語り合うのはこの2人!

津田洋介:80’sスクーターを中心に往時のバイク文化にあまねく精通する「TDF」代表。

宮崎正行:CB750Fにずっと乗っています。グラトラを格安で手に入れました。気負いのまったくない原付みたいな250です。

ダートを目指せ太足スクーター。そのイメージだけでワクワクだ!

レジャービークルとしてぎりぎり昭和の1988年に登場。中低速を重視した6psの空冷2ストロークエンジンを心臓に、フロント120、リヤ130サイズのファットなチューブレスタイヤがコンセプトを体現していた。

津田:遊ぼうぜ! って大声で叫んでいるようなバイクだよね。

──そんなカンジでしたね〜。大ヒット作のパッソルの発売から11年後にデビューしたビーウィズですが、それまでもっぱら通勤や買い物がメインユースだったスクーターという乗り物に「新しいなにか」をもたらしてくれましたから。

津田:ワイドな偏平ブロックパターンタイヤ、ロングストロークの前後サスペンションなど、スクーターにも遊び心があっていい、そんなメッセージがあふれていたよね。ホンダ、スズキは「ヤラれた」と思ったか、もしくは「これはオレらに作れない」と思わせることができたかも。


スクーターの可能性をデザインで広げたヤマハに万歳!

充実した中身を考えると14万9000円の価格はけっして高くないビーウィズ。先見性がありすぎたヤマハの斬新なコンセプトに日本の若者は追いつけなかった? 国内よりもヨーロッパで先に認められ、好調なセールスを続けた事実が(遊び方を知らなかったようで)なんだか悔しい。

──デザインのヤマハの面目躍如! 記憶に残る1台です。

津田:なんだかいきなり、まとめみたいになっちゃってるな(笑)。ビーウィズ、オフロードで遊べるスクーターは間違いなくこれが最初だった。「そうか、この手があったか!」ってみんなビックリしたよ。オレだって欲しくなっちゃったもんね。

──エポックメイキングっていう、じつにベタなフレーズを我慢せずに言ってしまいます。これはザ・エポックメイキング!

津田:べつに我慢しなくてもいいよ。ワクワクしちゃったんだから、みんな。ヤマハって素晴らしいメーカーだよね。フロントカウルに装着されたデュアルライトにハートを射抜かれたもんなあ。ズキュン! ってね。

──あれれ、今日はなんだか妙に軽快でポジティブですね。なんかいいことありました? ステキな新作AVを手に入れちゃって、いますぐにでも自宅に帰りたいとか?(笑)

津田:えーと、アンタといっしょにしないでくれる?

じつは大失敗だった?ビーウィズの真実

──それまでのスクーターから打って変わって、具体的にどんなところが新しかったんですか?

津田:オフロードを走るために見劣りしない、〝ある程度〟の装備を充実させているところかな。走破性を上げるためにタイヤを大きくしなければいけないから、クランクケースも専用品を使って太いホイールが履けるように工夫されている。前後ブレーキもドラムとはいえ大径110㎜のものがおごられていたし。

──外装もオフテイストでした。

津田:丸目2灯のデュアルライト、見やすいデザインのスポーティなスピードメーター、センタースタンドがけを簡単にするグリップ(名前はスタックグリップ)、さらにアンダーガードと、マフラーにはプロテクターまで装着していた。ポリプロピレンのカウル類が日焼けしやすかったのはご愛嬌。

──オフ車的な装備はおおむねコンプリートしていますね。

津田:そこらへんは手抜かりないね。オフロードバイクがまだまだ巷で人気だったこともあって、ビーウィズも当然、自然に広く受け入れられるハズだった。

──だった?

津田:結果から言うと、商業的には大失敗だったらしい。

──え? 売れなかったんですか、ビーウィズ?

津田:日本のマーケットでのビーウィズ発売のインパクトは相当大きかったんだけど、販売に関しては、じつはそれほど芳しくなかったことが知られているんだ。ヤマハはホンダと1980年代前半から「HY戦争」と言われる激しい販売競争を繰り広げていた。互いのナマ傷がまだまだ癒えないところに……85年のプラザ合意による円高の波が押し寄せて、国内の二輪市場は縮小に転じてしまった。

──たしかに二輪メーカー各社は、世界での生産・供給体制の見直しに追われてしまうことになりましたものね。しかし、いつになくマジメなお話で!

津田:そんなとき、ヤマハの傘下に入って再建途上だったフランス・モトベカン社(MBK)に持ち込んだビーウィズの中古金型でもって現地で生産を再開させたら……ヨーロッパでまさかの大ヒット! その後もロングセラーとして売れ続けたんだ。捨てる神あれば拾う神ありってことなのかな。

──そんな経緯、知らなかったなあ……。

津田:それが契機でMBKは黒字転換したというのだから、ビーウィズ様様だよね。ここでもヤマハの先に行きすぎている伝説が(笑)。

──うーん、時代がヤマハに追いつけなかった!

津田:で、このバイクも当時ノリにノッていたGKデザインの作品だけど、いいよねえ。さすがの出来ばえ。ポップだけど安っぽくない。

──造語の車名・ビーウィズは「Be With」ってことなのかな。いっしょに遊ぼうよ、みたいな。

津田:カタログのなかに踊る「街を飛びだせ。遊びの天才、ビーウィズ」のコピーもそのままに、2台の目の前にひろがる広大なダートには夢があったな。撮影地は海外なんだろうな。メキシコとかスペインとか……。

──装着ナンバーに「CAL」って書いてあるからカリフォルニアかもしれませんね。

目に飛び込んでくるファットなタイヤサイズもさることながら、フロント125mm、リヤ200mmのロングストロークサスを使用する充実の足まわり。ホイールベースも1170mmとスクーターとしては長い部類だ。

津田:オフロードっていいよね! っていうキモチをはじめて高らかに表明したスクーターがビーウィズだったとすれば……。

──ビーウィズの最大のライバルは、スクーターではなくオフ車そのものだったのかも。

津田:そうなんだよ! だからそれほど売れなかった。「いっそオフ車を買ったほうが……」と無意識に感じていたライダーがじつは多かったんじゃないかな。いやーミヤザキくん、連載開始以来はじめていいこと言ったね(笑)。

──ええ、言いましたね!


※こちらの記事はモトチャンプ2019年5月号に掲載されたものです。