理想の重心位置[モーターサイクルの運動学講座・その2]

スポーツカーの重心は低ければ低い方がいいのですが、MCの重心高には最適な値があります。 低い方がいいわけではありません。なぜなのでしょうか?
TEXT&FIGURE:J.J.Kinetickler ILLUSTRATION:Mick Ofield
著者自己紹介
 J.J.Kinetickler (J.J.キネティクラー) 
日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計、車両企画部門を経験。 退職後、モデルベース開発会社顧問を経て、現在は精密農業関連ベンチャー企業の技術顧問。
「物理を超える技術はない」を信条に、読者に技術をわかりやすく伝えます。 

理想の重心位置があります

 こんどはMCの重心がどこにあるのがいいのか考えてみましょう。

 この図は路面とタイヤの摩擦係数がμ=1.0(一般の乾燥した舗装路とタイヤの摩擦係数)の場合で描いてあります。
 加速時に簡単にウィリーを起こさせないようするには赤太線よりも下側に重心がある必要があります。
 しかし赤太線より下側に重心があると後輪に100%荷重移動する前にタイヤスリップが起こってしまいます。
 その状態では路面とタイヤの摩擦係数で発揮できる最大の加速度より小さい加速度でしか加速できません。
 つまりウィリーもせずスリップもしないで最大加速度を出すための条件は赤太線の上のどこかに重心がある必要があります。
 また減速時にジャックナイフを起こさず最大の減速度を出すためには青太線より下側に重心がある必要があります。

 したがって加減速共に路面とタイヤの摩擦力の範囲内で最大の加速度を発生させるためには赤い破線で囲んだAの範囲に重心がなければなりません。

 但し、たとえばB点に重心があってもいいのですが、重心があまりにも後方にあると旋回時に後のタイヤに負荷がかかりすぎたり、直進性が悪くなったりします。コーナリングも含め総合的に考えると重心は赤太線青太線が交差する点(C点)からその少し斜め下あたり(赤の網掛け部)にあることが理想です。

重心位置の基本は45°の三角定規

 路面とタイヤの摩擦係数がμ=1.0(一般道舗装路と通常タイヤの組み合わせ)の場合、ライダーを含んだ重心がホイールベースの中央でホイールベースと重心高の比が2:1というのが、ウィリー限界とジャックナイフ限界、ホイールスピン限界が3つともバランスしているMC理想のパッケージです

 路面とタイヤの摩擦係数(μ:ミュー)がμ=1.0の場合、図の赤太線のような直角二等辺三角形(三角定規のカタチ)が理想の形です。

 クルマと違ってMCは旋回時にリーンするので重心が高くても問題ありません。
 45°のリーンができれば横加速度1Gのコーナリングが可能です。
 クルマの重心は低ければ低い方がいいのですが、MCにはこのような理想値が存在します。

 ただ当然ですが、これは加減速のバランスを最大限に生かすためのパッケージであって、こうでなければならないというものではありません。
 実際世の中にはありとあらゆるパッケージのMCがあります。

路面状況によるバリエーション

 それでは路面とタイヤの摩擦係数が変化した場合はどうなるか考えてみましょう。

μ=1.2の場合
サーキット走行でレーシングタイヤを履いた組み合わせのように摩擦係数が大きくなると図のように最適な重心高が低くなります。
μ=0.8の場合
またダート路走行でブロックタイヤを履いた組み合わせのように摩擦係数が小さくなると最適な重心高が高くなります。

 レーシングMCは重心が低く、オフロードMCやモトクロッサーの重心が高いのはこのためです。

 もちろんレーシングMCは運動性の向上、オフロードMCは走破性の向上という目的もあります。また、オフロードMCは旋回性を向上させながら足着き性を確保するため、赤い点線の枠に沿って重心をやや後方の下側に設定していることが多いです。

 それぞれの摩擦係数での最適な重心高は以下の式であらわせます。

最適な重心高(H)=ホイールベース(L)×1/2/μ

 上の式でμはおなじみの路面とタイヤの摩擦係数です。

まとめ

 クルマと異なりMCには理想の重心高があります。

 理想の重心高はMCが使われるシーンによって異なります。
 一般の公道で使われるスポーツタイプのMCであればライダーを含めた重心はホイールベースの中央で高さがホイールベースの1/2が理想です。
 たとえばホイールベースが1400mmなら重心高は700mmです。

 MCを真横から見た時、この直角二等辺三角形がまぶたに浮かんだら、それは理想のMCに違いありません。

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J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計…