2025年と同じポジション、けれど異なる意味

2026年シーズンのMotoGPが、タイで開幕した。会場は、タイのブリーラムにあるチャン・インターナショナル・サーキットである。

最高峰クラスに唯一の日本人ライダーとして参戦するのが、小椋藍(アプリリア)だ。2025年と同じくアプリリアのサテライトチームであるトラックハウス・MotoGP・チームから参戦する。最高峰クラスで2年目ということで、結果が求められるシーズンとなる。

チャン・インターナショナル・サーキットは、高い気温、路面温度といったコンディションやタイヤへの大きな負荷なども含めて、小椋が得意とするサーキットである。2025年の開幕戦タイGPでは土曜日に行われるスプリントレース(決勝レースの半分の距離で行われる短いレース)で4位、日曜日の決勝レースで5位を獲得して大きな注目を集めた。これがスプリントレース、決勝レースともに、これまでの小椋のMotoGPクラスにおけるベストリザルトである。

今年もまた、同様のパフォーマンスを見せた。予選(Q2)こそ8番手にとどまった小椋だが、スプリントレースでは4位でフィニッシュした。

小椋は、グリッド位置がよくなかったこともあるが「スタート自体もよくなかった」とスプリントレースを振り返った。

MotoGPは1列に3台のマシンが並ぶため、8番手となると3列目スタートである。少ない周回数で争われるスプリントレースでは(タイGPの場合は13周で行われる)、特にスタートが重要だ。しかし、小椋の頭の中には、前日のスタート練習のことがあった。路面状況がよくなく、スタート練習で多くのライダーがスピンしていたのだ。

「今日は、(スタートで)スピンしてすごく後ろに落ちてしまうのだけは避けようと思っていました」と、小椋は説明する。ただ、他のライダーは、小椋が思っていたほどスピンしなかった。このため、小椋はスタートで出遅れる形となったのだ。

翌日の決勝レースもまた、スタートが一つのポイントとなった。

同じく8番手からスタートした小椋は、スタートでポジションを落とした。小椋としては、前日と同じ轍を踏むことはなく、いつもよりもいいスタートだった。しかし、10番手スタートのジョアン・ミル(ホンダ)が好スタートを切り、小椋の前に出て1コーナーでブレーキングしたことで、行き場を失ったことが不運だった。スタートのこの状況により、小椋はポジションを11番手にまで落とした。

レースはそこからの追い上げになったが、前を走るブラッド・ビンダー(KTM)を抜くのに時間がかかった。

小椋は「まだみんなにタイヤ(の余裕)があるとき、僕も変わらないくらいのペースでしか走れませんでした。同じように走るしかなかったです」と、ビンダーの後ろで走り続けた2周目から16周目について語る。

ただ、16周目にビンダーをかわして10番手に浮上し、小椋はそこから少しずつポジションを上げていった。

この日も気温、路面温度が高いコンディションで、多くのライダーがタイヤのマネジメントに苦しんだ。こうしたコンディションにおいて、特にレース後半に他のライダーほどタイムを落とさずに走ることができるのが、小椋の強みだ。小椋がポジションを回復していったレース終盤、すでに前を走るライダーたちは、タイヤが終わっていたという。ただ、今回に関しては、その強さを発揮してもトップ3に追いつくには遠かった。

小椋は、5位でゴール。スプリントレースも決勝レースも、2025年開幕戦タイGPと同じポジションで終えた。

「レース終盤に速く走れるということはわかっていました。でも、それを生かすことができなかったんです。それが今回のレースでの自分の強みだったはずなんだけど、それを使えませんでした」

小椋はレース後の囲み取材でそう語った。2025年は、ルーキーでデビューレースでの5位だった。けれど、今年は2年目の5位である。同じ5位でも、小椋にとっては意味が異なる。小椋は「がっかりしている?」と問われると「はい、そうですね」と答えた。

「もう、本当に自分にがっかりです」

だが、その「失望」は、小椋がタイGPに向けてさらなる好結果を目指していたことを意味してもいる。残り21戦、小椋が表彰台争いに加わるレースを期待したい。

優勝したのはアプリリアのファクトリーライダー、マルコ・ベツェッキ(中央)、2位はKTMのペドロ・アコスタ(左)、そして3位は小椋のチームメイトであるラウル・フェルナンデス(右)だった©Eri Ito
決勝レースではレース後半に素晴らしい追い上げを見せた小椋(#79)©Trackhouse Racing