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トランジスタの高い効率を求めて
前回の第38回で、インバータにはパワートランジスタを用いるということを話した。性能の高いインバータの第一の要件は、効率が高いことである。この効率を決めるのがパワー半導体の特性ということになる。
前回示したPWM(パルス幅変調)の図では、パルスの高さは電池の電圧よりも少し低く記してある。この理由は半導体に電流が流れるときに電気抵抗があり、それによって電力が消費されることによっている。半導体のこの抵抗はON抵抗と呼ばれている。
パワー半導体の損失には、スイッチングロスというもうひとつの要因がある。これは半導体がどの位の時間でオンになったり、オフになったりするかという時間に電池電圧と流れる電流を掛けたものに比例する。前回示したPWMの図では瞬時にオンになったりオフになったりするような描き方をしているが、現実にはパルスの形は台形のようになる。この時の電圧が立ち上がる時間、立ち下がる時間をそれぞれ立上り時間、立下がり時間と呼んでいる。このようなことから、効率の良いインバータを作るためのパワー半導体はオン抵抗が小さく、立上りと立下がり時間が短いものということになる。
この前提で、これまで主流であったパワー半導体はシリコンを使ったものであった。現在、少しずつ使われているのがSiC(炭化シリコン)を材料とするトランジスタである。この半導体のことを初めて聞いたのは1980年代のことであった。
それから40年が経過して、実用的に使われ始めている。そして1980年代に突然生まれたのがGaN(窒化ガリウム)半導体である。これは当時の名古屋大学の赤崎勇氏と天野浩氏による発明である。GaNは22回の半導体のところでバンドギャップということを書いたが、これが大きいことが特徴であり、それが故に高性能な半導体が作れるということは分かっていた。しかし、長年、それに成功した例は無かった。
「青色発光」だけでない窒化ガリウムの高いポテンシャル
両先生は、ひとつの重要なアイディアのもとにこれを作ることに成功した。それはトランジスタやダイオードに使う半導体というのは単結晶である必要があるが、それがとても難しかったことが誰もこれを用いた半導体を作ることに成功しなかった理由である。これに対して両先生はシリコン等の単結晶化しやすい材料の上に、GaNの単結晶を成長させることを思いついた。但し、結晶の中の原子と原子の間の距離を格子定数というが、シリコンとGaNは格子定数が異なるために、単純には成長させることができない。そこで考えたのは、シリコン単結晶とGaN結晶の間にバッファー層というものを設け、互いに格子定数が違っていても成長をできるようにした。
これによって先ず、GaNのダイオードを作ることに成功した。これを成功させたのは当時、日亜化学に居た中村修二氏であった。これを発光ダイオード(LED)として使うと、青色が出る。さらに、これを蛍光板に通すと白い光となる。こうして現在は、照明の代表格になっているLED照明が生まれることになった。従来の蛍光灯に比べてはるかに小さくかつ、電力から光に変換する効率が高いために、省エネ性の高い照明器具として商用化されている。
この功績により、この3名は2014年のノーベル賞を受賞した。
さらにこれでトランジスタを作ることにより、オン抵抗が小さく立ち上り立ち下がり時間が短いパワー半導体としての商品化が始まった。
しかし、このバッファー層を用いるという構造のトランジスタでは大きな電流を取り出すことができず、現在の実用的なレベルで30A程度が最大電流となっている。私もGaNトランジスタを使って電気自動車用モーターのインバータの開発を行ない、効率99%を得ることまでは出来た。但し、それでも1%の発熱があるわけで、これを放熱する技術がうまく作れなくて一旦開発は停止している。
一方で天野氏を中心としたグループは、バッファー層を使わない結晶を開発するプロジェクトを2015年からの10年計画で行なっている。その結果、直径4インチの結晶まで作れるようになった。この結晶のクオリティを決める要素を格子欠陥という、すべての結晶で格子が整然と並んでいない部分がまだ多く、実用的に使えるには至っていないが、天野氏のもとに集まった日本製鉄や三菱ケミカルの手によって格子欠陥の少ない結晶の開発が着々と進められている。この結晶が実用レベルで利用可能になると、99%の効率を持つインバータが実用的に利用可能になり、電気自動車にこれが使われればより高性能な車に発展して行くことになる。