「電気自動車=エコ」で思考停止することなかれ

僕たちはどう「走る」べきか。電動化は万病に効く薬じゃない 【渡辺慎太郎の独り言】

渡辺慎太郎の独り言コラム、トビライメージ
電動化が急ピッチに加速する自動車業界。欧州では2035年以降の新車はすべてゼロエミッション車に移行するという案を検討しているが、実際、ドイツの街中ではほとんどBEVを見かけることはなかった。
いま、各自動車メーカーは100%電気で走るBEVの開発にやっきになっている。内燃機がすべてバッテリーに置き換われば、果たしてそれで環境問題は一件落着となるのだろうか。クルマが生まれて1世紀、僕たちはその在り方、持ち方、走らせ方から考え直す曲がり角に立っているのかもしれない。

クルマの“当たり前”を見直すドイツ的視座

「電動化かどうのこうのって議論ももちろんしているけれど、そもそも自動車を所有するという当たり前のことについても、あらためて検証するべきなんて動きも出てきているのよ」

ドイツ在住の高校の同級生に久しぶりに再会して、積もる話の合間にドイツの最近の自動車事情を聞いてみたら、思わぬ答えが返ってきた。

「それは、自動車廃止論みたいなこと?」
「そこまで極端ではないけれど、当然のこととして受け入れられている事実に関してもあらためて再検討してみましょう、くらいのニュアンスかしら。ドイツ人らしいよね(笑)」

もっと詳しく知りたいのならと、彼女が教えてくれたwebサイトには、なかなか興味深い考察が記されていた。

ドイツの連邦環境局はさまざまなデータの収集や試算を行っている。例えば、ドイツの高速道路の平均速度を調べたところ、無制限区間では平均125km/h、120km/h区間では115km/h、100km/hでは103km/hだったという。さらに詳しく調べてみると120km/h区間では約40%のドライバーが速度超過で走っていることが分かった。「平均速度が必ずしも実態を反映しているとは限らない」というのが彼らの見解だそうである。

さらに彼らはこんな試算もしている。高速道路での速度制限を100km/hに、市街地以外では80km/hに、市街地は30km/hにすれば、ドイツでは年間21億リットルの化石燃料を節約できるという。これはドイツ国内の年間化石燃料消費量の3.8%に相当する。その場合、ドイツ経済研究所(DIW)のエネルギー経済学者クラウディア・ケムフェルト氏によれば、「速度制限によってロシアからの石油輸入を5〜7%削減できる」そうだ。

加えて、みんなが同じような速度で走れば速度変更の回数が減る(=一定の速度でみんなが走行し続ける)ので、さらなる燃料消費量の削減が期待できるとしている。燃料消費量が減ればCO2排出量も削減できるわけで、その量は年間940万トンにも及ぶ。また別の試算では、速度規制の導入によって、交通事故死者数が半減するとも言われているそうだ。

夏から行われる社会実験

首都高速イメージ
日本の高速道路のほとんどは100km/h、首都高速にいたっては60km/hで最高速度が規制されている。渋滞と“無駄な動き”がなくなりさえすれば、燃料消費量はぐっと抑えられるだろう。

これらの数値だけを見れば、速度規制を導入すれば良いことずくめのように思えるけれど、だからといって直ちに導入される可能性は極めて低い。メルセデス・ベンツ EQEの試乗会はフランクフルトで開催され、周辺のアウトバーンや一般道を久しぶりに走った。ところがすでに登場しているEQSは1台も見なかったし、遭遇したいわゆるBEVはほんのわずか。アウトバーンの速度無制限区間では、相変わらず1番左側の車線を内燃機搭載のクルマが200km/h以上でカッ飛んでいた。

こんな光景を目の当たりにすると、少なくとも現時点でドイツ人がBEVの購入や速度制限の受け入れに積極的だとはとうてい思えなかった。むしろ、高速道路での速度制限は原則100km/hで、首都高でさえ60km/h、プリウスやアクアといったすこぶる燃費のいい電動化車両がこれでもかというくらい走っている日本のほうが、ずっと環境先進国のようにも見える。

一方で、たとえ実現は不可能であったとしても、データの収集や試算を行うことできちんとしたエビデンスを揃え、その上で将来への施策を考えようとしているドイツはとても建設的に映る。感情論に流されたり、すぐに諸外国の状況を頼りにしながら「今後はさまざまな状況を注視しながら、我が国にとって最善の方法を前向きに検討していく方向で進めていこうと考えています」などと、要するに何をするのか具体案をまったく示せていないどこかの国よりはドイツのほうがよっぽど健全だと、自分なんかは思ってしまう。

もうひとつ、ドイツではある試みが実行されようとしている。2022年6月1日から夏のバカンスを含む8月末まで、月に9ユーロ払えば高速鉄道以外の鉄道とバスが乗り放題のパスを販売するそうだ。これにより、自動車の使用量や渋滞がどれくらい減り、化石燃料やCO2排出量がどれくらい削減できるのかを測る、一種の社会実験である。

電動化至上主義に取り込まれてはいまいか

渡辺慎太郎の独り言イメージカット
自動車メーカー、国、インフラ系企業、エネルギー関連企業、そしてユーザー。そのすべてが「今、環境を守るためにやるべきこと」を考えていかなければ、明日のクルマを守ることはできない。

前述の「燃料消費量3.8%削減」を聞いて、ドイツでは「そんなにたくさん削減できるのか」と感心する人もいれば、「たったそれだけか」と落胆する人もいたという。つまりドイツ国内でも、近い将来のモビリティの在り方について、まだ全国民が同じ方向を向いているわけではないのである。だからこそ、さまざまな試算や社会実験が必要だと考えているのだろう。

うかうかしていると、私たちは自動車を電動化すればすべての問題が解決するかのごとき風潮に、いつの間にか巻き込まれて流されてしまう。何かひとつが万病に効く薬になるなんてことはなく、いろんなことを同時進行するべきで、その「いろんなこと」に何を選ぶべきかを探求することが、いま私たちのするべきことではないかと思っている。

作家の立花 隆さんは著書『思考の技術』(中央公論新社)の中で、「エコロジーとは生態学であり、無駄のない効率的な循環型の生態学的思考が必要」というようなことを書いている。エンジンを積んだクルマや、マニュアルトランスミッションを備えたクルマに乗ることができる期限を少しでも後ろにずらすために、節水や買い物時のマイバッグ、エアコン設定温度の最適化なんかが、実は回り回って大いに貢献しているかもしれないのだ。

連載コラム 渡辺慎太郎の独り言20トビライメージ

私たちはいつも刀を振り回している 【渡辺慎太郎の独り言】

クルマはどんどん快適になり、便利になり、簡単に運転できるようになった。誰でも平等に運転を楽しめるのは素晴らしいことだけれど、その一方で、いつも危険と隣り合わせであることも忘れてはいけない。1トンの塊を自分の手で走らせること。その責任をすべてのドライバーが自覚することは健全な交通社会に直結する。渡辺慎太郎が語る「運転」の論。

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著者プロフィール

渡辺慎太郎 近影

渡辺慎太郎

1966年東京生まれ。米国の大学を卒業後、1989年に『ルボラン』の編集者として自動車メディアの世界へ。199…