超高級サルーン比較試乗「ベントレー フライングスパー」対「メルセデス マイバッハ S 680」

3000万円級フラッグシップサルーン「ベントレー フライングスパー」と「メルセデス マイバッハ S 680」を比較試乗

ミュルザンヌが担ってきたベントレーのフラッグシップサルーンの座を受け継ぐ「フライングスパー」。対するはSクラスをベースとしているが、専用のバンパーやグリルなどで独自の存在感を放つ「マイバッハ S 680」。
ミュルザンヌが担ってきたベントレーのフラッグシップサルーンの座を受け継ぐ「フライングスパー」。対するはSクラスをベースとしているが、専用のバンパーやグリルなどで独自の存在感を放つ「マイバッハ S 680」。
究極の内燃機関であり、クルマ好きの心を揺さぶる12気筒。その上質な回転フィールは最高峰サルーンに最も相応しいユニットだ。だが12気筒のサルーンを楽しめる時代はもうすぐ終焉を迎えるかもしれない。今ならまだ間に合う、英独の2台を改めて味わおう。(GENROQ 2024年4月号より転載・再構成)

Bentley Flying Spur Speed
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Mercedes-Maybach S 680

普通の車型ではモノにできない特別なもの

12気筒のエンジンをものにする。

このハードルは、自動車メーカーにとって、我々が想像する以上に高く険しいものだ。パッケージという概念がなくエンジンの尺で車体寸法が決まっていた第二次大戦前ならいざ知らず、戦後、自動車が普及期に入り、道などのインフラが整備され、家もマンションも商業施設もそれありきの設計になってくると、クルマの自己都合で勝手に巨大化することは商機を失うこととイコール化した。無尽蔵に長大化するかにみえたアメリカ車でさえ、1960年代半ばにインターミディエイト的なコンセプトを打ち出すことになるのは、環境云々以前にその車格が密集する都市部では価格と車格の両面で受け入れ難いものになったからだ。ちなみにその契機を活かして生まれたのが、マスタングやカマロ、チャレンジャーといったマッスルカー群だった。

適切な車格とそれに見合うエンジンという社会性を考慮しなければならない芸域のクルマにとって、12気筒は作ることもさることながら積む器を用意することも大変な話になる。だからこそそれは、エゴイスティックであるほど喜ばれるスーパースポーツのアイコンとなり、そのカテゴリーに軸足を置くジャガーくらいしか普通の車型ではモノにできない特別なものでもあった。

1980年代以降、12気筒に対する熱量をじわじわと高めてきたのはドイツ勢だ。プレミアムを標榜するメルセデスやBMWは、Lセグメントでの世界的な成功を糧に、その地位を絶対のものとするために12気筒は不可欠と考えるようになる。

味わえる機会はもはや風前の灯のW型12気筒

先駆けたのはBMWだ。エンジン屋出自の意地もあったのだろう、1988年にはE32型7シリーズのフラッグシップとして750iLを設定、5.0リッター12気筒の市販化に成功する。続いてメルセデスは1991年にフルモデルチェンジを受けたW140型Sクラスに6.0リッター12気筒を搭載する600SELを設定した。この流れを受けてか、トヨタも2代目となる50系センチュリーに12気筒を搭載するなど、21世紀を目前に控えたこの時、遂に親和性が求められる量産サルーンでもその高みに登り詰めるものが現れてきたわけだ。

そして21世紀に入ると、1990年代の合従連衡を受けて巨大化したVWグループが、満を持して12気筒の製造に本腰を入れる。それは鬼才フェルディナント・ピエヒの悲願でもあったはずだ。15度という超狭角のV型6気筒エンジンを基に、V型5気筒やW型8気筒を展開、その素地を鍛えてきたところで、満を持してV型6気筒を72度バンクで一対化した、その名もW型12気筒は傘下に収めたベントレーの門出のために、そして当時VWが高級車市場に打って出るべく総力をあげたフェートンの箔付けのために、だったらアウディA8もと、グループ内の幾つかのモデルに採用された。凝りに凝ったシリンダーレイアウトは前後長を短く出来、搭載性にも奏功していたわけだ。結果、この狭角コンセプトはW型8気筒の一対化をも形とし、ブガッティの再興にも大きな貢献を果たしている。

そういう歴史の延長線上にいるフライングスパーだが、W型12気筒を味わえる機会はもはや風前の灯だ。ベントレーは既に昨年、そのエンジンの生産を今年の4月で終了する旨を発表している。同様にマイバッハS680に搭載されるM279M型も、乗用車向けとしては最後の12気筒になろうと目される。ともあれ新車を手に入れる機会は、かなり限定されたものであることは間違いない。

英国的なもてなしを体現

フライングスパーが搭載するW型12気筒は、トロンと滑らかな摺動感が加わり、エンジンの芸幅に深みが増したように思う。登場当初は力みもあったのか猛々しさがバリとして感じられるところも少なからずあったが、時間を掛けて裏ごしされた結果、12気筒である理由がしっかり滲み出てきた印象だ。

そこに車体側の熟度も加わってだろう、スピードという最もスポーティなグレードにも関わらず日常域でのマナーはショーファードリブンとして扱っても気にならないほどに洗練されている。唯一気になるのは極低速域でのDCTのドライなタッチだが、このクルマが持てる高速域側のパフォーマンスを知れば、それは納得出来る範疇だと思う。むしろ、後ろに座って心地よさを求めながらも、一方で遠くにその血筋は常に感じていたい、そういうクルマ好きのこじれた琴線に、スピードというグレードはしっくりくる。

ドライブモードの選択肢は4つあるが、ベントレーのBを象ったモードの柔軟性や即応性は見事なもので、なんとあらばセレクター自体がいらないのではと思うほどだ。四駆のスポーツセダンとしての運動性も、ショーファードリブンとしての快適性も、このモードが等しくカバーする。ドライバーが細かくコンフィギュレーション出来るのが欧州的なもてなしなら、その手も煩わせないことが英国的なもてなしということだろうか。

いい意味のラバー感があるマイバッハ12気筒

そのドライブセレクターにダイヤマークのマイバッハなる独自のモードを用意するのがS680だ。ドライバーの緩やかな運転をサポートしながら後席の乗り心地を重視する完全なショーファードリブンモードだが、それでも腰砕けになるほどプカプカ揺らぐわけではない。路面から伝わるトゲやバリは概して排しつつ、ドイツ車としての本懐はきちんと守っている印象で、そのままアクセルを踏み込んでも不満は感じないはずだ。四輪操舵の恩恵も大きいものの、長大さをまるで意識させず、普通のSクラスのように自然に取り回すことが出来る辺りはさすがメルセデスのプロダクトだと感心する。

S680の搭載する12気筒は、ともあれクリーミーな回転フィールが特徴的だ。爆発間隔の短い12気筒ならではの軽やかなセル音と共に始動するそのサウンドは注いだ炭酸飲料のようにジュワッときめ細かく、暖機と共にその音振さえ霧散する。なんなら動かさずとも灯すだけでも12気筒ははっきりと豊かだ。

ラバーバンドフィールといえば小さなエンジンに効率を求めるCVTの形容としてネガティブに捉えられがちだ。が、S680の12気筒はいい意味のラバー感がある。すなわち、粒立ち滑らかに湧き上がるトルクのおかげで高いギヤでも伸び伸びと引っ張ってくれる。シルクのように優しい肌触りの加速が延々と続く、この感触はスポーツカーのそれとは対極的だが同じくらい官能的だ。贅の限りを尽くした、内燃機におけるひとつの到達点ではないだろうか。

そう、クルマづくりに情熱を注ぎ込んだ先達たちがサルーンへの搭載を目指した12気筒ユニットは、スポーツカーに搭載されるそれとは性格がまるで異なる。いかに低振動かつ低脈動できめ細かなサウンドを囁くように聞かせるものであるべきか。つまりすべてが油を炊いて爆発させることで力を得る内燃機の雑味をできるだけ潰すために設えられたわけだ。

内燃機に対して特段の想いに至る12気筒

ゆえに、この2台が搭載する12気筒は、遅かれ早かれ躊躇なくモーターへと置き換わるだろう。それによって掲げた性能目標のベストアンサーを得ることが出来るのだから、迷う理由はない。車体が長ければバッテリーもたくさん載せられるし、それによって価格が上がってもこのカテゴリーのカスタマーは困らない。それよりも新たな価値や社会的体裁の側が優先される。それでも懸念される長距離移動に使うのは、そもそもヘリやPJといった手段だろう。高級車こそBEVというのは、周辺状況を鑑みればまったく矛盾しない。

だからこそ、今、これらの12気筒を回すことには並ならぬ感情を込めてしまう。グランドコンプリケーションの裏蓋を眺めるように、でも覗くことは出来ないその精緻さや荘厳さを頭の中で思い浮かべながら、じんわりとアクセルを踏み込んでエンジンの表情の穏やかな変化を慈しむ。内燃機に対して特段の想いを抱く方におかれては、こういうクルマに触れる機会は、ぜひ今後も大切にしていただければと思う。

REPORT/渡辺敏史(Toshifumi WATANABE)
PHOTO/平野 陽(Akio HIRANO)
MAGAZINE/GENROQ 2024年 4月号

SPECIFICATIONS

ベントレー・フライングスパー・スピード

ボディサイズ:全長5325 全幅1990 全高1490mm
ホイールベース:3195mm
乾燥重量:2480kg
エンジンタイプ:W型12気筒DOHCツインターボ
排気量:5950cc
最高出力:467kW(635PS)/6000rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/1500-5000rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤ&ホイール:前275/35ZR22 後315/30ZR22
0-100km/h加速:3.8秒
最高速度:333km/h
車両本体価格:3286万8000円

メルセデス・マイバッハ S 680

ボディサイズ:全長5470 全幅1920 全高1510mm
ホイールベース:3395mm
乾燥重量:2410kg
エンジンタイプ:V型12気筒SOHCツインターボ
排気量:5980cc
最高出力:450kW(612PS)/5250-5500rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/2000-4000rpm
トランスミッション:9速AT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤ&ホイール:前後255/40ZR20
0-100km/h加速:─
最高速度:─
車両本体価格:3570万円

【問い合わせ】

ベントレーコール
TEL 0120-97-7797
https://www.bentleymotors.jp/

メルセデス・コール
TEL 0120-190-610
https://www.mercedes-benz.co.jp/

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