語り合うのはこの2人!
これは本当に30年以上も前のバイクなのか? ダックス復活もいいけれどできればコイツもカムバック!

──1987年の11月に発売されたわけですよ、AX‐1は。
津田:そだね。オレ、二十歳。
──同年にはNSR50、CBR250R、XLRバハ、ブロス、VFR750Rなどホンダだけでもかなりの数の新型車がデビューしました。しかもみんな、インパクトかなり強めの個性派ぞろい。
津田:翌88年にはいわゆる〝ハチハチ〟の熱い時代に突入していくしね。
──そんな渦中にいきなり放り込まれたのが、ちょっと不思議なルックスのAX‐1です。デュアルパーパスといえばデュアルパーパス、でもだいぶオンロード寄り的な。
津田:大ヒットはしなかったけれど、バイク便ではよく見かけたな。
編集部(以下、編):バイク便ライダーに愛されるマシンに悪いマシンなし!(笑)
津田:うんうん。
──発売当時の「コイツは何モンなんだ?」の疑問を拭えないまま今日に至る読者もさぞや多いと思います。
津田:乗らなきゃ分からないバイクの典型だからなー。

▲左は89年発売の2代目 AX-1(40万9000円)、右は94年発売の最終型AX-1(44万9000円)。それぞれボディカラー以外にも、各所で性能と質感向上が生真面目に図られている。
──そうなんですよ。で、津田さんの膨大なカタログコレクションの中に理解のヒントとなる、ちょっと面白いブツを発見しました!
津田:オレ、なんか持ってたっけ?
──社外秘! と表紙に銘打たれた「販売の手引き&サービスガイド」。その中の一節でこう謳われています。
「ご理解ください。AX‐1のお客様は、今までのユーザー像だけには当てはまりません」
津田:なるほど。これまでにない新しいジャンルのバイクってことね。
編:その後のこの一文も気合いが入っていて面白いッス。
「すべては〝人間にとっていちばん快適なことは何か〟というテーマで開発された」
一同 熱い!(笑)
編:ただし、実用に徹しなければいけない営業資料にもかかわらず……抽象的で分かりづらい。そこが高尚すぎたAX‐1のセールス的な弱点だったのかもしれないな。
津田:あの頃のみんなの「キョトン」がまざまざとよみがえってくるよ。でも確かにお金と手間をかけて開発している入魂マシンなんだから、AX‐1は。

──どこらへんがですか?
津田:まず水冷のDOHCエンジンは完全に新設計で、しかもNSR250Rで採用されたNSシリンダーを採用している。いわゆるメッキシリンダー。これ、フリクションロスが低くてしかもめちゃ軽い。
──そこまでやる⁉ ってくらいハイクオリティですね。さぞかしスムーズに回ったんでしょう。
津田:高回転までビュンビュン回ったよ。静かなのにパワーもしっかり出ていたし。エンジン屋ホンダの面目躍如だね。84年に発売されたカワサキKL250Rが水冷DOHCで28馬力だったけど、ホンダはAX‐1で29馬力を達成。するとカワサキは93年にKLX250SRで30馬力をアピールしてくる。
編:あのころのノリだねえ(笑)
──たった1馬力。されど1馬力。

津田:タコメーターもしっかり装備しているよ。単気筒だからタコなんていらないか、っていうのがまったくない。にもかかわらず乾燥重量は114kgとかなりライトウェイトだった。キャストホイールでチューブレスタイヤが履けたのもよかった。

──シートと面イチの広いリヤキャリアも使いやすそうですね。
津田:そういう細かいところに手抜きがないのがAX‐1のいいところ。ものすごく真面目にデザインされているんだ。現代のアドベンチャーモデルの先駆けと言ってもいい。
──いろいろ振り返りましたけど、コスト重視で流用一辺倒の今では考えにくい、贅沢な時代の贅沢なバイクですね。コンセプトもデザインもぜんぜん古くないですもん、AX‐1。リバイバルしないかなー。
津田:そういや『ウルトラマンティガ』ではオートスタッガー1号として劇中で走っていたな。V6長野くんで。ティガでウルトラマンは生誕30周年だがな!
──僕のまとめ、聞いてます?
編:100%聞いてないね。
津田:長野くんはプライベートでもバイク乗ってるってホント?
──CB750FOURに乗ってますよ。実家は自転車屋さんだし。
津田:長野くん、ステキッ!



