憧れは生まれる前のJTCC!
20代が作り上げたカルソニックレプリカ
20代という若さで、ここまで本格的なJTCCレプリカを製作していると聞けば、幼い頃からレースに憧れていたのだろうと思ってしまう。しかし、オーナーの石塚さんがP10プリメーラを手に入れたきっかけは、意外にもJTCCとは無関係だった。

父親の影響で物心ついた頃からクルマが好きだった石塚さんは、専門学校で2級整備士の資格を取得。ディーラーの整備士を経て、現在もクルマ関連の会社に勤務している。愛車としてはレガシィB4やGDB、GVBインプレッサなどを乗り継いできたが、事故やトラブルをきっかけに乗り換えを決意。そこで次期愛車に求めた条件が「人とあまり被らないクルマ」だった。

そんな中、中古車店で出会ったのがP10プリメーラ。「これなら面白そう」と購入したものの、当初は普通に乗るつもりだったという。転機となったのは、友人から「プリメーラにはJTCCのレースカーがある」と教えられたこと。当時の映像を見て、そのカッコよさに一気に惹かれた。
モチーフに選んだのは、「日本一速い男」と呼ばれた星野一義選手がステアリングを握った12号車、1995年仕様のカルソニックプリメーラだ。エクシヴやシビックとの激しいドッグファイトを繰り広げ、シリーズ3位を獲得したシーズンの姿を再現している。


とはいえ、市販のレプリカパーツを組み合わせただけではない。フロントリップスポイラーをはじめ、FRPボンネットやリヤウイングなど、多くのパーツを石塚さん自身がハンドメイド。FRPボンネットは約2週間を費やして裏骨まで製作し、軽量化にも貢献している。


センターマウントが特徴的なリヤウイングは、アルファロメオ155用をベースに加工・流用。リヤバンパーもレースカーに倣って廉価グレード用へ交換し、マフラーまで自作するという徹底ぶりだ。
ステッカー類もカッティングマシンを使って自作。当時の写真だけでは確認できない部分については、SNSを通じて知り合った海外のプリメーラマニアから送られてきた設計図を参考にした。30年以上前のJTCCマシンを再現する過程で、国境を越えた交流まで生まれたというのも面白い。
ボディは元々のガンメタからカルソニックブルーへオールペン。建築関係の塗装業を営む友人に協力してもらいながら作業を進め、色味を含めて納得できる姿になるまで約1年を費やした。

足元も1995年のレースカーを強く意識している。ラルグス車高調でタイヤがフェンダーに被るほどローダウンし、フロントにはクスコ製ショートタイプのアッパーアームを投入。ホイールは17インチのボルクレーシング・グループAVをホワイトに塗装して装着する。
ただし、これはあくまで暫定仕様。本命は当時の姿にさらに近づけられるインパル製ホイールで、現在も入手できる機会を狙っているという。

ブレーキは、純正より容量の大きいP11プリメーラワゴン用キャリパーへ交換済み。今後はさらにR32用の住友キャリパーへ変更する予定で、見た目だけでなく走りの部分にも少しずつ手を加えている。

コクピットも外観に負けずレーシーだ。リヤシートや内張り、エアコンなどを撤去し、サイトウロールケージ製のワンオフロールケージを装着。室内をホワイトで統一し、グッドガン製フルバケットシートを組み合わせることで、JTCCマシンを思わせるドンガラ仕様に仕上げられている。

一方、搭載されるSR20DEはノーマルを維持する。JTCCではニスモチューンによってNAながら300ps前後を発揮したとされるが、石塚さんは日常で安心して乗れることを優先。純正でも150psを発揮するため普段使いに不満はなく、現在は低い車高ゆえにヒットしやすいオイルパンへの対策を検討している段階だ。

ここまで本格的な姿を見れば、イベント専用車と思うかもしれない。しかし、このP10は石塚さんにとって日常の足でもある。普段は通勤に使い、休日には長距離ドライブへ出掛ける。レプリカ化する以前には、車中泊をしながら鹿児島まで走ったこともあり、現在でもイベント参加よりドライブを楽しむ機会の方が多いそうだ。
職場でもこの姿は好評で、特にJTCCをリアルタイムで知る年上のクルマ好きから声を掛けられることが多いという。

市販パーツに頼るのではなく、自らFRPを成形し、塗装やステッカー、足回りまで試行錯誤を重ねながら1995年のカルソニックプリメーラへと近づけていく。それでいてイベントのためだけに飾るのではなく、通勤にも遊びにも使い倒す。
生まれる前の時代のレーシングカーに魅せられた若きオーナーが作り上げたP10は、令和ならではのJTCCレプリカの楽しみ方を体現する一台なのである。

