2年の沈黙を破る最強スペック

勝者のGR86を信じた再出発!

S15シルビアでD1GPに参戦した2022年からの2シーズン、下田選手は女性ドライバーとしてD1GP初のベスト8進出を果たすなど存在感を示したものの、チーム体制は万全とはいかず、予選通過率も3割にとどまった。安定して上位を争える状況にはなかったのだ。

さらに、2023年第7戦オートポリスでのエンジンブローを皮切りに、次戦のお台場、翌年のオートサロン・キックオフドリフトとトラブルが相次いだ。トップカテゴリーで戦うための体制が整うまで、参戦を休止する決断を下したのである。

「そのまま出場を続けるだけなら無理ではなかったですし、スポット参戦の話もありました。でも、私がD1に出る意味としてずっと大切にしてきたのは、『支えてきてくれた人たちと一緒に喜びを分け合いたい』ということ。そこには結果を出すことが大事だと考えていて、ついにそれを実現できる話をいただいたのが去年でした」。

そう語る下田選手。2025年シリーズ3位の中村直樹選手が所属するヴァリノタイヤワークスに加わる形で、新たな挑戦が始まった。

マシン製作を担当したのは、香川県のレムズ代表・脇氏。これまで複数のD1GPチャンピオンマシンを手掛け、近年は中村選手のマシン製作とチームのチーフメカとして全戦に帯同する陰の立役者だ。

下田選手が駆るGR86は、同じく脇メカが製作し、2025年のエビスラウンドから投入された中村号と、まったく同じ設計思想とパーツ構成を採用。緊急時にはパーツを共有できるなど、2台体制のメリットを最大限に生かせる仕様となっている。

このセットアップの根底にあるのは、「シルビアとは真逆の動きをさせること」だ。

中村選手がシルビアからGR86に乗り替えてからしばらくは、シルビアと同じ方向性でセットアップを模索していた。しかし、それではうまくいかず、その考えを捨てて真逆のセットを取り入れたことで調子が上向いた経緯がある。

下田選手も同様だ。これまでS15シルビアを愛機として大会に参戦してきただけに、競技マシンとしてGR86をドライブするのは今回が初めて。

「ボディ剛性も影響しているのか、シルビアと比べてフロントの応答性がまったく感じられず、めちゃくちゃ不安になりました」

と、GR86の乗り味に戸惑いがあったことを明かす。

「でも、ここで考え方を変えたんです。シルビアの時は自分に合わせてクルマを乗りやすくしようとしていたけど、今回はまったく同じクルマに乗っている(中村)直樹さんが実際に勝っている。だから、どんなに乗りづらくても一旦それが正しいと考えて、今までとは逆に、自分の走りをクルマに合わせていったんです」。

そこからは中村選手の走りを徹底的に研究。きっかけ作り、角度を増していく過程、最大角度でのドリフトコントロール、振り返しといったすべてのタイミングでリヤタイヤの動きを重視する、中村選手独特のテクニックを吸収していく。

その土台となったのが、下田選手のスポッターを務める佐藤健氏が主催する「車楽人ドライビングスクール」で学んだ、荷重移動によってクルマを操る基礎を最重視したドリフトスタイルだった。マシンを見ていく。

E85のエタノール燃料での使用を前提に製作された2JZ-GTEは、BC製クランク、キャリロ製コンロッド、CP製SPLピストンで構成される10.7:1のハイコンプ仕様。

高圧縮化とセッティングの妙によって、「ブーストの立ち上がりから生まれる質の良い低速トルク」がリヤストロークを理想的に沈め、優れたトラクションを生み出すと脇メカは説明する。

タービンにはG35-1050を採用し、シャシダイ実測で930psを発揮。下田選手のために追走時の扱いやすさを考慮し、中村選手のG40よりワンサイズ小さいタービンが選ばれた。

4000rpmで500psを発生するピックアップの良さを持ち、ゼロスタートや加速時のアクセルワークはピーキーになりやすいものの、下田選手は持ち前の荷重センサーで見事に対応してみせた。

ワイズファブのアングルキットも装備する。キットによってラックを前側へ移設し、さらに前方へオフセットすることで、大きな舵角に耐えられる足まわりを構築。

中村選手は極端なトーアウトを好むため、製作当初はその仕様を反映していたが、あまりにも操舵感が少なかったことからトーイン化。さらにキャスターを寝かせることで、ある程度の扱いやすさを確保した。

フロントはスタビレス。リヤにはスタビを装着するものの、リンクの取り付け位置を工夫することで効きを半分程度に抑えている。

クラッチは、「大会中に必ず1つはブローさせていた」というほど酷使する中村選手のために、エクセディが技術を結集して開発した力作の「ハイパーマルチトリプル」を採用。導入後は大会中のクラッチトラブルがゼロになったという。

車高調はDG-5。フロント12kg/mm、リヤ6kg/mmというレートは、2JZをスワップしたGR86としては標準的な設定だが、伸び側に強い減衰特性と、可変でレートが立ち上がるレムズオリジナルのバンプラバーによって、アクセルを調整している最中もリヤが沈み込んだ状態を作りやすくしている。

ワイズファブを用いたジオメトリー変化の味付けは、シルビアらしい動きを捨て、GR86の長所を生かした走りを目指したもの。中村選手がドリフトマスターズへの挑戦で得たノウハウも最大限に投入されている。

トレッドを拡張するとともに、バンプトーイン傾向を強めるセッティングが施されている。

GR86が持つボディ剛性の素性の良さを生かし、スポット増しは最小限に。ロールケージも剛性より乗員保護を優先した、しなやかなボディメイクとしている。

燃料満タン時の車重は1232kg。ドライバー込みで1285kgという、必要なタイヤ幅制限のギリギリを攻めた数値となる。

シートにはブリッドXERO VSを採用。痩せ型の下田選手に合わせ、実際に工場で座りながらクッションの調整を行ったセミオーダー仕様で、ロゴステッチもピンクを選択している。

ステアリングは、海外イベントに参加する際にも必ず持っていくほど長年愛用しているMOMOドリフティングの330φ。シフト操作と間違えないよう、サイドブレーキを寝かせた配置とするなど、ドライビングポジションにも細かなこだわりが込められている。

ペダル系統はフル純正を生かし、汎用のバキュームポンプをリンクで制御。ブレーキマスターバックを残したままアンチラグシステムを構築し、フラットシフトも採用している。

エクステリアはシルクブレイズのワイドボディキットで統一。フロントフェンダーのみ、レギュレーションに適合させるためのオーバーフェンダーを追加している。

カラーリングはパーソナルカラーである2色迷彩柄の「サヤカブルー」に染められ、D1ライツ初参戦時からアイコンとなっているボンネットの白3本線も健在だ。

ホイールには2026年の新作、ヴァリノ・W830Sを装着。リヤはワイズファブのシルビア用、フロントはインプレッサ用ハブを流用し、5H/PCD114.3/1.25ピッチ化することで、シルビアとの共通化を図っている。

タイヤはヴァリノ・ぺルギアRで、サイズはフロント245/40R18、リヤ285/35R18。前後で大きくサイズを変えているのは、フロントを進入時のきっかけ作りに使用するだけで、基本的にはどの場面でもリヤタイヤでクルマの向きを変えるという考え方によるものだ。

「女性ドライバー初の表彰台という大きな目標もあるのですが、まずはベスト8よりも上のベスト4進出を狙って、ひとつずつ目標を達成していきたいですね」。

新たな環境とGR86への適応を急速に進める下田選手。勝者と同じマシン、同じ思想を信じて挑む新たなステージで、いったいどこまで成長を遂げるのか。今後の戦いから目が離せない。

TEXT:Miro HASEGAWA (長谷川実路) /PHOTO:Miro HASEGAWA (長谷川実路) &Daisuke YAMAMOTO(山本大介)

「理論派ルーキーが挑む1100馬力ドリフトの世界!」GR86でD1GP制覇を目指す多田康治の挑戦

現役トヨタ社員にして、GRブランドの新型車両企画開発エンジニア。そして、D1GPに挑むプロドリフターでもある多田康治選手。ドリフトを理詰めで分解し、操作とセットアップの再現性を突き詰める2年目のルーキーが、1100psのGR86で2026年シーズンに挑む。