第二次世界大戦後の東西冷戦当時、日本は主にソビエト連邦の侵攻を心配しており、具体的には北海道への着上陸に備えていた。想定として海空勢力が敗れた場合、陸上で攻守の衝突が予想されるのは旭川以北の道北地域などとみられた。ここで劣勢となれば北海道は分断、あるいは全域を占拠されるまでの危機感を持っていた。だから陸上自衛隊の戦車・機甲部隊や火砲等の特科部隊などの多くを北海道へ重点配置していたわけだ。平原や丘陵、不整地などの多い道北や道東の地勢は戦車や装軌(キャタピラ)式装甲車などを展開させやすく、支障は少ない。
やがてソ連が崩壊し東西冷戦が終わると脅威の対象も変化すると考えられた。小規模な紛争の多発懸念などがなされ、ご存知のとおり、2001年の米同時多発テロ発生をきっかけに我々は「対テロ戦争」の時代を過ごすことになる。自衛隊は中東などへも展開するようになった。この時代に、自衛隊は陸自の戦車や火砲などを減らし、陸自そのものをさらに機動的な組織へと変え始めた。
そして現在の世界は中国の拡張路線に手を焼いている。台湾への侵攻は6年以内の可能性が大だとする米軍高官の発言が駆け巡り、威嚇的な中国政府に対して意外や冷静に対応する印象の台湾国内を横目にしながら世界は警戒を重ねる。日本は四囲の海と離島を守る島嶼防衛が急務となっている。
現在の我が国の島嶼防衛態勢整備の中身は次のようなものだ。まず、台湾から九州鹿児島まで連なる南西諸島全体の守りを高めたい。それには海空勢力の増勢は当然ながら、対空・対艦ミサイルなどを要所の島々へ置き、さらに長射程の誘導弾装備も開発を急ぎたい。
そして島々を守るにはやはり陸戦力が必要だ。機動力があり輸送しやすく、戦車並みの火力を持った戦闘車両が要る。まずコレを危機に対して航空輸送などで島へ緊急投入し、北海道の戦車は増援戦力と位置付ける。なぜなら戦車を遠距離で運ぶには手間と時間がかかりすぎるからだ。初動対応は即応力に優れた装甲戦闘車両が望ましい。装輪(タイヤ)式で高速性があり、上陸相手の打撃力に対抗できる火力を持った「装輪戦車」なら好都合だと考えた。
中国と同様、半島情勢やロシアの動きにも気を抜けないから防衛・安全保障体制は南西シフトを軸とする方針で、離島から都市部まで日本の国土のどこにでも即座に投入できる装輪戦車の保有運用がこれからの状況に見合ったものになる。16式機動戦闘車が産み出された背景はこういうものだ。
16式機動戦闘車は2007年度(平成19年度)に開発を開始、2016年度(平成28年度)から調達・配備が始められた。車名の英表記「Maneuver Combat Vehicle」の頭文字を取り「16MCV(ヒトロク エムシーブイ)」「MCV」などと略称される。
16MCVの特徴は全8輪のタイヤを装着した車体の上に戦車砲を載せた装甲戦闘車両であること。主砲は105mmライフル砲を全周旋回式の砲塔にセットした。その火力は戦車と同等。8輪のタイヤは舗装路で最高速度100km/h超の高速走行が可能なものだ。
ご存知のように戦車はオフロードでの戦闘装備だ。不整地などでは圧倒的な能力を発揮する。しかし舗装路を長く走らせるとキャタピラの嵌合(接合)部に強い負荷を与えることになり、損傷や履帯の脱落などを引き起こす。舗装路面も損傷させ、結果的に走行不能となる可能性が高まる。燃費も極端に低下するという。戦車をオンロードで走らせて良いことはほとんどない。
結果、戦車を長距離移動させるにはトレーラーに積み輸送することになる。この作業は手間がかかり、長時間を要する。さらに遠距離を運ぶなら船舶輸送しかない。北海道の戦車を本州以南へ運ぶには多くのダンドリと時間が必要になる。
一方、16MCVは自走でほぼどこへでも走って行ける。戦車輸送と比べてごく短時間で前進展開できるのが強みだ。そして戦車と比べ軽量なので空輸も可能だ。航空自衛隊C-2輸送機なら16MCVを1両収容したまま高速で飛べる。複数機のC-2を一度に使って数回のピストン輸送をするなら、戦闘単位として数の揃った16MCVを必要な現場へ一気に送り込むこともできる。海上自衛隊の輸送艦や民間フェリーなどを使った海上輸送も当然可能。戦車に対して柔軟な戦略性や戦場運用能力を持つ戦闘車両だといえる。
高速性が光るのは移動時のみならず、走行しながらの射撃や偵察行動でもメリットになる。射撃位置を変える場合(陣地変換)もスピーディだ。
高速性能を支える脚周りは独立懸架方式。サスペンションは直立式油圧ショックとダブルウィッシュボーンで構成、駆動は全輪、操舵は前方側の2輪が可動する。全体にストロークの大きい良く動く脚周りの印象だ。
車体底面にはドライブシャフトやデフギヤなどの駆動系、操舵ロッドなどが設置されている。装甲は施されていない。しかしロードクリアランスは装軌車両と比べて大きく、底面の耐爆性を最低限確保しているという。全8輪あるのでタイヤが2〜3個やられても残存性はあり、装軌の履帯トラブルより生存性は高いと考えるのが多輪式装甲車の設計思想だそうだ。ちなみに2013年発表当時の試作車にはミシュラン社製コンバットタイヤが装着されていたが、現在の量産配備車にはブリヂストン社製タイヤの装着が多いようだ。
次に火力。先述どおり主砲には105mmライフル砲(施線砲)を装備する。主砲の砲弾は74式戦車のものが使用可能で、93式装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)や多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)、粘着榴弾(HEP)、77式空包などが用意されている。副武装として主砲同軸に74式7.62mm車載機関銃を1丁、砲塔上に12.7mm重機関銃M2を1丁装備。発煙弾発射装置は砲塔の両側面に、レーザー検知器は砲塔前側面の両側に搭載している。また新型の徹甲弾の開発や増加装甲の研究も行なわれているという。
通信・情報力の面では、無線機に広帯域多目的無線機を搭載することで相応のデータ通信(データリンク)能力を持つようだ。またGPSアンテナも備えているようなので自己位置情報も合わせた情報交換ができると思われる。ちなみに昨年度に装備された車両から車内にエアコンが追加されたという。
自衛隊は防衛力を各地域に置き存在させることを主眼とする方針を長く続けた。そして近年、防衛力を必要な各地へ展開させる「動的防衛力」へと向上させ、さらに航空自衛隊や海上自衛隊の力を合わせてフットワークを上げる「統合機動防衛力」を目指した。現在はこの統合機動防衛力に加えて、宇宙領域や通信ネットワークのデータ領域、レーダーなどの電磁波領域でも能力を確保する多様な作戦領域での活動性(クロスドメインまたはマルチドメイン・オペレーション能力)を標榜している。これには16MCVや10式戦車などが持つデータリンク能力などを全体的に底上げし、3つの自衛隊装備の連接性も調整・整備する必要がある。
16MCVは退役中の74式戦車の後継という位置付けだ。本州の機甲戦力は16MCVを主力に据え、10式戦車や90式戦車は北海道と九州に置くというのが現在の考えだ。