畑村博士に訊く点火と燃焼の基礎知識——ノッキングを知ればエンジンがわかる[内燃機関超基礎講座]

(PHOTO:BOSCH)
エンジンにとっての大敵、ノッキングとはどのように起こっているのか? そして、どのような対策が施されているのか? ノッキングを軸に見ていけば、点火と燃焼は理解しやすい。多くの人が知りたいであろう点火と燃焼の基礎知識をDr.畑村がノッキングをキーワードに伝授する。
TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji)

燃焼と爆発、そしてノッキング

───まず、ノッキングとはどういう現象のことを指すのでしょうか?
畑村:点火した炎が伝わって燃え広がっていくことを「燃焼」、至る所でそれぞれ自己着火してしまうことを「爆発」とすれば、ノッキングは後者と言っていい。通常、ガソリンエンジンでは燃料蒸気と空気が混ざったところに点火し、それが燃え広がることで熱エネルギーを得ているわけじゃが、常に綺麗に燃えるわけではなく、どうしても偏りが生じてしまうんよ。ある部分は燃えたのに、まだ燃えん部分もあって、シリンダーの圧力と一緒にそこの圧力が上がる。で、圧力が上がると温度も上がるけえ、燃え残った混合気が自己着火してしまう。つまり、それが爆発というわけじゃ。シリンダー内の隅の方でその爆発が起こり、その圧力が反対側まで伝わって反射する。とても高く、キンキンという音がする。ノッキングとはそういうことじゃ。
───音の発生のほかに、どんな悪影響があるのでしょうか?
畑村:大きな圧力振動が加わって、シリンダー内側の壁面やピストンに大きなダメージを与えてしまう。通常、シリンダーの内側の壁面には数十ミクロンの空気の層があって、それが断熱層のような役割を果たしとる。しかしノッキングのような圧力振動が加わると、その層が壊され、直接シリンダーやピストンに熱が伝わってしまう。その結果、ピストンの温度が上がって焼き付いたり、ピストンリングが固着したりする。酷い場合はプレイグニッションを誘発してピストンに穴が開いたり溶けてしまったり……。コンロッドが曲がったりもする。
───そのプレイグニッションとは?
畑村:ノッキングによってピストンやプラグなどの温度が上がると、点火する前にそれに接した混合気が燃え始めてしまう。それがプレイグニッションで、点火時期を早めたことと同じことになる。ただでさえ圧縮することで温度が上がっているのに、その過程で火がついてしまうことでさらに熱うなってしまう。通常は上死点を過ぎて、ピストンが下がりながら火がついて圧力が上昇するのに、それが圧縮過程で起きてしまうんじゃけえたまらん。強烈なノッキング、いわゆるスーパーノックが起こってしまう。それでさらに温度が上がると、次はもっと早く火がついてしまう。
───まさに悪循環ですね。
畑村:そんな状態のことを暴走プレイグニッションとも言う。だんだん早うなって、そのうち壊れてしまう。

低速プレイグニッションという恐怖

低速プレイグニッションは、近年の過給ダウンサイジングエンジンにおいて低回転高負荷時に発生するもので、シリンダー内に飛び込んだオイル飛沫の自着火や燃焼室から剥がれたデポジットが着火源となってプラグ点火前に着火してしまう現象のこと。着火源となるものが燃え切ってしまえば収まるため、暴走プレイグニッションとはならない。水温が低いほうが起きやすいなどの特異な現象があり、世界中で原因究明中であるが、原因が諸説あって特定されていない。(ILLUSTRATION:熊谷俊直)

───デトネーションという言葉もたまに聞くのですが、どういう意味なのでしょう?
畑村:日本語に訳すと異常燃焼と言うことになるが、日本のエンジン開発の現場ではあんまり使わん表現じゃ。それよりも最近よく問題となっているのは、過給エンジンにおける低速プレイグニッションという現象じゃ。
───初めて聞く言葉ですね。
畑村:ピストンに付着したオイル液滴が燃焼室内に飛び込んで自己着火して、それが火種になって発生するらしいが、全容は解明できておらん。ただ、これは多くても数回で収まってしまう。熱うなったプラグやバルブが火種となるものは、火がついてますます温度が上がるんで暴走してしまうが、オイルが原因ならそのオイルがなくなったら収まるということ。面白いのは、低速プレイグニッションはシリンダーを冷やした方が起きやすいということ。こいつを解明することが、いまの研究課題のひとつじゃ。
───開発段階でプレイグニッションは起きるのでしょうか?
畑村:最近は容積比を高くするんで、自然吸気エンジンでも起こる。特に過給エンジンではエンジンの破壊につながるので重要じゃ。自分もルーチェのV6ターボを2基くらい壊した。ピストンが溶けコンロッドがひん曲がった。コンロッドが折れて、それがクランクケースを割って、オイルが飛び出し火が出ることもある。
───燃焼のムラが原因ということであれば、やはりボアが大きいとノッキングしやすい?
畑村:その通りなんじゃ。ボアが大きいと炎が伝わるのに時間がかかるけえ、残ったところが熱せられて点火による火炎が来る前に火がついてしまう。逆に言うと、火炎の伝播が速いほどノックしにくい。それでタンブルをつけたりして、火炎の伝達を早めるようにしとるんじゃ。速う伝わりゃあ自己着火する時間がない。じゃけえ高回転はノックしにくい。ノックもプレイグニッションも低回転で起こりやすいんじゃ。最近はストローク/ボア比で1.1~1.2に落ち着いてきている。船舶用のディーゼルのように4くらいが理想じゃが、自動車用として研究しとるんは1.5くらい。

あちらを立てればこちらが立たず、点火時期の難しさ

───ノッキングを防ぐには、具体的にどのような方策が採られるのでしょうか?
畑村:まずは圧縮比を下げる。容積比で下げるか、吸気の閉じタイミングを変えて実質的な圧縮比を下げる。これがミラーサイクルじゃ。圧力が下がれば温度も下がる。圧力が高いと温度が低うても自己着火しやすいが、圧力が低ければかなり温度が高うならんと火はつかん。
───でも、本当は圧縮比は下げたくないわけですよね?
畑村:もちろん。ミラーサイクルで実効圧縮比を下げると空気が入りにくうなる。容積比によって下げると膨張比も下がってしまう。膨張比とは、火がついてピストンが下がり、何倍に膨張するかを表したもので、熱効率に直結する。膨張比を下げると熱効率が下がって排ガス温度が上がる。ピストンが貰うエネルギーが減って、その分が排ガスのエネルギーにいってしまう。
───点火時期とノッキングの関係はどうなっているのでしょうか?
畑村:ピストンが上がっていく過程で燃焼すると圧力と温度が激しく上がるためノッキングが発生しやすい。逆に下がって行く過程じゃったら、燃焼によって圧力と温度は上がるが、ピストンが下がるぶん圧力も下がるんで、ノッキングは発生しにくうなる。しかし、今度は燃焼して圧力が上昇した位置から下死点までの距離が短うなってしまう。つまり膨張比が小そうなって効率が落ちる。結果、排ガス温度が高うなってしまうんよ。で、例えば過給機付きだと、タービンを保護するために燃料を多めに噴く。そんでますます燃費が悪うなる。
───いったいどうすればいいんですか?(笑)
畑村:本当は上死点で一瞬に燃やしてしまうのが効率面では理想。早すぎても遅すぎてもようない。じゃけえ点火時期は本当に難しいんじゃ。

ハイオクは燃えにくいガソリン?

ガソリン中には自己着火しにくいイソオクタンに近い成分から、自己着火しやすいノルマルヘプタンに近い成分まで、いろいろな炭化水素が混ざっている。前者と後者の混合燃料を使ってノッキングの試験を行ない、ガソリンとノッキングのしやすさが同じになる前者の容量比をオクタン価と呼んでいる。オクタン価が100ならイソオクタンと同じ、50ならイソオクタンとノルマルヘプタンが半分ずつと同じということになる。一方のセタン価は軽油の着火性を示すもので、高いほど自己着火しやすい。

───ノッキングを避けるという意味では、ハイオクが使えたらラクなんでしょうか?
畑村:そりゃすごくラクんなるよ。ハイオクは自己着火しにくいんで異常燃焼も起こりにくい。
───おそらく一般的には、ハイオクのほうがガンガン燃えるっていうイメージだと思うんですよ。ハイパフォーマンスカーほど、ハイオク指定になっていますから。
畑村:そうかも知れんが、実際には高性能なエンジンほどノッキングが厳しいんでハイオクを使いとうなるいうことじゃ。
───ハイオクとレギュラーの違いはオクタン価だとは知っているのですが、このオクタン価とは具体的に何の値なのでしょうか?
畑村:ガソリンの成分中には自己着火しにくくて耐ノック性の高いイソオクタンに近い成分から、自己着火しやすいノルマルヘプタンに近い成分まで、いろんな炭化水素が混ざっておる。オクタン価とは、前者のイソオクタンの容積比のことじゃ。オクタン価が100ならイソオクタンと同じで、自己着火しにくいということになる。50ならイソオクタンとノルマルヘプタンが半分ずつと同じということじゃ。
───日本もヨーロッパも、ハイオクはおおむねオクタン価100ですが、レギュラーは日本が90なのに対し、ヨーロッパは90のレギュラーとの間に95があって、これが普通に使われているようです。この差の影響はいかがでしょう?
畑村:オクタン価90と95はえらく違う。95と100はそれほど違わん。エンジンは容積比にして9と10の間にすごく大きい効率の差があるんじゃが、オクタン価95が使えると、過給でも容積比10がラクにいける。その一方で、オクタン価100を指定して容積比を11にしても、9を10にしたときほどの性能差はない。14を15にしても同じこと。とにかくオクタン価95が使えることが大きい。それが使えんけえ、日本は過給ダウンサイジングで出遅れてしもうた。

ではディーゼルエンジンはどうか

───軽油ではセタン価と言いますが、オクタン価とは違うものなのですか?
畑村:こっちはオクタン価とは逆で、高いほど自己着火しやすいんじゃ。ディーゼルは燃料が自分で着火してもらわんと困るんで、セタン価が高い方が都合がええ。
───そうなるとノッキングが気になってきますが、大丈夫なのですか?
畑村:そもそもディーゼルの場合、ガソリンのようなノッキングは起こらん。ガソリンはプラグによる点火じゃけ、燃え残ったところでノッキングが起こる。しかしディーゼルにはプラグがないけん、起こりようがない。じゃがそれとは別に、ディーゼルノックいうんがある。アイドリングのとき、カンカンっていうやつよ。噴霧された燃料の着火が遅れると、その間に軽油が蒸発して出来た混合気が一気に自己着火燃焼して温度と圧力が急激に上昇してしまう。ま、現象としては「広範囲に渡る自己着火」じゃけ、ガソリンのノッキングとおんなじなんじゃ。じゃがそこに至る過程がまったく違う。
───深刻な現象という意味ではガソリンのノッキングと同じですね。
畑村:いいや、被害もディーゼルのほうが小さい。なぜかと言うと、ディーゼルノックは負荷の低いところで起こるからじゃ。温度が低いけ火がつくまでに時間がかかって、それでノッキングが起こる。そういう状況じゃったら、エンジンにたいしたダメージは残らん。負荷の高いとき、まわりの温度が高いときに起こるガソリンのノッキングとは別モノなんよ。

ノッキングを把握するための手段

Homogeneous Charged Compression Ignition(均一予混合圧縮着火)の略で、圧縮されて高温になった混合気を自着火させて燃焼する方式のこと。高圧縮による自着火は全体的に一気に燃えるため、火花点火では燃えない薄い混合気を効率よく使用することがことができ、煤とNOx がほとんど発生しない。ただ、ノッキングの原因となる自着火を連続させるようなものであるため、低負荷域では失火を、高負荷ではノッキングを起こさないための制御が難しく、今のところ運転領域がかなり限られてしまう。

───温度が高いときに起こるということで思い出したのが、燃料冷却という言葉です。まず素朴な疑問として、燃料を噴くことで温度なんて下がるのですか?
畑村:蒸発するときに熱が奪われるんじゃ。いわゆる気化熱というやつ。直噴ならけっこう効果があるんじゃ。ポート噴射じゃったら基本的に吸気バルブが閉じているときに噴くからポート壁とバルブの熱を奪うだけで、シリンダー内の温度を下げる効果はほとんどない。
───でもガソリン直噴などなかった頃から燃料冷却ってあったような気がするのですが。
畑村:それは、高回転高負荷域になるとたくさん燃料を噴くんでほぼ噴きっぱなしになって、そこで一定の効果が得られたということ。吸気バルブが開いているときに吸気流に乗って、燃料が液滴のままシリンダー内に入る。そこで蒸発して直噴のような冷却効果をもたらすんじゃ。ハッキリ言うて混合気形成はでたらめになる。じゃが確かにノッキングの抑制にはつながる。
───ここまでの話を整理いたしますと、ノッキングを抑えるには、圧縮比を下げる、点火時期を遅らせる(リタード)、効果的に冷却する、そしてオクタン価が高い方がラク、ということになりますね。このなかで、二番目の点火時期を除けばすべて設計段階で決まるもので、逆に言うと点火時期のみ、エンジン稼働中の制御の話とも言えます。実際、リタードとはどのようにして行なうのでしょうか?
畑村:ノックセンサーがシリンダーブロックの振動をモニタリングしとって、ノックが起こったらすぐさまリタードする。
───ドコについているのでしょうか?
畑村:エンジンによって違うけれども、だいたいブロックの上のほうじゃ。腰下なんかだとほかの振動も拾ってしまう。で、ひとつでなんとか対応したいんで、全気筒を上手くセンシングできる場所を探すんよ。じゃがV型や水平対向はどうしてもふたつになることが多い。
───ケチらず4つつければ、もっと緻密な制御ができるのでは?
畑村:ひとつですむならひとつでええ。それに、今はともかく昔はすごく高価なパーツじゃった。市販車につけられるようになったんは1980年頃じゃったかのお。それも一部の過給機つきモデルだけじゃった。
───そうだったんですか。でも、今はシミュレーション技術が発達しているじゃありませんか。例えばこうしてこうなるとノックが起こるはずだから、その場合はあらかじめリタードする、なんていう制御がセンシングなんかしなくてもできそうな気もするんですが。
畑村:そんな計算通りにはいかんよ。もちろんあらかじめノックせんようなマップは作るにしても、リタードすると燃費が悪うなるけえ、できるだけ避けたいわけよ。それに気圧や湿度や吸気温度の違い、それからエンジンの個体差なんかもある。そこはノックセンサーでしっかり監視して、ギリギリの制御をせにゃあいけん。
───ノックセンサーが採用される以前はどうしていたのでしょうか?
畑村:マージンを多めに取っていたんよ。当時は容積比が8~9と、今よりもかなり低かった。当然、燃費も悪かった。

できるわけないと思われていた高圧縮比エンジン

───今や容積比が10を超えるのは普通で、マツダ・デミオのようにレギュラーガソリン仕様で14という凄まじいエンジンも出てきています。この14というのは、耐ノッキングという視点からみると、やはり驚異的な数字なのでしょうか?
畑村:デミオが出るまでは、みんなできるわけないと思うとったんじゃ。
───どんな技術的ブレイクスルーがあったんでしょうか?
畑村:できると思うてやったからできたんじゃ(笑)。それまでは、どのメーカーも容積比10を11にして、次は11を11.5にして、ってチョコチョコとやっとった。でもマツダはHCCIを研究するようになって、そのおかげでHCCIの高めの容積比について色々とわかるようになった。今度はその容積比15のまま通常のSI(スパークイグニッション)で回してみたら、意外とトルクが落ちないことを発見した。簡単に言うと、そういうことじゃ。
───ここまでお話を伺ってきて、エンジンの開発というものは、すなわちノッキングとの戦いそのものといった印象を受けました。
畑村:火花点火エンジンの燃費や効率を追い求めると、必ずノッキングの壁にぶつかる。そこをどうクリアするか、それが昔も今もエンジンの最も重要な研究課題じゃのお。

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