WWDC2025で見たAppleの新提案「CarPlay Ultra」とは?

Appleの「CarPlay Ultra」はクルマとスマホの新しい関係に革命をもたらすか?

PHOTO/Aston Martin Lagonda
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Appleが毎年開催する開発者会議「WWDC 2025」。アップルの中期戦略が発表されるこのイベントに参加したテクノロジージャーナリストの本田雅一が、最新のCarPlayをリポートする。

1日6億回、日常になったCarPlay

PHOTO/Apple
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日常の風景に溶け込むテクノロジは生活のシーンを変えていく。CarPlayはまさにそうした存在だ。Appleが明らかにした数字によれば、世界中で毎日6億回以上CarPlayが起動されている。

言うまでもなく、この数字はiPhoneだけのものであり、Android Autoも加えれば、この2倍前後の数字になるだろう。主要なSNSやメッセージングアプリでの、メッセージ発信数に匹敵する水準で、社会的に定着したとも言える。

米国市場では新車の98%がCarPlayを搭載しており、グローバルでも80%以上が標準で搭載している。2022年12月にマッキンゼーが世界15ヵ国で調査した「Mobility Consumer Pulse Survey」では、新車購入者の約半数が「Apple CarPlayやAndroid Autoを搭載していない車は買わない」と回答し45%が日常的に利用しているという。もっとも、こうした世界的な潮流の中にあって日本市場は特異な位置にある。

JDパワーが実施した「Japan TXI 2023」調査によると、CarPlayやAndroid Autoを日常的に使用していると答えたユーザーはわずか7%にとどまった。この数字の背後には、日本独自の自動車文化と技術的な事情が複雑に絡み合っている。

数字で読み解くCarPlayの現在地

PHOTO/Apple
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CarPlayの普及状況を数値で整理すると、日本市場の特殊性がより鮮明に浮かび上がる。世界では日次起動回数が6億回を超え、米国では新車搭載率98%という圧倒的な数字を記録している一方で、日本の新車搭載率は推定20%未満にとどまる。

さらに、世界では約50%の消費者が「搭載が購入条件」と答えているのに対し、日本では同様の調査データすら存在しない状況だ。実使用率においても、世界平均の45%に対して日本は7%と、大きな乖離が見られる。

この差異を生み出している要因は3つに集約される。第1に、日本に高機能カーナビゲーションシステムの長い歴史があり、国内サプライヤーとの強固な協業関係が構築されてきた。

第2に、自動車メーカーは車両機能の他社依存が高まることを望まず、慎重な姿勢を貫いてきたため、そもそも導入時期が遅かったため、まだ普及過程にある。

第3に、VICS交通情報やETC決済システムなど、日本独自の規格や機能要件があり、スマートフォンだけでは解決できない技術的な障壁になってきた。

CarPlayの普及を妨げる構造的な問題だが、若年層を中心に消費者の意識は確実に変化しており、スマートフォンとの連携を重視する声は年々高まっている。加えて、後述するようにCarPlay Ultraは、こうした障壁を緩和する効果をもたらすかもしれない。

iOS 26で刷新されるCarPlayの体験

先日、アップルが今年年末までに提供を開始するiPhone向けOS「iOS 26」で、CarPlayに対する大幅なアップデートを発表した。

今年、アップル製品は大幅にユーザーインターフェイスデザインを変更し「Liquid Glass」と呼ばれるデザイン言語に移行するが、これはCarPlayにおいても機能する。透明感のあるタブバーと半透過のアイコンが車載ディスプレイの中で自然に溶け合い、まるでiPhoneの画面がそのまま車内に拡張されたかのように感じるだろう。

機能面の面では実用的な改良も著しい。着信通知で全画面になることはなくなり、小型化のバナーがポップアップするのみに改良された。これによりナビゲーション使用中に、重要な方向指示を見失うことがなくなった。

メッセージアプリケーションには、iPhoneで利用可能なタップバックとピン留めということ、2つの機能がCarPlayにも導入された。前者はシンプルなタップだけで簡単な意思表示を返信するもので、後者はよくやり取りをする相手にピンを打つことで、すぐにアクセスできるようにする。

また、iPhoneで待ち受けに表示される”ライブアクティビティ”がCarPlayでも表示されるようになり、特定フライトの現在状況など対応アプリの状況が見えるようになる。またアプリの情報をコンパクトに表示するウィジェットも、iPhoneと同じものを配置可能だ。フライト情報や天気予報、カレンダーの予定などが標準で用意され、対応アプリで表示可能な情報の種類が増えていく。またApple Musicで積極的に展開している空間オーディオのカーオーディオ対応もニュースだろう。

BMWがアナウンスしている“Spatial Audio in Car”は、BMWの車載オーディオにソフトウェアアップデートを行うことで、空間オーディオ再生に対応する。アップデート開始は2025年夏からで、車内で5.1.4チャンネル相当のドルビーATMOSシステムを実現する。

Aston Martinが対応する「CarPlay Ultra」とは何か?

当ウェブサイトの読者なら2025年5月、アストンマーティンが世界初のCarPlay Ultra量産車を発売したことはご存知かもしれない。より深くクルマと結びつき、リアルタイムの車両情報や空調や車両設定までをハンドリングできるCarPlay Ultraは、ここ数年、Appleが熱心に取り組んできたものだ。

CarPlay Ultra はヒョンデ、ジェネシス、KIAといった韓国主要ブランドも正式に採用を表明している。つまり、CarPlay Ultraは一部の高級車ブランドだけのものではなく、広範な普及を視野に入れているということだ。

CarPlay Ultraではセンターコンソールだけではなく、メータークラスターのディスプレイもiPhone上で設定し、CarPlay対応アプリの情報を表示できることだ。しかし、これはiPhoneがメータークラスタを支配し、速度やICEの回転数、バッテリ状況などを表示し、空調やオーディオシステムまでも制御するという意味ではない。

技術的には巧妙な責任分担が行われており、速度計やタコメーターといった法規制に関わる重要な計器類やADAS関連の情報は、車両側のシステムが情報を管理し、表示内容も決定している。iPhoneは描画に必要な素材を供給するのみで、万が一iPhoneとの接続が切断されても、メーター表示は継続される仕組みとなっている。

超高級車のみの特別な体制ではない

PHOTO/Aston Martin Lagonda
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ドライバーから見ると、メータークラスタとセンターコンソール、両方とも完全に統一されたインターフェースに見えるが、役割ごとに制御の主体は変化する。なお、アストンマーティンの場合、Appleのデザインチームとアストンマーティンが協業し、CarPlay Ultraでの表示デザインを共に行なったという。複数切り替えられるデザインテーマ、フォント、ゲージ形状などを共同で製作し、「Hand-Built in Great Britain」の文字や同社特有のグリーンカラーがあしらわれた。

この共同デザインは韓国メーカーとも進められており、超高級車のみの特別な体制ではない。ブランドアイデンティティを表現するための独自性と、CarPlay Ultraという標準の要求を両立させるために必要な要素になっている。

なお、対応端末が車内にない場合、自動車メーカーが用意しているメータークラスタなどが表示される。これは通常のCarPlayにおけるセンターコンソールのディスプレイと同じだ。

“アップグレードされる”車内体験

PHOTO/Aston Martin Lagonda
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CarPlayに代表されるスマホとクルマの関係に関しては、ユーザーとインタラクションする際の主権が、どちらになるのか?といった観点で語られることが多い。そうした視点で言えば、CarPlay Ultraは車内ディスプレイの主導権をAppleに委ねることを意味する。

ユーザーとの関係性やデータ、それに自らの創造性を放棄することでノウハウが失われるかもしれないという恐れは自動車メーカーを逡巡させるに十分だ。しかし、冒頭に挙げたように消費者のCarPlayへの期待値は高い。日本もいずれはグローバルの数字に近づくと考えるなら、スマートフォンのユーザー体験が基準となる現代において、独自のインフォテインメントシステムを開発・維持することに加えて、スマートフォンのそれを拝借することには、長期的な意味がある。なぜならスマートフォンの方が買い替えのサイクルが早く、また進化そのものも速いからだ。その上、毎年のようにソフトウェアの世代が新しくなっていく。

またスマートフォン連携を重視する若年層が、いずれクルマの中心購買層に育つことを考えれば、CarPlay対応はクルマ選びの重要なファクターとなっていくだろう。日本市場での状況を反映し、メーカーがこの流れに乗り遅れれば国内市場においても長期的なブランド競争力を損なう可能性がある。

特に、輸入車ブランドがAppleとの協業を積極的に採用する中で、その差は一層顕著になるだろう。ソフトウェア収益に関しても、スマートフォンをハブにした方が優位という考え方もできる。

GM(ゼネラルモータース)はEVでCarPlay搭載を見送ったことがあるが、背景には車内コンテンツや機能のサブスクリプション収益確保という狙いがあった。しかし、ユーザーニーズとのジレンマが拡大し、独自路線を貫くことで顧客満足を落とす要素になりつつある。

日本の自動車メーカーは、この潮流をどのように受け止め、対応していくのか。高度なカーナビゲーションシステムとテレマティクスサービスで世界をリードしてきた日本勢は、次世代に向けてのコンセプトメイクとシステム開発を進めているが、CarPlay Ultraがグローバルでのスタンダードになるなら、独自路線と“なじませる”方向が正解なのかもしれない。

PHOTO/Apple、Aston Martin Lagonda

アストンマーティンは、Appleの新型車載インフォテイメントシステム「CarPlay Ultra」を、自動車メーカーとして初めて導入する。

Appleの最新車載インフォテインメント「CarPlay Ultra」がアストンマーティンに「まずは米国とカナダで導入」【動画】

アストンマーティンは、Appleが開発した次世代インフォテイメントシステム「CarPlay Ultra」を、DBXとスポーツカーシリーズに導入すると発表した。「CarPlay Ultra」はアストンマーティンが自動車メーカーとしては初めて導入し、Appleと共同開発した専用グラフィックが採用されている。

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著者プロフィール

本田 雅一 近影

本田 雅一

テクノロジージャーナリスト、オーディオ&ビジュアル評論家。ガジェットはもちろん、ITやクルマにも精通…