ボートショーに展示された「動かない船」の正体とは?
正直に言うと、筆者はボートショーに出展されていた「Sixフロート」に気付かなかった。そのことをSixフロート開発プロジェクトの責任者である水谷さんに話をすると、残念そうな表情を浮かべるどころか、「してやったり」という表情に見えた。

Sixフロートとは、水に浮くフロートの上に、アルミ・アングルを組み合わせた骨格に、FRPの板を乗せただけのもので、ボートショー会場ではただのベンチかと思えたのだ。けれどそれは、船外機を何年も開発してきたエンジニアが、「これが新しい水上モビリティです」と、日本のマリン事業トップメーカーであるヤマハ発動機の製品として、ボートショーに展示した前代未聞の乗り物だった。
長期ビジョンの「絵」から現実に飛び出した
Sixフロートの起源は、2018年にさかのぼる。ヤマハ発動機のマリン部門では長期ビジョンを策定した。水辺をもっと人々に親しませる環境をつくる、というコンセプトが文言で登場する。その後、未来の水上空間を描いたイラストが添えられた。コーヒーカップのような丸いフロートの上で、人々がくつろぐ光景。水面に浮かぶ新しい「居場所」を作った絵だった。

しかし、絵を描いたきりで、進展はなかった。
「ひとつの案であり、世の中には似たような考えもある。どうせ流行らないだろうと思っていた部分もあったと思います」。
似たような実証実験を行っている異業種企業が水上の大型フロート上に東屋(あずまや)のような建物を設え、観光スポットにする実証実験をやったり、行政がプロジェクトを立ち上げ、水辺の賑わいを取り戻そうとするイベントもあった。ただし、それらには共通した弱点があった。クレーン車が必要で、移動するだけで百万円以上かかる。専用の場所がなければ展開できない。天気が崩れれば使えないだけでなく、撤収作業だけで大仕事になる。
「構想や実験はあっても、他社ではなかなか進まないって聞いたこともあります。でも我々は、日本のマリン業界のトップメーカーでもあり、だったら本気でやろうって話になったのが、一昨年の年末ぐらいですね」。
目指した要件は「シンプルで、キャンプ用品みたいに」
プロジェクトのコンセプトは明快だった。「手軽に、どこでも、ポチャンと浮かべられるもの」。水谷さんがチームに示したコンセプトは、なんと「安っぽく作ろうぜ」だった。以前お伝えした実験艇のカタマランでもプロのデザイナーに依頼するほど、デザインにこだわるヤマハにおいて、真逆のアプローチに思える。
「ボートって高いじゃないですか。水の上に出るっていうのは特別な体験、そう思わせたらダメだと。身構えさせちゃいけない。ポンと水上に置く感覚、それぐらいの気軽さでないといけない」

素材の多くはあえて「ありもの」を選んだ。フロートの部分はサップ(SUP=Stand Up Paddleboard)と同じ素材で、空気で膨らませる丸いもの。骨格はホームセンターで手に入るようなアルミのアングル。その上に、ヤマハが長年培ってきたFRP(繊維強化プラスチック)の板を乗せ、表面に滑り止めを張っている。構造的には、拍子抜けするほどシンプルだ。
「工具も使いたくないんですよ。将来的にはキャンプ用品みたいにスポスポはめるだけで組み立てられるようにしたい。畳めばバンなどに積んで、どこの湖でも川でも持っていける。そういうものにしないと、本当の意味で水辺の活性化にはつながらない」
形状は六角形を選んだ。サイズは免許無しで操船できるという船舶の法規制の範囲である3メートル未満に収め、複数をつないだ時に面積を最大化できると、理論上最適だったからだ。しかし後になってわかったのは、機能面だけでなく、見た目の効果が大きかったことだ。「どうしてもエンジニアとして機能面だけ考えるんですけど、イベント会社の担当者に『六角形なのがデザイン的に良いんですよ』と、言われました」。


「何もしないコンテンツ」はすぐ満席に、TV取材も
昨年11月末、中央に1つ、周りに6つの計7個のSixフロートを繋いで浜名湖に浮かべ、こたつテーブルとドームテントを置いてみた。夜、照明デザイナーがライトアップをしつらえると、別世界に変わった。
「正直、我々も興味を持ってもらえるか不安だったんですよ。でも有料でやってみたら、すぐ満席になってしまった。テレビの取材も来て、静岡の冬の閑散期に使えると話題になって。そんなにウケるものなのかと、むしろ驚いた側なんです」




キャンプ用のこたつ布団を置けば水上こたつになり、テントを張れば個室になる。フロートを1個か2個だけ出せば小さなイベントに対応でき、10個つなげば大きな空間になる。自治体や観光協会が「今年は3個買って、来年また2個追加する」という買い方もできる。
重要なのは、このフロートは基本的に「移動するための乗り物」ではないことだ。人を迎えに行く、物を受け取りに行くというときには移動もできるが、本来の使い道での速度はゼロ。水上に止まって、お茶を飲んで、話をして、何もしない。それ自体がコンテンツになるという発想は、モビリティメーカーとしてはある種の逆転だった。

「お花見をしながら、ちょっとだけ見る角度や、場所を変えたい時のために推進器付きのユニットも作りました。3m、2馬力未満なら免許も要らず、タブレットで操作できる。飲み物を乗せたまま岸と行き来もできます」。

基本的にSixフロートはその場にじっとして時間と空間を楽しむものだが、そのひとつに船外機を取り付け、動力船となるバージョンも作った。ヤマハ発動機グループのドイツTorqeedo(トルキード)社製電動推進ユニットが装備される。水上プロダクトに強いヤマハグループならではだ。




ここ最近の海水浴人口は、ピーク時の10分の1以下に減少した。ボートやヨットを楽しむ層は高齢化が進み、若い世代や子育て世代がなかなか入ってこない。水谷さんらが目指すのは、水に関する新たなレジャーの創出だ。
「子供たちにジッとしているSixフロートはウケないですね。子供向けの水辺のイベントって、すでに沢山あるし、子供たちは水のあるところは楽しい場所だということを知ってる。むしろ刺さるのは、学生やサラリーマン、若い世代の大人です。ちょっとチルしたい、非日常を味わいたいけど、構えたくないっていう層。その人たちに、水辺ってこんなに気軽なんだって、乗ってもらえればわかると思うんです」。
競合に喧嘩を売りには行かない。スワンボートが営業している場所にSixフロートを持ち込んでも、活性化ではなく嫌がらせとなりかねない。狙うのは、水辺はあるのに水の上には誰も出ていない場所。「あ、ここで水の上に行けるんだ」という驚きが生まれる場所だ。


「ヤマハが来て、いつの間にかなんか新しいことが始まってるじゃんみたいな。そんな風にそっと後押しをできる存在になれればいい」と水谷さんは言う。
ヤマハらしさとは、とことん「好き勝手」をやれること
今後は、工具なしで組み立てられるよう骨格を専用設計し、天板のFRPももう少し軽量化できそうだという。フロートの品質を担保できる製造パートナーを探し、3年以内の販売を目指しているという。価格は1台数十万円を想定する。
「現状は試作第1号くらいで、まだまだシンプルにできる余地がある。もっと削ぎ落として、もっと安く、もっと手軽に、それが完成形のイメージです」。

このプロジェクトを通じて、水谷さんは改めてヤマハという会社の気質を実感したという。「先ほどお話しした他社の担当者が、社内コンセンサスを取れずに苦労している話を聞いたとき、『うちは真逆だな』と思った。当時の事業部長から『海にちょっとでも関係することなら好きなことをやってくれていい。どんなことでも応援する』と直接言われたので、それなら、今までにないものに挑戦してみよう、という気持ちになった。そういう意外性があるものを認めてくれるのがヤマハらしさかもしれません。そのノリの良さが、今も生きている気がしますね」
ちなみに、その当時の事業部長は現在、現取締役となり、設楽社長体制を大きく支えるひとりとなっているという。世の中には「エビデンスを示せ」などという上司が多いと囁かれる昨今にあって、そんな器の大きな人材が会社を引っ張っていく存在になる。それもまた、ヤマハらしさなのだろうと想像してしまう。
今回の取材と撮影は浜松シーサイドゴルフクラブのコース内にある池をお借りしたもので、お客さんであるゴルファーたちがラウンドを終えた夕方からの撮影となった。様々な小道具を用意してくれたり、適した角度にSixフロートを「操船」したり、繋いでくれたりと、多くのヤマハ発動機マリン事業部社員の人たちに手伝ってもらったが、その動きはまさに放課後のクラブ活動に近いと感じた。ある意味、仕事をしているというより、楽しいからやってるというようにさえ見えた。

ヤマハが感動創造企業を目指し続けるために、常に社員が感動体験を模索しているのを目の当たりにしたわけだ。彼らのそうした積み重ねで気付いたのが、速さもエンジン音もない、静かな会話や音楽、風や波の音が生み出す豊かな時間と空間。時速0kmで味わえる感動の創造だった。
多少でも事業に関わることなら好き勝手にやらせてくれるトップがいて、だったらとことんやってやろうとなる社員がいるのが、ヤマハらしさだ。多数決でみんながいいねって言うものじゃなく、よくわからないけどやってみる。その発想力と行動力がヤマハの強みなのだと強く感じた。
まさにSixフロートは、ヤマハらしい乗り物だった。

