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Maserati GranTurismo Trofeo
ブランドイメージを牽引してきた存在
GT、グラントゥーリズモという自動車世界の共有財産であるはずの単語をサブネームではなく車名に持ってくる。それは平凡な自動車ブランドにとっては大胆なことかもしれない。だがモデナの老舗にしてみれば「アーカイブから掘り起こしただけ」ということになるのだろう。
マセラティ・グラントゥーリズモが2代目となって上陸を果たした。車名としては2代目だが、歴史を振り返ればフロントにマルチシリンダーユニットを据えた豪奢な4シーターのクーペはマセラティのブランドイメージを牽引してきた存在といえる。1960年代の初代ギブリや、その後継であるカムシンがそれにあたる。デ・トマゾによる「角ばったボディの時代」が過ぎたあと復活を果たしたマセラティのクーペモデル。その系譜は1998年、フェラーリが100%の株主となってすぐに登場した3200GTに引き継がれている。それが「クーペ」という車名に変わり、2007年の初代グラントゥーリズモへと繋がっていくのである。
既に発表されているように、新型グラントゥーリズモのトピックはその動力源にある。マセラティ自製の3.0リッターV6ツインターボのネットゥーノよりも話題を呼んだのはBEVの方。同じプラットフォームを使用した「フォルゴーレ」というグレード名のBEVもラインナップされているのだ。ついにマセラティまで! と思わずにはいられないが、一方では彼らがどうやって電気を咀嚼してくるのか興味深くもある。ともあれ今回の主役はいち早く上陸したICEの方となる。
エクステリアも室内もさすがといえるレベル
マセラティ・グラントゥーリズモのガソリンモデルは2種類が用意されている。ベーシックなモデナとハイパワー版のトロフェオがあり、どちらもプレチャンバー付きのV6ツインターボエンジンであるネットゥーノを搭載する。だがチューンは異なっておりモデナは490PS、トロフェオは550PSとなっている。
見た目の印象は先代グラントゥーリズモの特徴を色濃く残している。先代のボディにMC20の鋭いマスクを装着したような感じ。MC20やグレカーレといったモデルとの整合性が取れたグッドデザインといえる。
インテリアも最新マセラティのそれで、メーターやナビのモニターはもちろんのこと、スイッチ類もダッシュ中央のパネル内に集約されている。一方ステアリングまわりには青いスターターやドライブモードのダイヤル、ADASなど物理スイッチがずらりと並んでいる。また太すぎないステアリングの感触やアルミのシフトパドルの冷たい質感もいい。樹脂成型のレベルが向上した昨今では立派な見た目のインテリアが珍しくない。だがプレミアムブランドのそれでも素材レベルから拘って、感触や操作感まで優れている例は多くない。ブランドを象徴するダッシュ中央の時計の中身はデジタルに置き換わっているが、クロームのベゼルや周囲の革の仕上げなどはさすがといえるレベルにある。街中から高速道路まで、今回は2時間ほど新型グラントゥーリズモを試乗することができた。そして「よくぞここまで」と言いたくなる完成度の高さを実感することになった。
先代のグラントゥーリズモは2007年にデビューしており12年以上のモデルライフを誇っていたので、それと比べて完成度が高いというのは当たり前。けれど例えば実用車としてみた場合、最新のドイツ車あたりと比べてもそん色がないのだ。以前のマセラティにはクオリティ不足をブランドの味に免じて……という部分がたくさんあった。けれど新型グラントゥーリズモには「イタリア車だから」という注釈をつける必要がない。これは現行のすべてのマセラティに共通しているのである。
ラグジュアリーとスピードの競演
550PS版のネットゥーノはMC20の630PS版ほどの爆発的なパワー感はなかった。おそらくこれはMC20比で150kgほど重い車重とターボの制御の双方に効いているはずだが、こちらはターボの掛かりが早くパワーバンドが広くとられている美点がある。とはいえそこは最強版のトロフェオなので、GTモード(ノーマルモード)で走っていてもとにかくスピードのノリがいい。
その気がなくてもどんどんペースが上がっていく、いわゆる「拍車がかかる」ようなキャラクターはそれこそ3200GTやデ・トマゾ時代から続くマセラティの特徴といえる。今回のグラントゥーリズモはそのキャラクターがより鮮明になっているのだけれど、そうなる理由はある程度スペックからも察しがつく。
まず先代の自然吸気V8からターボに切り替えたことが大きいし、AWD化でもトラクション性能が確実に引き上げられている。またエアサスを備えたことで低速時の乗り心地から320km/hという最高速におけるスタビリティを両立させることにも成功しているのである。しっとりとしたラグジュアリーな雰囲気と、レーシングカーもかくやというほどのスピードの競演。一見相反するキャラクターの共存は、歴代のマセラティが追い求めてきたものでもある。マセラティ兄弟が最初に手掛けたのはイソッタフラスキーニのような市販車を改造したレーシングカーであり、一方ロードモデルの概念は創業家が手を引いた後、貴族的な顧客の要望によって付加されていったものなのだから。
すこぶるレーシーでありながら、歴代のマセラティがどちらかといえばフォーマルな印象を強く感じさせるのはその血統故。だからこそマセラティの主役はスピードとラグジュアリーがせめぎ合うフル4シータークーペになるのだ。そして新型のグラントゥーリズモ・トロフェオは、これまでにないレベルでブランドの血統に忠実に仕上がっている。
ラグジュアリーGTにとって大事なポイントとは?
10年ほど前、先代のマセラティ・グラントゥーリズモの定価が2000万円しなかったことを考えれば、新型はモデナが2444万円、トロフェオが2998万円にもなるという事実に驚かない人はいないだろう。だが昨今の異常な円安を抜きにしてスペック的に試算していった場合でもある程度の値上がりは当然といえる。また新型グラントゥーリズモの完成度まで含めれば価格に異を唱えることはできないだろう。
ライバルに関してはあまり多くないはずだ。「色気がある」というのが大事なポイントで、なおかつリヤシートを備えたクーペといえば、選択肢はフェラーリのローマかアストンマーティンのDB12しかないだろう。いずれも3000万円前後で拮抗しているが、その中でマセラティが秀でているのは、乗り心地やリヤのシートスペースなど、グランドツーリング性能だと思う。
ラインナップの中に圧倒的な動力性能を誇るBEVがいるという事実も、今回のグラントゥーリズモ・トロフェオの貴重さを際立たせる結果になっている。おそらくこのグラントゥーリズモ・トロフェオはガソリンエンジンを搭載した最後のマセラティクーペということになる。しかもエンジンは久方ぶりのマセラティ自製であり、クルマ自体の完成度も非常に高い。ファンが食指を伸ばさない理由はないはずだ。
REPORT/吉田拓生(Takuo YOSHIDA)
PHOTO/神村 聖(Satoshi KAMIMURA)
MAGAZINE/GENROQ 2024年 2月号
SPECIFICATIONS
マセラティ・グラントゥーリズモ・トロフェオ
ボディサイズ:全長4965 全幅1955 全高1410mm
ホイールベース:2930mm
車両重量:1870kg
エンジン:V型6気筒DOHCツインターボ
総排気量:2992cc
最高出力:404kW(550PS)/6500rpm
最大トルク:650Nm(66.3kgm)/2500-5500rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:AWD
サスペンション形式:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ:前265/30ZR20 後295/30ZR21
0-100km/h加速:3.5秒
最高速度:320km/h
車両本体価格:2998万円
【問い合わせ】
マセラティコールセンター
TEL 0120-965-120
https://www.maserati.co.jp/