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今日は何の日?■安全性を強化した改良型フェアレディ2000

1967年(昭和42)年10月23日、日産自動車は同年3月にデビューしたオープンスポーツ「フェアレディ2000」の安全対策を強化した改良モデルを発売した。今回の改良では、ボディフレームの強化や安全仕様のインパネ、コラプシブルステアリング(衝撃吸収ステアリング)、ヘッドサポートなどを装備して米国安全基準にすべて適合した。
日産スポーツカーの源流であるフェアレディ
戦後の1950年代、米国を中心に英国製「トライアンフTR」 や「MBG」、イタリアのアルファロメオ「ジュリエッタ」など欧州製の小型スポーツカーが人気を獲得。日産も海外市場に進出するために、欧州の小型スポーツに対抗するモデルの開発を進めた。

まず1952年1月に日産として、また国産車としても戦後初のオープンカー「ダットサンDC-3」を投入。続いて1959年6月には、FRP製ボディを纏った「ダットサンスポーツ1000(S211)」、1960年1月には北米専用モデルながら初めてフェアレディ(表記は、フェアレデー)の名を冠した「ダットサン・フェアレデー1200(SPL212)」の発売を始めた。
ただし、いずれも既存の量産型セダンのシャシーを流用したオープンタイプのスポーツカー、いわゆる“屋根なしセダン”で、販売も振るわなかった。
本格的なオープンスポーツを目指したフェアレディ1500

屋根なしセダン的なオープンスポーツでは、欧州製の小型スポーツカーには太刀打ちできないことから、日産は本格的なスポーツカーの開発を目指した。最初に出来上がったのが、1962年10月デビューの「フェアレディ1500(SP310型)」だった。
フェアレディ1500は、新しくデザインされた3人乗りの当時欧州で流行っていたクラシカルなスタイリングを採用。主要なコンポーネンツは、初代(310型)「ブルーバード」の改良品が使われた。

パワートレーンは、最高出力71ps/最大トルク11.5kgm を発揮する1.5L 直4 OHVエンジンと4速MTの組み合わせ、駆動方式はFRである。出力自体は突出したものではなかったが、車重が870kgと軽かったため、最高速度は150km/h、0-400m加速19.7秒を記録。その快速ぶりを証明するように、翌1963年には第1回日本GPのスポーツカー1300cc~2500ccクラスで、圧倒的な走りを見せつけ優勝した。


米国で人気を博したフェアレディ1500だったが、米国市場からさらなる高性能化の要望に応える形で、排気量を1.6Lに拡大した「フェアレディ1600(SP311)」が1965年5月にデビュー。フェアレディ1600は、2連装キャブレターなどでチューンアップして最高出力90ps/最大トルク13.5kgmを発揮するエンジンを搭載して最高速度は165km/hまで向上し、欧州製1.6Lクラスのスポーツカーを凌駕した。

フェアレディの最終進化モデルのフェアレディ2000

「フェアレディ1600」でも、米国のスポーツカーファンにとってはまだパワー不足だった。そこで、日産は1967年3月に、さらに排気量を拡大したフェアレディシリーズの最高峰「フェアレディ2000(SR311)」を投入した。

パワートレーンは、最高出力145ps/最大トルク18.0gm を発揮するソレックス2連装キャブを装着した2.0L 直4 SOHCエンジンと5速MTの組み合わせ。足回りは一段と強化され、フロントがダブルウィッシュボーン、リアがリーフ・リジットというトラディショナルな仕様だったが、大幅な改良が加えられた。
最高速度は205km/h、0-400m加速は15.4秒を記録し、1967年5月の日本GPのGTクラスで圧巻の1、2、3フィニッシュを飾るなど、当時は国内敵なしだった。さらに、幾多の世界のレースにも挑戦して好成績を残した。
車両価格は88万円。当時の大卒初任給は2.9万円程度(約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約698万円に相当する。
米国安全基準に適合したフェアレディ2000

1967年10月のこの日、フェアレディ2000の安全対策を強化した改良モデルを発売した。
具体的な安全対策としては、ボディフレームなどの改良によるボディ強度向上、シートフレームの強化とヘッドサポートの装備によるシート強度向上、ドアハンドルのプルアップ式によるドア開放抑止、インパネ前面へのパッドの装備、さらにステアリングコラムに国産車初の衝撃を吸収するコラプシブルタイプを採用することによる運転席前面の衝突緩和、ブレーキ故障の警告装置などである。

これらの対策によって改良型フェアレディ2000は、米国自動車安全基準にすべて適合したことにより、世界最高水準の動力性能と操作性能に加えて、高度の安全性を備えた本格的なスポーツカーとなったのだ。
車両価格は91万円で、発売当初の価格より3万円高額に設定された。

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オープンカーは、マニア好みのスポーツカーであり、どうしても市場規模が限られる。グローバルスポーツとして成長させるためには、やはり数が出るクローズドスポーツの方が適切と考え、日産は「フェアレディ2000」から「フェアレディZ」へと舵を切ったのだろう。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。






