BMWが見せる燃料電池車への本気

EV同様に注目の水素燃料電池車「BMW iX5 ハイドロジェン」に試乗してわかった意外な才能

世の中はEVシフトが着々と進むと同時に、ダイバーシティ=多様性の確保も大きな課題である。中でも動力源としての水素は魅力的な存在だ。BMWが期待する気体、水素への取り組みを報告する。

BMW iX5 Hydrogen

燃料電池スタックの出力が200PS前後

水素の充填口はボディ右後方のフェンダー上に設置。水素タンクに充填された水素は燃料電池スタックによって発電に利用され、後輪のリチウムイオン電池を経てモーターに出力される。最高出力は401PSと発表されている。
水素タンクに充填された水素は燃料電池スタックによって発電に利用され、後輪のリチウムイオン電池を経てモーターに出力される。最高出力は401PSと発表されている。

BMWが最新FCVのiX5ハイドロジェンを公開するとともに、ベルギー・アントワープにてワークショップと国際試乗会を実施した。

1980年代に自動車への水素の利用に関する研究に着手したBMWは、当初、水素を内燃機関の燃料として用いる技術に取り組み、その成果として2006年には“ハイドロジェン7”を発表したが、2013年にトヨタと共同でFCVを開発する契約を提携して以降、方針を大きく見直し、2015年には5シリーズ・グランツーリスモやi8をベースとするFCVを試作。今回、公開されたiX5ハイドロジェンは、それらに続く同社FCVの最新作と位置づけることができる。

そのベースとなったのはX5だが、最大の特徴は最高出力401PSの高出力モーターで後輪を駆動する点にある。従来のFCVといえば、モーターの最高出力は200PS前後で、このため実用的な領域での動力性能に不満はなかったものの、力強い走りをしようとすればガマンを強いられる側面があったのも事実。その最大の理由は、動力源である燃料電池スタックの出力が200PS前後で、モーターの最高出力もこれに揃えたことにあった。

航続距離約500km、最高速度185km/h

しかし、BMWは、高出力が求められるシーンでは、燃料電池スタックに加えて高圧バッテリーからの電力をモーターに供給することで、401PSの最高出力を実現したのである。ちなみに、iX5ハイドロジェンの燃料電池スタックの最高出力は170PS、高圧バッテリーの最高出力は231PSなので、401PSを継続的に発揮できるわけではないが、実際に高出力が必要になる高速道路での本線流入やワインディングロードなどでスロットル全開に近い負荷を連続してかけるのは数秒程度がほとんど。ここでバッテリーの容量がたとえ1kWh(iX5ハイドロジェンのバッテリー容量は未公表)だとしても、計算上は20秒程度の全開加速が可能になる。つまり、これで十分に実用に足るわけだ。

こうした、奇策ともとれる手法を擁してパフォーマンスを追求する姿勢は、実にBMWらしいともいえるし、彼らが「クルマの商品性を確保するには、いかにすべきか」を知り尽くしている証拠ともいえる。

おかげで、一般公道ではいつでも十分以上のパフォーマンスを引き出すことができた。しかも、燃料電池スタックの出力が立ち上がるのを待つ必要もなく、バッテリーからの電力を瞬時にモーターに送り込むことができるので、その加速感は痛快と表現するしかないものだった。ちなみにiX5ハイドロジェンの航続距離は500km程度、最高速度は185km/hで0-100km/h加速は6秒以下と発表されている。

ソフトで快適な乗り心地のエアサスペンション

一方で、車内の快適性が高く保たれているのもiX5ハイドロジェンの魅力といえる。全開走行時を含め、燃料電池スタックに大量の酸素を送り込むコンプレッサーの作動音は一切、聞こえなかったほか、ロードノイズも極めて低いレベルに抑えられている。エアサスペンションがもたらす乗り心地がソフトで快適だったことも、iX5ハイドロジェンの美点のひとつ。さらには700barの高圧ボンベ2基に合計6kgの水素を貯蔵しているにもかかわらず、室内スペースは量産型X5と一切変わらない点も、その完成度の高さを示すポイントのひとつといっていいだろう。

ちなみに、今回の燃料電池スタックはトヨタ製セルを使用して社内で製造しているとの由。一方、高圧ボンベはBMW指定のスペックで社外のサプライヤーが生産している模様。この辺の割り切り方も、いかにもBMWらしいといえる。

それにしても、BMWはなぜFCVの開発に取り組んでいるのか? ご存知のとおり、再生可能エネルギーを用いたグリーン電力は需要と供給のバランスをとるのが難しいが、グリーン電力で水を電気分解した水素であれば、電気に比べて可搬性や貯蔵性が高まって実用性を改善できるという点がひとつ。もうひとつは、ゼロエミッションカーをすべてEVにするよりは、FCVも交えたほうがエネルギー供給のためのインフラ投資額を削減できる点を挙げていた。

一般に販売されず実証実験のみ

水素の充填口はボディ右後方のフェンダー上に設置。水素タンクに充填された水素は燃料電池スタックによって発電に利用され、後輪のリチウムイオン電池を経てモーターに出力される。最高出力は401PSと発表されている。
水素の充填口はボディ右後方のフェンダー上に設置される。

後者はあくまでもドイツが前提で、EVが2000万台を超え、FCVも数百万台に達していることが前提ながら、FCVの普及がインフラ・コストの低減に役立つというのは重要な視点だと思う。

iX5ハイドロジェンは一般に販売されることなく、100台弱が試作され、各国で実証実験などが行われる予定。また、ゼロエミッションカーの主流はあくまでもEVで、FCVはそれを補完する形になると明言しているのも、BMWの主張で注目される点といえるだろう。

REPORT/大谷達也(Tatsuya OTANI)
PHOTO/BMW AG
MAGAZINE/GENROQ 2023年5月号

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著者プロフィール

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大谷達也

大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌「CAR GRAPHIC」の編集部員…