“なんでもある” が時代の正解だった 「初代ディオ」

1987年に登場したディオ(型式:AF18)は、それまでの原付スクーターの価値観を大きく塗り替えた存在。スタイリッシュなデザインと実用性を高いレベルで両立し、安っぽさを感じさせない“生活にフィットするスクーター”という新しい基準を提示した一台だ。ここでは初代ディオを中心に語っていきたいと思う。
象徴的なのが、シート下にフルフェイスヘルメットを収納できる24ℓの大容量メットインスペースを持ちながら、それを感じさせないスマートなデザイン。これは燃料タンクをフロア下に移動することで、収納スペースとシート高を犠牲にせず(シート高は700mm)実現したホンダらしい試みの賜物である。
それまで原付スクーターといえば、買い物などで荷物を積むならば、自転車と同様に後付けのフロントバスケット(前カゴ)やリヤキャリアもしくは足元に置くのが常。1980年代中盤まではヘルメット着用義務がなく“ノーヘル”でもOKな時代の話だった。
その後1986年、爆発的なバイクの普及に伴う事故急増の影響によって、「原動機付自転車のヘルメット着用義務化」が施行される。この流れのなか登場し時代のニーズにずばりハマったのだ。
当時の資料を見ると、年間販売計画台数は88年に20万台! マイナーチェンジを行った89年に19万台! フルモデルチェンジを行った90年には23万台!と、たった3年間で62万台! 88年に発売以来、約6年間で生産累計150万台を突破!という数字が化け物級の人気を裏付けている。
必要なものが最初から全部揃っている。「なんでもあるディオを買わない理由なし」だ。

1980年代と言えばレーシングマシンをイメージさせる、NSR250Rなどレーサーレプリカマシン全盛期。その波は原付スクーターにも届き、89年に「ディオSP」として、当時のホンダ・ワークスマシンカラーである「SEEDカラー」イメージのモデルと「味の素テラカラー」イメージの2モデルをラインナップに追加。写真は白地にブルーのストライプを配した軽やかな「味の素テラカラー」イメージの「ロスホワイト/テラブルー」
SPECIFICATIONS
全長×全幅×全高:1600mm×615mm×990mm
ホイールベース:1135mm
シート高:700mm
車両重量:63kg
エンジン種類:空冷2スト単気筒
総排気量:49cc
最高出力:6.4ps/6500rpm
最大トルク:0.74kgm/6000rpm
燃料タンク容量:4.0ℓ
燃費:67.4km/ℓ(30km/h定地走行)
ブレーキ(前・後):ドラム・ドラム
タイヤ(前・後):3.00-10・3.00-10
価格:12万9000円
※スペックは89年モデル(ディオSP)
安定感という“もうひとつの価値”
ディオは走りの面でも魅力的だった。
燃料タンクをフロア下に配置し(一般的にはシート下に燃料タンクとバッテリーが鎮座している)、燃料ポンプによってガソリンを圧送。重心を低くすることで安定したハンドリングを実現。
フロントフォークはグリス式ながらスポーティな味付けがされたテレスコピックサスペンションを採用。当時としては太めの10インチワイドタイヤ(3.00-10)や大径95mmのフロントブレーキを装備し、軽快かつ快適な走りを実現している。
またエンジンは、新設計の空冷2スト単気筒を採用。最高出力は6.4psを発揮(初代)し、低速域から申し分ない加速力を見せた。
クセのない自然な乗り味は、誰が乗っても安心できる仕上がりは、ライバル車と比較してもアドバンテージを感じるほどである。
その後、89年にエンジンを中心にマイナーチェンジ。ポート形状や排気効率を見直すことによって最高出力は従来の6.4ps→6.8psにアップして、翌90年には待望のディスクブレーキを装備した「SR」グレードが登場する。
排気量50ccに満たない原付スクーターにとって、この0.4psの違いは体感できるほどエキサイティングだった。
当時のホンダ原付スクーターはラインナップも充実。リーズナブルなモデルはタクトシリーズ。軽快さやスポーティさを前面に出したモデルはジーダッシュ(89年発売)に譲り、“扱いやすさ”と“安心感”を重視した。
「速さだけじゃない、使いやすいことも性能」
そんな価値観を提示したのがディオだったのである。

ディスクブレーキを前輪に装備したスポーティなメットインスクーター「ホンダ ディオSR」を1990年に発売。エンジンは、新設計の吸・排気ポートを持つシリンダーや新燃焼室形状を持つシリンダーヘッドに、排気効率を向上させる新型マフラー(楕円形→丸型に)を組み合わせ、最高出力6.8ps/7000rpmを発揮する。

1989年に登場したジーダッシュ(G’)はディオとは対極的で、徹底的にスポーツ性能を極めたアスリート系。最も大きな違いはメットインという実用性を省いたこと。リヤキャリアも無くし徹底的に車体をシェイプアップ。エンジンは吸排気効率や燃焼効率を徹底追及して6.8psを発揮し、ステンレス製カバー付きの大容量マフラーによって中高速域のパワーをさらに強化している。
さらにはサイドカバー(ブリスター形状)前部やアンダーカウルから走行風を導きエンジンの冷却効果を高めるなど車体内側の空気の流れも考慮したエアロボディデザインも特徴だ。
また足周りはフロントをディスクブレーキ化(Φ160mm)。フロントフォークはディオのグリス式に対してアルミ製ボトムケースを奢った油圧ダンパー式。路面追従性と剛性アップを実現するなど本格的な足周りを持っている。残念ながら一代限りでラインナップから外れてしまうが、そのスポーツDNAは94年に登場するライブディオZXへ継承されていくのである。
50ccという枠が生んだ“全部入り”と高いデザイン性

速さに縛られすぎず、でもちゃんと楽しい。
その中でディオは、“便利さ”と“デザイン”を一気に引き上げた。
フロントディスクブレーキを採用する「SR」グレード、次々と登場する新色や特別仕様の展開、個性的な派生モデルなど、どれを選んでもちゃんと成立している“完成度の高さ”があった。
そしてもうひとつ重要なのが、デザインだ。
ディオは単に便利なだけではなく、“見た目が良い”こともトピック。
エアロデザインを採り入れたり、ツーコート(二層)塗装による鮮やかなカラーリングなど、若者の心もしっかりとキャッチ。薄型ツインフォーカスヘッドライトとスーパークリプトンバルブ(35/30W)の採用でフロントマスクも薄型になって精悍なフロントマスクとなっている。
シンプルでプレーン、それでいて都会的。男女問わず支持された理由もここにある。
さらにシリーズが進む中で、1994年にエンジンレイアウトは縦型から横型へと進化していく。これは単なる技術的な変更ではなく、パッケージング全体を見直す大きな転換だった。
これまでの使い勝手とデザインを磨く進化にプラスして、これまでジーダッシュが担っていた走りを伸ばす進化も両立。悲しいかな50ccスクーターは、メットイン無しでは勝負できない(販売台数があまり見込めない)という現れでもあった。
“安くはないけど選ばれる” それがディオ!
ディオは決して最安のモデルではない。
むしろグレードによっては、やや上の価格帯に位置する存在だった。
それでも売れた。理由はシンプルだ。“その価格に見合う価値があったから”である。
便利で、カッコよくて、ちゃんと走る。さらに社外製パーツが豊富だからパワーチューンもドレスアップも大得意。当時のオーナーから「自分好みに仕上げられた」という声が多く聞かれた。
そして気がつけば──人気も・完成度も・満足度も全部持っていったような気がする。
時代のニーズを読み、便利さとデザイン、そして走りを高いレベルでまとめ上げた“完成された一台”なのである。

ディオシリーズのイメージキャラクターとして選ばれたのが、当時絶大な人気を誇っていた広末涼子。ディオご成約で、目覚まし時計やブロックメモなど広末グッズがもらえるキャンペーンを行なっていた(ちなみに筆者もその目覚まし時計で起きていた)。ストリートファッションとの相性も良し。※画像は当時のカタログ
主要モデル・ヒストリー
※この記事は月刊モトチャンプ2025年3月号を基に加筆修正を行っています








