973年にはホイールベースを延長した車体に直列6気筒2.0Lエンジンを搭載する「2000GT」が加わり、ラインアップの幅を広げた。

510型で確立したスポーツセダンとしての性格を受け継ぎながら、快適性や車格を高める方向へ踏み出した610型。

ブルーバードが中級セダンとしての性格を強めていく過程を示すモデルでもある。

1976年|5代目ブルーバード(810型)が登場

5代目ダットサン・ブルーバード

1976年には5代目となる810型が登場した。

この時期の自動車業界では、オイルショックや排出ガス規制への対応が大きな課題となっていた。

自動車には動力性能だけでなく燃費や排出ガス、安全性など幅広い性能が求められるようになっていく。

810型では、燃料噴射制御のECGIや排出ガス浄化システム「NAPS」を採用し、厳しくなる排出ガス規制へ対応。同時にELR付きシートベルトを導入するなど、安全性能についても改良が進められた。

エンジンは4気筒系を中心に展開しながら、上級モデルには6気筒エンジンも用意。SSSなどのスポーツ仕様も設定されている。

走行性能を受け継ぎながら、排出ガス規制への対応や安全性能の向上にも力が注がれた世代だった。

1979年|6代目ブルーバード(910型)が登場

6代目ダットサン・ブルーバード

1979年11月、6代目の910型が登場した。

曲線的なスタイルを採用していた先代から一転し、510型を思わせる直線基調のシンプルなデザインへ回帰。エンジンも1.6L、1.8L、2.0Lの直列4気筒へ整理され、車種構成を見直した。

走行性能にも力が入れられている。

フロントには「ゼロスクラブ」の考え方を取り入れたサスペンションを採用し、ラック&ピニオン式ステアリングなどと組み合わせることで操縦安定性を高めた。

販売面でも大きな成功を収めた。

910型は1979年12月から1982年2月まで、1.6~2.0Lクラスの小型車市場で27カ月連続の販売首位を記録。510型と並び、ブルーバードを代表するヒットモデルとなった。

また、910型はブルーバードの歴史における大きな区切りでもある。

「ダットサン・ブルーバード」の名称を使用した最後の世代であり、駆動方式もブルーバードとして最後のFRを採用。次のU11型では、ブランド表記と駆動方式の双方が大きく変わることになる。

モータースポーツでは「ブルーバード スーパーシルエット」も登場。LZ20B型ターボエンジンを搭載したレース車両は570PSを発揮し、1983年には全10戦中4勝を挙げてシリーズチャンピオンを獲得した。

1983年|7代目ブルーバード(U11型)が登場

7代目ブルーバード

1983年、7代目となるU11型が登場した。最大の変化は、駆動方式をFRからFFへ切り替えたこと。

エンジンを横置きし前輪を駆動するFFレイアウトの採用により、限られたボディサイズのなかで室内空間を確保しやすくなった。先代910型のイメージを残したスタイルとは対照的に、車体のメカニズムは大きく刷新されている。

ブランド表記も変わった。

910型まで使用されていた「ダットサン・ブルーバード」から、U11型では「日産・ブルーバード」へ移行。日産が進めていたダットサンブランドから日産ブランドへの統一を象徴するモデルのひとつとなった。

搭載エンジンは1.6L、1.8L、2.0Lのガソリンに加え、ターボや2.0Lディーゼルなど幅広い構成。

電子制御技術も積極的に取り入れられた。パワーステアリングのアシスト特性を切り替えられる「電子制御3ウェイパワーステアリング」や、運転状況からドライバーの疲労を判断して休憩を促す「セーフティドライブアドバイザー」などを採用している。

1984年に登場した、ブルーバード マキシマ

さらに、1984年には上級仕様の「ブルーバード マキシマ」が登場。V型6気筒エンジンを搭載するなど、ブルーバードをベースに上級セダンの領域へも展開していった。

1987年|8代目ブルーバード(U12型)が登場

8代目ブルーバード

1987年には8代目U12型へフルモデルチェンジした。

ボディは4ドアセダンと4ドアハードトップを設定。ラインアップをスポーティな「SSS」シリーズと、ファミリー志向の「アーバンサルーン」シリーズに分け、それぞれ異なるキャラクターを明確にした。

U12型を特徴づけたのが、駆動技術の進化である。

SSSシリーズには、フルタイム4WDシステム「ATTESA」を採用した4WD車を設定。ブルーバードとして初めて4WDがラインアップされ、STC-Susや4WASなどのシャシー制御技術も取り入れられた。

エンジンではCA型を中心に展開し、CA18DET型ターボにはインタークーラーを採用。

ファミリーセダンとしての実用性を維持しながら、ターボエンジンや4WDといった当時の高性能技術を取り込み、SSSのスポーツ性をさらに高めた世代となった。

1991年|9代目ブルーバード(U13型)が登場

1991年に登場した9代目U13型では、ブルーバードの商品構成が再び大きく変化した。

4ドアセダンを「SSS」、4ドアハードトップを「ARX」とし、ひとつのブルーバードの中に異なる方向性を持つ2シリーズを設定した。

SSSセダンは北米市場を意識し、米国のニッサン・デザイン・インターナショナルがデザインを担当。曲線を多用し、ボンネットからトランクまで滑らかにつなげたスタイルを採用している。

一方のARXは国内向けとして開発され、上質感を意識した落ち着いたデザインとなった。

ブルーバードに長く受け継がれてきた「SSS」の名称を残しながら、居住性や安全性、快適性などセダンとしての総合性能も重視。

スポーティなイメージに加え、1990年代の市場に合わせて上質感や居住性を重視した商品構成へと広がった世代だった。

1996年|10代目ブルーバード(U14型)が登場

10代目ブルーバード

1996年、10代目となるU14型が登場した。結果として、「ブルーバード」の車名を単独で掲げる最後の世代となる。

プラットフォームはP11型プリメーラと共用。U13型に設定されていた4ドアハードトップを廃止し、ボディを4ドアセダンへ一本化した。

シリーズはスポーティな「SSS」と、フォーマルな「ルグラン」の2系統。1.8L、2.0Lのガソリンエンジンに加え、2.0Lディーゼルも設定された。

販売期間中にも改良が続けられ、直噴エンジンや6速マニュアルモード付きハイパーCVTを導入。動力性能だけでなく、低燃費・低排出ガス化への対応も進められた。

安全装備の充実もこの時期の特徴で、前席デュアルSRSエアバッグを標準装備。その後、ABSも全車標準化されている。

U14型は2001年に販売を終了。1959年から続いてきたブルーバードは、単独車種としての歴史に一区切りを迎えた。

2000~2012年|「ブルーバード シルフィ」へ車名を継承

ブルーバード シルフィ

U14型が販売されていた2000年8月、新たに「ブルーバード シルフィ」が登場した。ブルーバードの名称を受け継ぎながら、上質感や環境性能を重視した新しいセダンとして市場へ投入されたモデルである。

初代G10型は1.5L、1.8L、2.0Lエンジンを設定。1.8L・2WD車は超低排出ガス車として認定されるなど、環境性能を大きな特徴としていた。

市場からの反応も良く、発売後1カ月で約8,500台を受注。当初の月間販売目標3,000台に対して約2.8倍となる受注を獲得した。

2003年には、日本で初めて「平成17年基準排出ガス75%低減レベル」の認定を取得。ブルーバード時代から続く、新しい技術を取り入れる姿勢は環境性能の分野にも引き継がれた。

2005年には2代目となるG11型へフルモデルチェンジ。

「もてなしと気配りのラグジュアリーミディアムサルーン」をコンセプトとし、広い後席空間や上質なインテリアなど、快適性をより強く打ち出した。

2012年12月には次世代モデルへフルモデルチェンジし、車名から「ブルーバード」が外れて「シルフィ」となった。これにより、1959年以来受け継がれてきた「ブルーバード」の名称は、日本の新車市場から姿を消すこととなった。

一方、シルフィはグローバルセダンとして展開を継続。2026年時点でも中国ではシルフィおよびシルフィ クラシックが生産されている。

まとめ

ブルーバードが登場した1959年から、日本の自動車市場を取り巻く環境は大きく変化してきた。

マイカーの普及が始まった時代には身近なファミリーカーとして市場を広げ、その後はSSSやモータースポーツを通じて走りのイメージを確立。市場の成熟に合わせて車格や快適性を高め、FFや4WD、電子制御技術、環境技術なども取り入れていった。

こうした変化から見えてくるのは、ブルーバードが時代ごとに求められるセダンの姿を取り込み続けてきたことだ。

2001年に単独車種としてのブルーバードは販売を終えたが、その名称はブルーバード シルフィへ受け継がれた。さらに2012年からはシルフィとなり、日本での販売終了後も中国を中心に展開が続いている。

長い歴史のなかで姿を変えてきたブルーバードは、日本のセダン市場の変化をたどるうえでも象徴的な一台といえる。