目次
PORSCHE 911S 2.4(1972)
RRのネガ解消と歩んできた911の歴史

いわゆる「ナロー・ポルシェ」と呼ばれる911は、1963年にデビューした901から、1973年に販売されたFシリーズまでを指す。
その間、リヤに積まれた空冷水平対向6気筒SOHCはソレックス・キャブレター付きの2.0リッターから、ウェーバー・キャブレター付きの2.0リッター、2.2リッター、そしてボッシュ製機械式インジェクション付きの2.4リッターへと進化。一方車体側もホイールベースがデビュー当初の901では2204mmだったものが、1965年モデルから2211mm、1969年モデルから2271mmへと延長されるなど、年次を追うごとに細かな改良が施された。そのことからも分かるように、911の歴史はRRレイアウトのネガの克服と、それに伴う重量増とライバルへの対抗策としてのパワーアップの歴史でもある。
では一体どれが「ベスト・ナロー」なのか? という問いには「極初期のショートホイールベースがすべて」とか「軽いロングホイールベースのシャシーに切れ味のいいキャブの2.0リッターを積んだ1969年モデルがベスト」など、意見が分かれるところだが「最新のポルシェは最良のポルシェ」という古事に倣わずとも、ロングホイールベースのシャシーに2.4リッターエンジンを積んだ1972年以降のモデルこそナローの完成形であると思う。
中でも1972年モデルとしてたった1年だけ造られたEシリーズこそベストと推す理由はひとつ。それはこの年だけ右ドア後ろにオイル注入口が設けられ、それまでリヤホイールハウス後ろにあったオイルタンクが前に移されているからだ。
ここで開発陣が目指したのはヨー慣性モーメントの低減、オイルの片寄りの低減にあった。結局、ガソリンの給油口と間違えやすいという理由で、1973年のFシリーズから元に戻されてしまうのだが、ある意味で細部まで突き詰めるポルシェらしい解決策(実際に効果はあった)といえるだろう。
ダイレクトでナチュラルな挙動


そんなナローの最終形たる1972年式の911はどれほどの完成度を誇るモデルなのか? そこで先月まで9年間にわたり内外装、機関などすべてに徹底したフルレストアを行い、新車と呼ぶに相応しい状態に仕上がったグループ・エムの911Sで味わってみることにした。
いくら新車同様になったからとはいえ、誕生から53年が過ぎたクラシックカーには、どこか脆さというか、気を遣う部分があるものだ。しかしこの911はドアの建て付け、手や足に触れる操作系に至るまで、あらゆる部分がカッチリとしていて、余計な力を入れることも、必要以上に気を遣うこともない。
もちろん、キーを捻るとすぐに目覚め、静かで安定したアイドリングを奏でるフラット6ユニットのマナーも素晴らしいのだが、それ以上に驚いたのがクラッチを繋いだ時に感じた、寸分の狂いもないパワートレインの一体感だ。そしてジワッとアクセルに力を込めるとボッシュの機械式燃料噴射を備えた2.4リッターユニットはシャープかつスムーズに回り、精緻なベアリングの上を滑るかのようにストレスなく、すっとクルマが前に進み出す。
「そんなこと当然だろ?」と思われるかもしれないが、当時のクルマでこの一連の作業が澱みなく絶大な安心感、信頼感を伴ってできる例は多くない。というより、これまで様々なナローに乗ってきたが、その中でもこの911Sは出色の出来栄えである。
それはハンドリングも同様。コーナーといわず、交差点を曲がるだけでも、リヤに重く大きいフラット6を従えているといった感触はなく、前軸の動きと後軸の動きのラグというか迷いがない、ダイレクトでナチュラルな挙動をみせてくれるのだ。
現代の911に通じる資質




また左奥が1速(それまでは左手前が1速のレーシングパターン)となるEシリーズから採用された915型5速MTもストロークは大きめながら節度感があり、強力なポルシェ・シンクロのおかげで確実かつスムーズにシフトできる。しかもパワーバンドが広いので街中では2速で十分にこと足りてしまうほどだ。
確かに、生越社長以下グループ・エムのスタッフが心血を込めて作りあげた911Sが、新車当時以上のクオリティに仕上がっていることに疑いの余地はない。
だからこそ、よりクリアに911本来の姿を感じ取ることができたのだが、そこで改めて気付いたのは、1972年の段階で911が「日常使いからサーキットまでを楽しめる柔軟性とポテンシャル、そして実用性、信頼性を高いレベルで両立させた2+2スポーツ」という、現代の992IIにも通じる資質をすでに具現化していたという事実だった。
REPORT/藤原よしお(Yoshio FUJIWARA)
PHOTO/前田惠介(Keisuke MAEDA)
COOPERATION/Gruppe M
SPECIFICATIONS
ポルシェ911S 2.4(1972)
ボディサイズ:全長4147 全幅1610 全高1320mm
ホイールベース:2271mm
車両重量:1110kg
エンジン:水平対向6気筒SOHC
総排気量:2341cc
最高出力:140kW(190PS)/6500rpm
最大トルク:216Nm(22.0kgm)/5200rpm
トランスミッション:5速MT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前マクファーソンストラット 後トーションバー
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前後185/70VR15
最高速度:230km/h
【取材協力】
Gruppe M(グループ・エム)
TEL 048-450-2911
http://www.gruppem.co.jp/