再エネが原発電力より安くなる? 経産省はなぜホントのことを言わない?

経済産業省は2030年時点での発電コスト試算を発表した。そのなかで太陽光発電は1kWh(キロワットアワー)当たり8円台前半~11円台後半になるとの数値を示した。「もっとも安い電力」と言われる原子力は現在とほぼ同じ11円台後半以上であり、太陽光発電の価格競争力が上昇すると受け止められる内容だった。しかしこのコストには、「自然まかせ」の太陽光・風力が「天候や時間帯によって発電できない事態」があることが含まれていない。再エネ(再生可能エネルギー)発電には何らかのバックアップが必要であることは世界的な常識であり、それはほとんどの場合、瞬発力に優れる「火力」が担っている。なぜ、これを加味した試算を公表しなかったのだろうか。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

経産省の試算を鵜呑みにすると、LNG(液化天然ガス)火力は2020年の1kWh当たり10円台後半に対し2030年には「10円台後半〜14円台前半」に、陸上風力は2020年の「19円台後半」に対し同「9円台後半〜17円台前半」に、同じく洋上風力は「30円台前半」が「26円台前半」に、事業用太陽光は「12円台後半」が「8円台前半〜11円台後半「に、住宅用太陽光は「17円台後半」が「9円台後半〜14円台前半」――という数値だ。

新聞によっては「原発の優位。崩れる」などと的外れな記事を書いているところもあったが、これは原発への拒否反応だろう。経産省としては、菅政権が勝手に国際公約にしてしまったカーボンニュートラル目標を達成するための電源構成を考えなければならない。そして、それは世の中に「好感度を持って」受け入れてもらえるものでなければならない。だから多少の無理は承知だし、バックアップ電源の話も省略する。そんな動機が透けて見える。

海外の例を紹介しよう。いまの日本で行なわれている議論を、とっくの前に経験したスウェーデンの例である。

2016年6月、スウェーデン政府は原発の建て替えを認めた。1980年に「2010年6月までに原発全廃」を決め、1998年にはこれを撤回すると同時に2040年までに再エネ発電への完全切り替えという目標を打ち出し、2040年を原発全廃の期限と定めたものの、一転して原発存続という方針を打ち出した。同時に政府は、原発に課している再エネ支援課税の撤廃も決めた。

2015年の実績で、スウェーデンの原発は全電力の34.4%、544.6億kWh(=54.46TWh=テラワットアワー)を担っていた。1時間当たり622万kWhである。この当時、スウェーデンで1GWh(ギガワットアワー=100万kWh)の原発を風力発電に切り替える場合、2.47GWhの風力発電設備と0.95GWh「バックアップ火力」が必要だと試算された。

風力発電にも太陽光発電も、その設備を設置する場所で「毎日どれくらいの働きをしてくれるか」という稼働率が重要な指標になる。いつも風が吹くとはかぎらず、いつも太陽が出ているとはかぎらないからだ。ちなみに日本では太陽光の稼働率は平均13%、風力は20%である。

どれくらいの発電量を期待するかで再エネ発電設備は変わってくる。スウェーデンの場合、風力を原発代替という目的にあてはめて考え、つねに電力需要の基礎部分とフィンランドなど周辺諸国への電力輸出を「100%こなせる」能力として試算が行なわれた。もし原発ぶんの54.46TWhすべてを風力で代替する場合は134.52TWhの風力発電設備と49TWhのバックアップ火力が必要になる。もし、これを実施できたとして、発電コストは約3倍、CO2排出量は約2倍になると想定された。

スウェーデン政府が原発に課していた再エネ支援課税は当時、1kWh当たり0.8円だった。これを廃止すると原発の発電コストは1kWh=3.5円になる。ただし、原発を廃止して風力に切り替えると1kWh=約11円と試算された。これを根拠に、スウェーデンは「再エネ100%化は単なる目標であり絶対ではない」と思考も転換した。

再エネのバックアップとして想定されたのはLNG火力だった。もし、これを化石燃料であるLNGではなくバイオ燃料発電で賄えれば、風力が足りないときにやむを得ずバックアップ火力を使う場合のCO2排出は大幅に減る。あるいは風力が余っているときはその電力で水素を作り、水素として貯蔵しておけばほぼカーボンニュートラルの水素火力を利用できる。

手段別の電力放出期間

世界的なコンサルティング企業であるPwCが作成した「電気を効率よく貯めておける期間」のグラフ。もっとも「即入れ即使用」が求められるのはスーパーキャパシターであり、バッテリーもそう長くは貯められない。せいぜい日単位である。長期保存に向いているのは水素である。

風力での余剰分を電池に貯めておくこともできる。水素火力はまだ実用化されていないが、リチウムイオン電池(LiB)のような高性能蓄電池は存在する。バックアップ火力ではなく巨大な蓄電池を使うことは、もちろん可能だ。ただし、電池体積当たりの貯蔵能力はまだまだ低い。ガソリンと現在主力のNCM(ニッケル/コバルト/マンガン)系LiBを比べると、質量当たりの仕事量はガゾリン100に対しLiBは2程度である。

BEVに搭載されているLiBは、たとえば日産リーフの「e+」グレードでは容量62kWhに保護ケースや配線などを含めて電池モジュールとしての重量は440kg、1kWh当たり7096グラムである。搭載量40kWh程度で重量は約284kg程度。大雑把に計算して300kgと考えれば大きな間違えはない。冷却システムや充電管理回路など、どこまでを電池モジュールと抱き合わせにするかで電池モジュールの重量も変わるので、あまり厳密に計算しても仕方ない。

再エネ発電のバックアップに使う陸上設置用ストレージは、車載用と違って衝突事故の想定から解放されるため、衝突安全性への配慮はいらない。ただし、電池の極材仕様によっては体積変化を抑えるための「枠」が必要である。同様に電池を裸のまま並べるわけにはいかない。1kWh当たり950グラムでまとめたとして、これを200セル/40kWh程度のパッケージにすれば重量195kgになる。たとえばこれを8段積み重ねて1モジュールとすれば320kWhで重量1560kgだ。

BEVの車載電池を想像すれば、占有床面積はせいぜい3㎡である。これを8段積みにして6モジュール×6列=36モジュールで1.152MWh(メガワットアワー)。建物を3階建てにすれば36×3=108モジュールで3.456MWhの風力バックアップ用ストレージになる。

日本に設置できる洋上風車は台風の連続暴風に耐えられるクラスT規格(10分間平均基準風速57m/秒)が必須であり、最大のものは1基12MWh以上の発電能力を持つ。かなり乱暴な計算だが、これを現在の日本の風力発電稼働率よりも高い稼働率23%として計算すると、スウェーデンの計算式を使えばバックアップ火力は2.8MWh程度あればいい。前述の36モジュール3階建てのLiBストレージはやや能力過剰であり、もう少し少なくても済む。

ただし、2.3GWh分のLiBとなると、値段はいくらになるだろう。器になる建物はそれなりの基礎工事が必要で、電池温度を低く保つための冷房装置も必要。LiBだけで6000万円(安く見積もって)、建物は基礎工事と設備込みで約1億円として(土地はタダという計算)。建物は基礎工事がおそらく値段の7割程度。それと送電線と変圧器がいる。

12MWhのクラスT洋上風力ではなく太陽光発電設備を作る場合も、バックアップ用のLiBストレージは同じ費用になる。なぜバックアップが必要かと言えば、インフラとしての電力供給は発電量と消費量がほぼ等しくなければならないためだ。このバランスが崩れると電源周波数が乱れる。実際、一般家庭に電力を供給している電柱に乗っかっている柱上トランス(変圧器)からの電力は、きっちり50Hzではない。

筆者はオーディオが趣味なので、オーディオ機器用にきっちり50Hzの正確なサインカーブ電源を作り出す機器を使っている。その機器の入り口では、当たり前に49.3Hzだったり50.4Hzだったりする。もっと上下に触れることもある。同様に、家庭用のコンセントもきっちり100ボルトではない。

これが電力の需給バランスの仕業であり、どの国でも基礎部分を担う発電手段定めている。水素火力を普通に使える時代になればよいが(ただしその水素も再エネで作らなければ意味がない)、現状ではエネルギー密度の低いLiBに頼らなければならない。さらに言えば、電気は「ナマモノ」であり電池も「ナマモノ」だから、せいぜい1日から数日の間に使わないと効率が悪い。

経済産業省の有識者会議(発電コスト検証ワーキンググループ)は、自然変動電源を電力系統に受け入れるための統合費用(これがバックアップ発電)について「最大で5円/kWh近くになる」との試算結果も示した。同会議はまた、事業用太陽光発電は固定価格買取制度(FIT)を利用しないケースで7円台後半~11円台前半、FITを利用するケースで8円台前半~11円台後半と試算した。

それでも再エネを推進する。アグレッシブに突き進む。それはそれで勇ましいが、ではバックアップ電源に使うLiBをどこから調達するのか。国内の生産能力には期待できない。車載LiBがあまりに儲からないため設備投資はほぼ凍結されたままだ。パナソニックはテスラという上顧客がいるが、それでもテスラ向けLiB事業の黒字化には約10年かかった。韓国では、電池に企業の存続を掛けて投資を続けてきたLGケミカルがやっと昨年、車載LiB事業が単年度で黒字になったが、これには13年かかった。

LiBは「作れば安くなる」と勘違いされている。工場の生産能力上限をつねに使って24時間フル稼働すれば、利益率は最大になるだろう。しかし、能力を超えてしまったら、生産設備を増やさなければならない。そのためには投資が必要だ。日本では、前述のAESCは「あまりに儲からない」ため中国に売却された。GSユアサは車載用LiBの累積赤字を抱えている。東芝もおそらく累積で黒字にはなっていないだろう。

だからEU(欧州連合)はLiBに研究開発と工場建設の補助金を出すようになった。たとえば、LiBメーカーの設備投資を日本政府が1000億円レベルで支援しても、再エネバックアップ用ストレージのLiBは中国製が圧倒的に安い。中国製テスラは中国製LiBだから車両価格が安いのであって、国産品は太刀打ちできない。ただし電池性能は以前の米国製テスラより劣る。

もはや日本のLiBメーカーが国内製造拠点に投資できる環境ではない。それは次世代の電池が完成するときに実施すべきであり、政府はそこに1000億円規模の支援をすべきである。そうすれば、性能面で優れた日本製電池がデファクトスタンダードになれる可能性が残る。

太陽光パネルも、変圧器も、ストレージ用LiBも、すべて中国。洋上風車はデンマーク製やスペイン製性。メガソーラーが設置されている山林はすべて中国企業の土地。そうならないよう祈っている。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…