ターボがベントレーにとって特別な存在になったワケ

現代に続くターボ搭載モデルの伝統。苦境のベントレーを救ったカンフル剤「ターボ」はどこから来たのか?

ベントレー ミュルザンヌのフロントビュー
2022年6月、伝統の6.75リッターV8エンジンとともに役目を終えたベントレー ミュルザンヌ。写真は「最後から2番目の車両」。最後の個体の仕様や出荷先については明らかにされていない。
1982年3月のジュネーブショーで、ベントレーは「ミュルザンヌ ターボ」を公開した。同社初となるターボモデルは、当時落ち込んでいた業績を“ブースト”するカンフル剤となった。以来、ベントレーにとってターボは特別な意味をもつ存在になっている。

「楽しもうじゃないか」のひと言で動き出したターボ戦略

グッドウッド フェスティバル オブ スピードにおけるベントレーのターボモデル10台集合シーン
2022年6月の「グッドウッド フェスティバル オブ スピード」では、10台の“ターボ ベントレー”が勢揃い。登場したのは、1991年ターボR、2001年アルナージ レッドレーベル、2003年コンチネンタルR マリナー ファイナルシリーズ、2010年ブルックランズ、2010年ミュルザンヌ、2011年コンチネンタル スーパースポーツ、2014年コンチネンタルGT V8 S、2022年コンチネンタルGTC S、2022年フライングスパーS、2022年コンチネンタルGT マリナー。

サルトサーキットの名物ストレート「ユノディエール」。その長い長い直線がようやく終わるところに、右へ直角に曲がる「ミュルザンヌコーナー」はある。最高速度からの急制動、急激に変わる速度域、シビアな操舵が求められ、ドライバーはここで一瞬のうちに目まぐるしい判断と操作を迫られる。しかし、1980年に登場したベントレー ミュルザンヌは、そんな緊張と迫力と荒々しさが凝縮したコーナーとはいささか縁遠いクルマだった。名前は勇ましいものの、中身はロールス・ロイス シルバースピリットそのものだったのだ。

そのミュルザンヌが名前に相応しい実力を獲得したのは、1982年のことだった。ミュルザンヌ ターボの登場である。1970年代後半、ベントレーの販売台数は伸び悩んでいた。米国などのビッグマーケットでも認知度がなかなか上がらない。そんな時、まるで社内を覆う暗雲を吹き払うように、会長のデイビッド・プラストーはチーフエンジニアのジョン・ホリングスに声をかけた。

「楽しもうじゃないか」

そして彼は、1959年からずっと使い続けてきた唯一の6.75リッターV8エンジンにターボチャージャーを搭載しよう、と提案した。

フェラーリを凌ぐ加速力を誇ったミュルザンヌ ターボ

エンジニアのジャック・フィリップスが設計したショートストローク&オーバースクエアの90度V8エンジンは、自然吸気で200psを発生した。しかし、より屈強なパワーを生み出すポテンシャルを秘めていた。

彼らの読み通り、ターボチャージャーを搭載した6.75リッターV8エンジンは300psという最高出力を実現。ミュルザンヌ ターボに当時のフェラーリを凌ぐ加速力を与えた。その3年後には操縦性とロードホールディング性を高めた後継モデルのターボRを投入。ベントレーは、独自の道を確実に歩みだしていた。

その後、ベントレー史に燦然と輝く数々のターボモデルが登場した。歴代モデルを振り返ってみよう。

1985年:ターボR

ベントレー ターボR
1985年に発表されたベントレー ターボRは大ヒット作に。ちなみにターボRのRは「ロードホールディング」の意味。

ベントレーが、ハイパフォーマンスカーメーカーとして独自の道を踏み出したことを世に知らしめた立役者といえる1台。一時は9ヵ月ものキャンセル待ちが発生するほどの人気を誇り、9年間の生産期間中に4111台が製造された。なお、1987年にはインジェクション化している。

1991年:コンチネンタルR

ベントレー コンチネンタルRのフロントビュー
写真は、ベントレー コンチネンタルRのファイナルシリーズ。ボディはターボRよりも滑らかで空力的に有利な造形となっていた。

3月のジュネーブショーで発表されたコンチネンタルRは、最高出力359psを発揮する6.75リッターV8ターボを搭載。最高速度が152mph(約244km/h)、0-60mph(約96km/h)加速はわずか6.6秒というパフォーマンスを謳った。1952年のRタイプ コンチネンタル以来、久しぶりに独自のボディを採用していたのもトピックのひとつである。

1998年:アルナージ

ベントレー アルナージのフロントビュー
写真はベントレー アルナージ。当初はBMW製4.4リッターV8を搭載してデビューしたが、後に伝統の6.75リッターV8に変更された。

1998年、紆余曲折の買収劇の末、ベントレーはフォルクスワーゲン、ロールス・ロイスはBMWの傘下にそれぞれ収まることとなった。そんな混乱の時期に誕生したのがアルナージ。デビュー当初はコスワースが手を加えたBMW製4.4リッターV8エンジンを搭載していたものの、のちにLシリーズユニットが復活した(ベントレーオーナーの声を受けての対応であり、かつフォルクスワーゲン会長フェルディナント・ピエヒの説得によるもの、というのがもっぱらの説)。

それが1999年に登場したアルナージ レッドレーベルである。ジャック・フィリップス設計の6.75リッターV8にターボを搭載したユニットは、アルナージのボディを0-62mph加速6.3秒を記録。最高速度は公称で155mph(約250km/h)に達していた。

2008年:ブルックランズ クーペ

ブルックランズ クーペは、550台の限定生産として登場した。アルナージのプラットフォームをベースにしたクーペは、6.75リッターV8ツインターボの改良版を搭載。最高出力は535ps、最大トルクは1050Nmに達し、最高速度296km/hを記録した。0-62mph(約100km/h)加速も5.3秒と、2.7トンの大型クーペとしては驚愕の加速力を実現していた。

2010年:ミュルザンヌ

伝統の6.75リッターV8エンジンを搭載した最後のベントレーが、2009年に登場したミュルザンヌ。512ps/1020Nmのパフォーマンスは、2015年にデビューした「ミュルザンヌ スピード」で537ps/1100Nmまで引き上げられた。フラッグシップとして君臨したミュルザンヌは、2010年の生産開始から10年間で7300台超が生産され、2020年6月に生産が終了。同時に、1959年から61年間にわたり生産されたLシリーズV8エンジンも役割を終えた。Lシリーズの総生産数は、3万6000基に達していた。

現在のベントレーは、2003年にデビューした6.0リッターW12ターボ、及び2012年にリリースした4.0リッターV8ターボの2ユニットに加え、V6ターボ+モーターのPHEVを3つの柱としている。また、2030年には全モデルを電動化することを明らかにしており、伝統の6.75リッターV8ターボエンジンを積んだベントレー車は今後さらに稀少性を高めると見られている。

雨にそぼ濡れるベンテイガスピード。走る前からただならぬ雰囲気を醸している。

絶滅しつつある12気筒SUV、ベントレー ベンテイガスピードに乗ったら悶絶するほど上質だった

世界最速SUVを標榜する究極のベンテイガが、ベンテイガスピードだ。最高出力635ps、最大ト…

キーワードで検索する

著者プロフィール

三代やよい 近影

三代やよい

東京生まれ。青山学院女子短期大学英米文学科卒業後、自動車メーカー広報部勤務。編集プロダクション…