LIBは自動車メーカーがおいそれと手出しできない領域
「BEVはメイド・イン・USA復活のチャンスだ。政府はそう考えている。テスラは久々の米国製ヒット商品であり、希望の星だったが、バイデン政権は実利が欲しい。だからGMとフォードにはどんどん金を遣わせる。いまのところフォードはBEV部門の赤字をピックアップトラックとSUVが埋めているが、2年以内に黒字化してもらいたい。だから政府も金を遣う」
筆者と旧知の仲のアメリカ政府関係者はこういった。「だからナマ電池のアメリカ国内生産もどんどん認可するのだよ」と。
「でも、中国排除じゃないの?」
そう尋ねると「理由を見付ければいい」と彼は言った。たとえばサウスカロライナ州フローレンス近郊に電池工場を起工した遠景AESCは、元は日本企業であり、現在でも日産が20%を出資している。だから純粋な中国企業ではない。
したがって工場建設OK。
遠景AESCがサウスカロライナ州フローレンス近郊を選んだ理由は、同じ州内に車両工場を持つBMWにLIB(リチウムイオン2次電池)セルを供給するためだ。セルからバッテリーパックへの組み立てはBMWが行なう。BMWは本国ドイツでは世界最大のLIBメーカーである中国のCATL(寧特時代新能源科技)からもLIBを調達している。
また、遠景AESCは昨年8月、ケンタッキー州ボーリンググリーンに年産30ギガWhのLIB工場も起工した。完成は2027年の予定だ。この工場からはメルセデス・ベンツのアラバマ車両工場にLIBが納品される。
この3年間ほどの間に「VW(フォルクワーゲン)が電池工場を建てる」「メルセデスベンツも建てる」「ステランティスも建てる」などと賑やかな発表があったが、その多くはバッテリーパック工場でありセル(電池単体)工場ではない。セルは中国または韓国のLIBメーカーから買ってくる。LIBは自動車メーカーがおいそれと手出しできない領域だ。この点を勘違いしないでいただきたい。
VWは「安価で安全性の高いLFP(リン酸鉄)系LIB搭載モデルを用意する」と発表しているが、これもLFP系LIBをVWが製造するということではない。ナマ電池は国軒高科という中国企業から調達するのだ。
その国軒高科もアメリカに工場を建設する計画を進めている。場所はミシガン州グリーン・オウンシップ。ただし国軒高科は完全中国資本であるため、もともとの建設予定地だったミシガン州ビッグラピッズでは町議会の反対に合い、建設を断念した。その後も同社の計画は、潜在的な国家安全保障上のリスクを調査する連邦審査にかけられ、購入した土地については「企業による運用」が認められた。
韓国勢ではLGエネルギーソリューションとホンダが共同での電池工場建設を発表した。薄型のパウチ型を量産するというが、LFP系なのか、それとも既存のホンダBEVに搭載しているNMC系(ニッケル/マンガン/コバルト=いわゆる三元系)なのかは明らかにしていない。年産能力は40ギガWhだ。
LGエネルギーソリューションは単独でも工場進出する。「特定のOEM向けの供給に限定しない」と明言しているのは「どうせ電池が足りなくなるOEMが出てくる」と踏んでいるためだろうか。この工場では定置用LIBの生産も行なう予定だ。
サムスンSDIはステランティス(の中のクライスラー・ブランド)と合弁でLIB工場を建設することを発表している。インディアナ州ココモにあるステランティスのICE(内燃機関)およびトランスミッション工場の近くに建設される予定だ。2025年に年産23ギガWhで生産を立ち上げ、2020年代後半には33ギガWhまで量産規模を拡大するという。
アメリカOEM(自動車メーカー)ではフォードが電池パック工場をミシガン州マーシャルに建設すると発表した。LFP系LIBをメインに量産し、年産能力は35ギガWh。CATLから電池技術を導入し、コバルトのような面倒な鉱物を使わないLFP系を選んだ。フォードが「CATLの技術を使ってアメリカ国内でLIBを生産する」のはまったく問題ない。
日本勢ではパナソニックが新しい4680型LIBを生産するためのアメリカ国内3番目のLIB工場建設を進めている。ネバダ州リノ近郊にあるパナソニック最初のアメリカ電池ギガファクトリーは、車両生産が拡大しているテスラに独占的に供給している。テスラとパナソニックは現在、4680型電池を生産できるよう工場を拡張中だ。
2番目の工場ではトヨタなどに供給するLIBを生産している。結局、テスラはパナソニックの力を借りないとBEVをコンスタントに量産することはできない。パナソニックにとってテスラ向けLIBは10年費やしてやっと黒字になった事業であり、これからが収穫期である。
トヨタはアメリカとカナダで生産するBEVのための電池工場を自前で作る。場所はノースカロライナ州リバティで、すでに最初の発表時点に比べて量産規模を2度拡大した。トヨタはケンタッキー州ジョージタウンに車両工場を持っており、ここで3列シートのSUVタイプBEVを生産する計画だ。
日系電池メーカーとしてはほかにもGSユアサや東芝があるが、海外進出の計画は発表されていない。日本勢は「中国・韓国には値段でかなわない」と思っているのだろうか。1991年にソニーは、世界に先駆けてLIBの実用化に成功し、その後しばらく日本はLIBで圧倒的なシェアを誇った。しかし、車載電池としての用途はまったく開かれなかった。
2000年に三菱自動車が先行開発を開始した「iMiEV」は、三菱グループ内の某社が「BEVを作ればグループ各社が買う」と言ったものの、実際にはほとんど買わなかった。LIBに対する国策もなかった。逆に中国政府は、2010年代に入ってLIBで世界制覇する野心を抱き、莫大な額の補助金を中国企業にばらまいた。
じつは昨年、中国では車載用LIBが余った。完全な「作り過ぎ」だった。しかしBEV向けの単価は下げず、電池メーカーは中国OEMから「儲け過ぎ」と批判された。電池メーカーの経営破綻もあったが、製造設備は他社によって継承され、中国政府の補助金は無駄になっていない。
いまの世界の発電事情に鑑みれば、BEVに乗ることが「環境に優しい」だとか「CO₂削減に貢献する」などとは言えない。日常必要な電力に上乗せされるBEV向け電力は、ほぼすべて火力発電に頼っている。「お天気任せ」の再生可能エネルギーは「世界が等しく享受できるもの」ではなく、地域差が著しい。世界各国をつなぐグローバル送電網は、たとえ100年後でも存在しないだろう。エネルギーは政治が支配する世界だ。
中国の電池覇権戦略に負けず嫌いの韓国勢が挑み、欧州でもアメリカでも、建設中のLIB工場はほとんどがこの2国の企業のものだ。そこに日本の存在感はない。いまのところは。