モーターを自在に制御する:パワーエレクトロニクスのテクノロジー[ZFとモータースポーツ]

(PHOTO:Mahindra Racing)
自動車関連製品およびシステムのグローバルサプライヤーであるZF(ゼット・エフ)は、2016年にヴェンチュリー・フォーミュラEチーム(モナコ)とテクニカルパートナーシップを結び、フォーミュラEへの参戦を始めた。2016年から2017年にかけて開催されたシーズン3からダンパーを供給することで関与がスタート。2017/2018年のシーズン4でギヤボックスの供給を始めると、第2世代を意味する「Gen2」シャシーが導入された2018/2019年のシーズン5で、電動パワートレーンの供給を開始した。電動パワートレーンはモーターとパワーエレクトロニクス、ギヤボックスで構成される。
TEXT:世良耕太(SERA Kota)

 パワーエレクトロニクス(インバーター)の主な役割は、バッテリーの直流電流を、モーターを駆動するのに必要な交流電流に変換することだ。この交流電流の電流と周波数を調整することで、モーターのトルクと回転数を制御する。

「エンジンにあてはめて説明すれば、パワーエレクトロニクスは燃料ポンプのようなものです」と、ZFで電動パワートレーンの開発に携わる技術者は説明した。「バッテリーから燃料ならぬ電気エネルギーがパワーエレクトロニクスに送られてきて、ここでモーターに使うパワーを変換します」。

 ZFは電動パワートレーンを開発・供給するにあたり、800Vのシステム電圧とSiC(シリコンカーバイド)パワーデバイスを選択した。量産電気自動車(BEV)のバッテリー電圧は400V近辺が主流なので、電圧は倍ということになる。SiCは高電圧に耐えながら低損失で、かつ高速にスイッチング(電流のオン/オフ)することが可能なポテンシャルを備えているのが特徴。フォーミュラEに電動パワートレーンを供給するにあたり、ZFは「800V+SiC」の組み合わせにこだわった。

SiCモジュール

「なぜ私たちが800VとSiCに興味を抱いたのか。まず800Vのほうから説明すると、BEVの急速充電を可能にするからです。800Vなら、5分間で100km、10分間で200km走行できるだけの充電を行なうことができるようになります。次ぎにSiCですが、ポイントは、電動パワートレーンの効率を高められること。SiCの採用によってバッテリーに蓄えたエネルギーをより効率良く使うことができれば、航続距離を延ばすことができます。同じ距離でよければ、バッテリーを小さくすることができ、コスト低減につながります」

 高性能かつ高効率の電動パワートレーンを開発するのが目的ではあるが、ZFはフォーミュラEの先に量産分野への技術の適用を見据えている。そのための800Vの選択であり、SiCの採用だ。

 なぜ、従来のSi(シリコン)ではなくSiCを使うのかについては、他にも理由がある。高電圧との相性がいいからだ。Siは電圧に対して抵抗が一次関数的に増えていくが、SiCは二次間数的で、1000Vを大きく超えたところに変曲点がある。800Vの電圧はSiにとっては抵抗面で厳しくても、SiCにとってはそうではなく、抵抗はあまり高くならない。SiCと400Vの組み合わせでもSiCのメリットを生かすことはできるが、存分に生かすなら800Vというわけだ。そのため、ZFはSiCと400Vの組み合わせを「つなぎ」の技術、SiCと800Vの組み合わせを本命に位置づける。

SiとSiCの性能比較

 課題はSiCのコストだ。フォーミュラEのようなモータースポーツの開発では大きな障壁にならないが(もちろん、モータースポーツ活動とてコスト意識とは無縁ではない)、量産への適用を見込むとなると、コストは非常に重要で、適用にあたっては大きな障壁になり得る。ただし、解決の道筋は見えている。SiCパワーデバイスのコスト低減に取り組むいっぽう、ZFはシステムサプライヤーとしての強みを生かし、システム全体でコスト低減を図るべく開発を進めている。

「SiCの特徴は損失が小さいことです。Siに比べて、最大42%ロスを低減できます。これが何を意味するかというと、熱の発生が小さいことを意味します。そのため、システム全体を小さくすることができます。例えば、冷却システムをダウンサイズすることができる。そうすれば、使用する材料が少なくて済むので、コストセーブにつながります」

 システムがコンパクトになれば、スペース効率も高くなる。SiCは(主に歩留まりが悪いため)高価だが、システム全体としてSiCのコストを吸収することは充分に可能だとZFは考えている。量産車にSiCを適用した場合は、電費向上につながるのが大きい。ZFの計算によると、WLTCモードで3〜5%のゲインが得られるという。

「バッテリー〜パワーエレクトロニクス〜モーターで構成される電動パワートレーンの効率はすでに95%に達しています。その領域でのさらなる効率向上をSiCと800Vの組み合わせはもたらしてくれます。将来のeモビリティにとって最も有望なテクノロジーといえるでしょう」

 ZFは、将来のeモビリティにとって有望だと見込むSiC+800Vのテクノロジーを、フォーミュラEという競争の世界で鍛えている。ヴェンチュリーとのパートナーシップは終了し、2019年からは新たにマヒンドラ・レーシングチーム(インド)のオフィシャル・パワートレーン・パートナーになったが、SiC+800Vのテクノロジーを鍛える技術戦略に変わりはなく、量産分野への適用を目指して研究・開発を続けている。

著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…