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今日は何の日?■話題の多い大盛り上がりだった第2回日本グランプリ


1964(昭和39)年5月2日と3日、鈴鹿サーキットにて第2回日本グランプリの決勝が開催された。国内メーカーがワークス体制で参戦したツーリングカーレースとGTカーレースでの熾烈なバトルが繰り広げられ、その後の日本のモータースポーツ活性化の引き金となった。
メーカーの威信をかけたツーリングカー(Tクラス)レース
ツーリングカークラスは、基本的には市販車ベースのモデルで競うレースであり、外観はほぼノーマルでエンジンも純正ベースで改造の制限が多いレースだ。
具体的には、エンジンについてはボア/ストロークや圧縮比の変更は不可であり、キャブレターは多連装化などへの交換は不可で、キャリブレーションの変更も限定的、カムシャフトも純正の範囲でのみで交換可。トランスミッション、デフ、サスペンション、ブレーキも純正の範囲内でのみ変更可、タイヤは市販品のみ交換可能。また、ボディについては、フェンダー切開禁止、バンパーは装着、内装も基本装備は残し、後席除去も不可である。
Tクラスは、排気量で6クラスに分けられ、第2回日本GPの優勝車は以下だった。
・T-I(400cc以下):優勝車「スバル360」
・T-II(700cc以下):トヨタ「パブリカ」
・T-III(1000cc以下):三菱「コルト1000」
・T-IV(1500cc以下):日産「ブルーバードスポーツ」
・T-V(2000cc以下):プリンス「スカイライン1500」
・T-VI(2000cc超):プリンス「グロリアS41」

当時は、レースで勝つことが自社の技術力の高さの証明となり、これを宣伝することで販売台数が増えるというマーケティングモデルが確立していたため、日本メーカーはレース活動を“技術開発+宣伝”の両輪として重視していたのだ。
スカG伝説誕生のきっかけとなったGTカー(GTクラス)レース
GTカークラスは、Tクラスと比べると変更の自由度が高く、レース専用車に近い改造が可能である。
具体的には、エンジンについてはボア/ストローク変更は不可だが、圧縮比アップやハイカム化は可、キャブレターも多連装や大型化は可、さらに吸排気系変更もほぼ自由。また、トランスミッションのクロスミッション化とデフのLSD装着が可、サスペンションは形式変更可、ブレーキも大径化・多速化など大幅強化が可、タイヤはレース用タイヤの装備可、ボディについてはフェンダー加工可、内装の大幅撤去、バンパー取り外しが可能だ。
GTクラスも、排気量で3クラス分けられ、第2回日本GPの優勝車は以下だった。
・GT-I(1000cc以下):ホンダ「S600」
・GT-II(2000cc以下):ポルシェ「カレラGTS」

ここで、注目されたレースが5月3日に繰り広げられたGT-IIの「ポルシェ」と「スカイラインGT」の激闘である。スカイラインにグロリアの6気筒エンジンを無理やり搭載したプリンス自動車の「スカイラインGT(S54)」 が、格上の 名車ポルシェ を7周目に一時的ではあるが抜き去ったことで観衆は熱狂し、大きな話題となった。

結果は、実力で勝るポルシェの勝利だったが、この出来事がスカG伝説を誕生させ、後のGT-Rへと繋がったのだ。また、国産車が世界の名車と戦える ということを日本中に知らしめ、日本メーカーが大きな自信を付けた歴史的瞬間となった。
・GT-III(2000cc超):「ジャガーXKE」
日本初のフォーミュラカー公式レース開催

ツーリングカーとGTカーのレースとともに注目を集めたのが、フォーミュラ・ジュニア(FJ)による 国内初のフォーミュラカーレース「JAFトロフィー」が行なわれたことだった。当時のFJは、1100ccクラスの小型フォーミュラカーで、欧州では入門フォーミュラとして位置付けられていた。
出走したのは、英国のブラバムFJやロータスFJ、クーパーFJ、そしてイタリアのスタンゲリーニFJ、デル・コンテッサだった。デル・コンテッサは、塩沢商工が「コンテッサ900」のパーツを流用し製作した、国産初のフォーミュラカーとされている。結果は、ブラバムが記念すべき初回の優勝を飾った。
当時の日本メーカーは、まだフォーミュラカーを自社開発できる段階ではなく、トヨタ、日産、プリンスは市販車ベースのツーリングカーやGTカーに注力していた。ちなみに、ホンダが初めてF1にRA271でドイツグランプリに参戦したのは、1964年8月のことだ。
これにより、日本のフォーミュラレースの基礎が築かれ、日本にもついに本格フォーミュラ時代が到来したと話題になった。

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第2回日本グランプリは、スカG伝説が誕生したレースとして注目されたが、その他にも国内メーカーのワークスによるツーリングカーレース/GTカーレースでの激闘、さらに国内初のフォーミュラカーレースなど、日本のモータースポーツが一気に加速した重要なグランプリレースだった。
今日がなにかの記念日になるかもしれない。









