設楽社長が語るレースで新入社員と同席する意味

設楽社長は企画の狙いをこう語る。会社に入るとまず学ぶべきことは山ほどあるが、それ以前に触れてほしいのは「レースがヤマハのDNAであり活動原点」だという。新入社員という立場は人生に一度きり。その入り口で、ヤマハがどんなスタンスで仕事に向き合っているかを最も分かりやすく体現するのがレースの現場であり、同じ「挑戦のブルー」をまとって働く原点を考えるきっかけにしたいと説明した。
この体験は商品開発にどのように繋がるのか。設楽社長はヤマハの技術の核として「エネルギーマネジメント」「知能化」「ソフトウェア」を挙げ、8時間を走り切るための技術はやがて市販モデルへとフィードバックされる。「レースや製品開発に関係するのでシークレットなことも多いので例を挙げるのは難しいが」と前置きしながら、トライした部分は勝ち負け以外にも確実に蓄積されている。また今は内燃機関で闘っているが、ゆくゆくはそれ以外でチャレンジするかもしれない。けれど、それで感動する人間の気持ちは変わらないはず。人がどう感じ、どう喜びを得るかを追求する「人間研究」による視点を組み込むことができ、お客様に喜ばれる商品を供給したい。それが、ヤマハ発動機の掲げる感動創造企業という目的に繋がっていくという。

自身の入社当時の感動経験を振り返ってもらうと、スクーターから大型バイクなどのモーターサイクル、マリン製品、4輪バギー、電動アシスト自転車などに乗せてもらったことだという。様々な製品に触れる中で「なんて幅広いことをやっている会社なんだ」というインパクトとともに、可能性を技術で具現化してお客さんに喜んでもらいたい、ということが今も原点にあると述べた。レースの思い出としては、台風で短縮されたレースや、社内チームが優勝した瞬間、あと一歩で優勝を逃した「資生堂TECH21」時代の記憶を挙げ、耐久レースとスプリントレースの違いも交えながら「演出のない現場に立ち会える幸福感ほど得難いものはない」と語った。

昨年より始めたこの企画での新入社員の反応については、「感動した」という言葉を何度も聞いたと明かす。エンジニアリングの世界でみんなが同じ体験を分かち合う感覚は、バイクに縁のなかった若手にとって未知の感動であり、応援スタンドで社長の横に座っていた女子社員は、スタートの瞬間に涙を流していたのを見て、社長自身も嬉しい気持ちで一杯になったという。手を挙げた既存社員に対しては、新入社員が刺激を受ける姿を間近で見ることで刺激を受け、改めてモータースポーツへの興味を呼び覚まし、仕事の原点を見つめ直してほしいと語った。そして「もちろん、ヤマハが勝利してみんなで喜び合えれば最高だ」と付け加えた。
海外市場への思いを問われると、日本で8耐がこれほど盛り上がっているのを見ていただき、二輪という文化を自国にも根付かせてくれると嬉しいと展望を語った。
最後に、「チャレンジなくして成長なし」というライダーの言葉に対し、ヤマハの歴史はすべて挑戦の歴史だとした。1955年の富士登山レース優勝から続くレース活動は一度も中断したことがないし、レースに限らず挑戦を続けてきたといい、昨年70周年で掲げた「挑戦はすべての始まり」という言葉を改めて紹介した。
新入社員代表が語った「初めての感動」
取材にはマリン事業本部の高杉亜澄さん、経営戦略本部の池田舜矢さん、ヤマハ発動機販売に出向中の馬越陽明さん、人事総務本部の武蔵島佑奈さんの4名が応じた。

高杉さんは「バイクの免許も馴染みも持たないながら、始まった瞬間に迫力と音に夢中になり、気付けば前のめりになっていた」と振り返る。バイクには父の後部座席に乗った程度だった池田さんも「実際にレースの現場に来て、見て、音と体に響く振動に感動した」と語った。
馬越さんは「率直に、めちゃくちゃ感動した。感動創造企業であるヤマハ社員として、その感動を届けたい」と意欲を見せる。武蔵島さんは、「みんながお揃いのユニフォームで同じフラッグで声援を送る一体感が楽しい」と語った。4人とも観戦は初めてで、あるメンバーは、トラブルで自チームがピットインした際、ライバルチームまでもが拍手で迎え入れる光景に胸を打たれたという。
鈴鹿8耐を見て、これからの仕事へどのように活かせそうかと問われると、馬越さんは「現場で見た経験を自分の言葉で言語化し、お客様に伝えたい」、池田さんも「お客様の心が動く瞬間を見られたことを忘れずに働きたい」と感動経験から今後の意欲を語った。高杉さんは「これだけのヤマハファンを自分の目で見て、責任と自覚が生まれた」、武蔵島さんは「自分たちの製品でこれだけの人が集まってくれているということを忘れずに仕事をしていきたい」と実感と責任感を新たにしたと語った。

設楽社長が述べたように、長い学生生活を卒業し社会人1年生になるのは一生に一度のことで、そのときの印象は必ず一生忘れない。新入社員たちは社長へ聞きたいことのアンケートを取り、「好きな食べ物は?」「うなぎです」などという一般的な会話を取り交わしたそうだ。他愛もないことかもしれないが、新入社員は設楽社長の好物を一生忘れないだろう。
一生の記憶に残せるタイミングで新入社員全員を鈴鹿8耐に連れて行くという企画は、感動を「知識」でなく「体験」として社員に根付かせたいという社長の明確な意志であり、実にうまい方法だと素直に思った。エンジン音と熱気に包まれたサーキットで、新入社員たちが得たものは、これからの一生をヤマハ社員として過ごすかに関わらずと、心にヤマハへの愛を生むことだろう。設楽社長は、そうしたヤマハ愛を育むことも伝えたかったに違いない。
そして、設楽社長の肝入り企画は、厳しいだけの研修でなく、レジャーのようなことだって仕事にしていいんだという初代社長の川上源一氏による創業以来の精神も伝えたかったのではないか。それは、言わずとも自然と新入社員たちに一生の記憶として残っていくことだろう。


