5歳で初めてレースに出場した少年が、やがて世界グランプリ250ccクラスの頂点に立ち、MotoGPへと駆け上がっていく。
その道のりを、今も“モノ”からたどることができる。
加藤大治郎選手の両親が経営するデルタ・エンタープライズには、本人が実際に使用したレーシングスーツやヘルメット、トロフィー、日の丸など、数多くの貴重なアイテムが保管されている。
2001年には世界グランプリ250ccクラスで年間11勝を挙げ、世界チャンピオンを獲得。翌2002年からはMotoGPクラスへステップアップした。しかし2003年4月6日の日本GPでの事故により、4月20日に26歳の若さでこの世を去った。
残されたツナギやヘルメットには、それぞれの時代を生きた加藤大治郎選手の姿が刻まれている。
今回は、幼少期のポケバイ時代から世界王者、そしてMotoGP時代まで、デルタ・エンタープライズに残る秘蔵アイテムを追いながら、その軌跡をたどってみよう。
幼少期の一着

加藤大治郎選手が5歳で初レースに出場した当時に着用していた革ツナギ。幼少期を伝える貴重なアイテムだ。
ツナギに残された、平忠彦選手のサイン

この時代のツナギには、もう一つ興味深いものが残されている。幼少期の加藤大治郎選手を抱く平忠彦選手。先に紹介したツナギに残されているサインは、平選手によるものだ。
サインの主は、1980年代から90年代に活躍したレジェンドライダー、平忠彦選手。
幼少期のツナギに残された一つのサインと、当時の写真。これらを合わせて見ることで、加藤選手がまだ世界を目指す前の時代を知ることができる。
まだ小さな少年だった加藤選手が、このツナギを着て走っていたのがサーキット秋ヶ瀬だった。
ポケバイから始まったキャリア。その原点を伝える写真も残されている。

ホームコースだったサーキット秋ヶ瀬を走行する幼少期の加藤大治郎選手。マシンはポケバイの「ジャクソン」(PHOTO:デルタ・エンタープライズ)
その後、ポケバイからミニバイクへとステップアップ。革ツナギをまとった姿はすでに本格的なレーサーの片鱗を見せる。


ミニバイクレース時代に使用していた革ツナギ。サーキット秋ヶ瀬やBRD、モトチャンプなど、当時の活動を示すワッペンが残されている。MRP(モトレーシングプロダクツ)は、武田兄弟や亀谷長純選手らも所属したチーム。
世界王者となった2001年のレーシングスーツ


2001年、世界グランプリ250ccクラス王座を獲得したシーズンに着用したレーシングスーツ。年間11勝を挙げ、世界王者に輝いた。
憧れのライダーのサインが入ったツナギから、世界の頂点で着用するレーシングスーツへ。
歴代のツナギを追うだけでも、加藤選手が歩んだキャリアの大きさが見えてくる。

2001年の世界王座獲得などの功績を称え、文部科学省から授与されたスポーツ功労者顕彰。
世界王者の証、「ゼッケン1」のヘルメット


2001年、世界グランプリ250ccクラスでチャンピオンを決めた際のヘルメット。後頭部にはゼッケン1が描かれている。加藤選手といえば、誕生日の7月4日に由来する「74」が定番。しかし、このヘルメットには「1」が描かれているのである。
チャンピオン決定後、加藤選手はチャンピオン仕様のTシャツに着替え、このヘルメットを被ってウイニングランを行った。その後、シールドには2001年の250ccチャンピオンの証が盛り込まれ、現在もデルタ・エンタープライズに所蔵されている。
デルタ・エンタープライズには、このほかにも本人が実際に使用したヘルメットやスペアシールドなどが多数保管されている。いずれもSHOEI製の帽体に、YF DESIGNの深澤氏がペイントを手掛けたものだ。
8耐、雨天用……用途ごとに存在するヘルメット
ヘルメットには、レースごと、用途ごとの違いも見られる。


2000年の鈴鹿8時間耐久ロードレースで初めて総合優勝を飾った時のヘルメット。この8耐では、各スティントでヘルメットのカラーを毎回変更して走行したという。
また、「雨天用」というメモ書きとともに保管されているモデルもある。


こちらが「雨天用」と記されたヘルメット。YF DESIGNや「74」のロゴなど、加藤選手の基本的なデザインを踏襲している。
こうした複数のヘルメットが残されていることで、当時のレース現場でどのように装備を使い分けていたのかも見えてくる。
MotoGP時代のテスト用レーシングスーツ
2002年、加藤選手はMotoGPクラスへ昇格。


2002年から2003年にかけてのオフシーズンには、通常のレース仕様とは異なる専用デザインのレーシングスーツが用意されていた。ブラックを基調としたテスト用デザインとなっている。


2003年仕様のレーシングスーツ。背中には新しい「DAIJIRO」ロゴが採用され、MotoGP時代の挑戦を象徴するデザインとなっている。


2003年仕様のヘルメット。青い部分には電子基板を思わせる特徴的なグラフィックが施され、このデザインはレプリカモデルにも採用された。
オフロード用にも「DAIJIRO」


2003年からテレフォニカ・モビスター・ホンダで加藤大治郎選手とチームメイトとなったセテ・ジベルナウ選手と、2002年12月にオフロードトレーニングを行った際に使用されたヘルメット。オフロード用にも加藤選手のカラーリングが用意されていた。
YF DESIGNの深澤氏によるデザインと技術力に、加藤選手自身のセンスやこだわりが加わることで生まれた「加藤大治郎カラー」。そのデザインは現在も「加藤大治郎レプリカ」として最新モデルへと継承され、多くのファンに親しまれている。
加藤大治郎が掲げた日の丸
そして、デルタ・エンタープライズにもう一つ大切に残されているのが日の丸だ。

2002年フィリップアイランドGPで加藤大治郎選手がウイニングラップに使用した日の丸。
シャンパンファイトの跡も残っているが、当時の状態を伝えるため、洗濯などはせず保存されている。
この日の丸は、その後、次の世代のライダーへと受け継がれていく。

2023年日本GPでデルタ・エンタープライズが展示していた日の丸。その後、佐々木歩夢選手のウイニングランで21年ぶりにグランプリの舞台へ戻った。(PHOTO:デルタ・エンタープライズ)
2023年日本GPでは、Moto3クラスで2位となった佐々木歩夢選手が、この日の丸を掲げてもてぎを一周した。

さらに2024年日本GPでは、74Daijiro出身の小椋藍選手もMoto2クラス2位入賞後、加藤選手ゆかりの日の丸を手にウイニングランを行った。(PHOTO:遠藤智)
残されたアイテムが語る、加藤大治郎の時間
5歳で初めてレースに出場したときのツナギ。
秋ヶ瀬で走ったポケバイ時代の装備。
ミニバイク時代の革ツナギに残されたワッペンや平忠彦選手のサイン。
世界王者となった2001年のレーシングスーツ。
そして、チャンピオン決定後のウイニングランで被った「ゼッケン1」のヘルメット。
2000年の8耐仕様、雨天用、オフシーズンテスト用、2003年仕様、そしてオフロードトレーニング用――。
デルタ・エンタープライズに残されているアイテムは、単なるコレクションではない。
それぞれが、加藤大治郎選手のキャリアの一つの時代を記録している。
幼少期からポケバイ、ミニバイクへ。そして世界グランプリ250ccクラスの世界王者となり、MotoGPへ。
本人が身に着けたツナギやヘルメットだからこそ、その時代の加藤選手をより身近に感じることができる。
そして、フィリップアイランドで掲げた日の丸は、21年の時を越えて佐々木歩夢選手、小椋藍選手へと受け継がれた。
加藤大治郎選手が残したものは、デルタ・エンタープライズで今も大切に保管されている。
その中には、5歳でレースを始めた頃からMotoGPへ挑戦した時代まで、加藤大治郎選手の歩みを伝えるアイテムが残されている。
