レクサスLFAのV10エンジンはいかにして生み出されたか

エンジン
4.8ℓ・V型10気筒の1LR-GUE型を右バンク側から見る。エキゾーストマニフォールドは車両側の制約を満たしつつ、等長にした。厳密なまでに等長にすると音が澄んで感動が薄くなるので、「等調」だと開発エンジニアは表現する。
世界に誇るスポーツカーの心臓部には、レーシングエンジンの思想で設計したエンジンでなければならない。 鋼を叩いて日本刀を鍛えるように、量産エンジンに慣れた頭に喝を入れてエンジンを鍛えていった。 最高出力や発進加速の数値は結果論。車両と一体となって大脳を刺激するフィーリングを追い求めた10年だった。

TEXT:世良耕太(SERA Kota)
PHOTO:瀬谷正弘(SEYA Masahiro)/TOYOTA

*記事内容は2010年2月取材当時のもの

数値性能にはこだわらない

 開発に直接携わるエンジニアが同じベクトルに歩調を合わせるのはもちろんだが、クルマを販売する社員や役員など、LFAの開発にタッチするすべての社員がクルマのコンセプトをしっかり理解する必要があった。そのコンセプトを誰でも明快に理解できるよう、市原氏が中心となってビジュアルとワードをまとめあげた。

「感動深遠」「人機一体」「静動双生」である。

「キャッチフレーズになる言葉はみんなで議論して決めました」と岡本氏が説明役を買う。

「感動深遠は高回転。そして、どこまでも続く加速感につながっています。人機一体はレスポンスやパッケージ。ヨー慣性に配慮して補機類のレイアウトを後ろにし、実現する。静動双生についてはこうです。イタリア車が肉食系だとすると、レクサスはどちらかと言えば草食系。佇まいは少しおとなしいのですが、一旦走り出すと負けない。そんな思いがエンジンに込められています。例えば、腕に覚えのあるドライバーがサーキットを走ると、ピットレーンは静かに走っていく。そして、ピットレーンの出口でがんとアクセルと踏むとレーシングシーンみたいに飛び出していく。そういうのを見ると、なるほどと思っていただけると思います」

 実車に触れてしまえば理解は即座に深まるが、その前の段階では、言葉や文字、あるいは絵でイメージを伝えるしかない。市原氏らがとったこの行動は効果を上げ、関係者の理解を得ることになった。感動深遠のイメージを伝えるビジュアルには日本刀が使われているが、その絵を前に市原氏が口を開く。

「種々のデバイスに頼らないで開発することも、よく理解してもらいました。なんで刀なのかと。西洋の棍棒や斧とは違うんだと。磨いた刀は岩をも切り落とす。そういう思い切ったこだわりで開発してくださいと、モータースポーツ部にお願いしました。とにかくドラマチックなV10サウンドを聴かせてくれと。あとは中高速の伸びとレスポンスです」

 ヨソのクルマはもっと排気量が大きいとか、馬力はどうだとか、ニュルのラップタイムはとか、過給機は付けないのかという声もあったというが、「我々の作りたいのは日本刀だ」という表現で封じ込めた。数値性能にはこだわりたくなかったからだ。目標性能も排気量も定めなかった。唯一定めたのはパワーウエイトレシオのターゲット値だけだった。それだけが、エンジンと車両を結びつけるただひとつの数値だという思いがあったからだった。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…