ヤマハ発動機とティアフォーの合弁による「eve autonomy」社とは?

eve autoの自動運転搬送車両。ヤマハ発動機のゴルフカー技術をベースに、自動運転ソフトウェアを組み合わせた屋外構内搬送向けの車両で、工場や物流施設などでの無人搬送に対応する。

ヤマハ発動機が世界中のゴルフ場へ送り出すゴルフカート車両「ゴルフカー」は、日本では圧倒的なナンバーワンシェアを誇り、北米でも長年支持を得ている。1975年に誕生し、現在では日本はもちろん、米国にも生産拠点を持つヤマハを代表するモビリティのひとつだ。

ゴルフ場のみならず観光地や過疎地域、はたまたバスなどの運用が難しい都心などでも、ゴルフカー/ランドカーの技術を活用して公道走行をできるようにした「グリーンスローモビリティ」として新たな人々の足としての可能性をいかんなく発揮しつつある。さらに自動運転車としての活用にも採用されるなど、その信頼性からこれからの様々な乗り物としての活用が期待されている。モビリティ企業ヤマハ発動機を支える柱のひとつでもある。

eve autoは、牽引重量1.5t、積載重量300kgに対応する自動運転搬送車。登坂能力7度、対応段差±3cm、自動運転時の最高速度10km/h、継続走行距離約40kmのスペックを備える。

そんな実績と厚い信頼を持つゴルフカーの技術を応用し、生産現場などにおいて無人でモノを運ばせたいといった発想を実現すべくして生まれたベンチャー企業が「株式会社eve autonomy(イヴ・オートノミー)」である。

eve autonomyは、ヤマハ発動機と自動運転OS「Autoware」などを手がけるティアフォーが出資する合弁会社である。そこで誕生した無人自動搬送サービスが「eve auto(イヴ オート)」だ。

株式会社eve autonomyは、ヤマハ発動機とティアフォーによって2020年に設立された企業。自動運転技術を活用した無人搬送ソリューション「eve auto」を提供し、屋外搬送の自動化を支援する。

社内ニーズ解決から事業展開へ

eve auto誕生に至る発端は、静岡県浜松市北部にあるヤマハ発動機 浜北工場内での部品搬送の自動化ニーズだったと、ヤマハ発動機で、新事業開発を6年経験し、出向というカタチで2023年にeve autonomy CEOとなった星野亮介氏は言う。

株式会社eve autonomy COO 松本和宏氏(写真左)、代表取締役CEO 星野亮介氏(写真右)

「ヤマハ発動機 浜北工場の熱処理工程は、炉を冷ますことによるエネルギーロスや品質への影響を避けるため、24時間連続で稼働させています。また、熱処理の前後にある加工工程についても、生産状況によっては夜間まで稼働しています。

一方で、建屋間の部品搬送は人手に依存しており、24時間体制で作業員を配置することは容易ではありません。そのため、夜間に熱処理を終えた部品が搬送されずに在庫として滞留し、朝の時間帯に一気に搬送する必要がありました。

結果として、工場搬送は朝のピーク搬送量に合わせて人員やフォークリフト台数を確保しなければならず、朝や夕方が忙しくなってしまうといった、効率面での課題を抱えていました。

さらに、浜北工場は「遠州のからっ風」で知られる地域に位置し、冬は非常に寒くなります。加えて、夏の暑さや雨天時の作業環境も厳しく、屋外を含む搬送作業は作業者にとって大きな負担となっていました。

こうした搬送業務の課題を解決するため、自動搬送技術の活用を目指した取り組みが2017年頃からスタートしました。その後、2019年には本格的なプロジェクトとして推進されるようになりました。そして、「これらの課題はヤマハ発動機だけでなく、多くの製造業が共通して抱える課題である」という考えのもと、社内課題の解決にとどまらず事業として展開するために立ち上がったのが当社です。」(星野氏)

株式会社eve autonomy 代表取締役CEOの星野亮介氏。ヤマハ発動機での新事業開発業務を経て、出向という形で同社のCEOに就任した。eve autoの原点は、ヤマハ発動機 浜北工場での部品搬送自動化ニーズにあったという。

自動化にはソフトとハードの両方が要る。ヤマハ発動機単独ではなく自動運転技術を持つティアフォーと「同じ船に乗る」ことを1年かけて交渉し、合弁化に至った。社名の「eve」は、クリスマスイブのイブ、「前夜」の意から、自律(オートノミー)の夜明け前という思いを込めたという。

一方の松本氏は、元ヤマハ発動機社員。コンサルティング業界を経て、声をかけられeve autonomyに転職した。「事業として伸びていく実感があり、社会性もある。ちょうど新規事業コンサルの経験も活きると思い参加しました」と振り返る。現在は出向・転籍組を減らし、プロパー社員が7〜8割を占めるまでに組織は成長している。

株式会社eve autonomy COOの松本和宏氏。ヤマハ発動機からコンサルティング業界を経て、eve autonomyに入社した。事業の成長性や社会的意義に加え、新規事業コンサルティングの経験を活かせる点に魅力を感じたという。

AGVとの違いは「不整地を走れる搬送車」

工場搬送の自動化というと、一般的にはAGV(Automated Guided Vehicle)を思い浮かべる人も多いだろう。しかしeve autoは、屋外・不整地を走れる点が根本的に異なる。

ヤマハ発動機 本社工場では、エンジン組立ラインと車体組立ラインを分離したことで建屋間搬送が必要となり、従来の手動荷役と牽引車による搬送に代わる手段として導入された。

「一般的なAGVは屋内専用で、フラットな床、雨も坂もない、段差も小さな環境が前提です。我々の車両はヤマハのゴルフカーの技術がベースなので、砂利道や多少のバンピーな路面、雨天や坂道にも対応できる。そこがeve autoの強みです」(星野氏)

eve autoの車両は、ゴルフカーの技術を活かした堅牢な走行性能を備える自動運転搬送車だ。一般的なAGVが屋内のフラットな床面を前提とするのに対し、eve autoは段差や坂道、雨天、夜間など多様な屋外環境での構内搬送に対応する。

もう一つの違いは、建屋間や屋外構内を走行できる点にある。工場建屋を出ると構内であってもトラックやフォークリフト、人が行き交う混合交通の環境を走ることとなり、一般道に近い自動運転技術が求められる。そこでティアフォーの持つ、バスやタクシーなど公共交通の自動運転で培った技術が生きてくる。ただし、本当の公道ではなく、用途など絞り込むことができるので、センサー類などは簡素化できるという。

eve autoの強みは、屋外構内の混合交通環境に対応できる自動運転技術にある。歩行者やトラックが多い屋外では、音声、光、文字による注意喚起と障害物検知機能を活用しながら搬送を行う。

これまで、工場建屋間のモノの移動は、フォークリフトによる「横持ち」搬送や、牽引専用車が広く担ってきた。いずれも人の運転が前提であり、本来は「縦持ち」と呼ぶ上下に荷物を動かすためのフォークリフトを横持ちに使用するのは非効率であり、危険も伴う。熟練したフォークマン(フォークリフトオペレーター)を雇用する必要がある。それらが、eve autoに置き換われば、人手不足だけでない様々な課題解決に繋がるわけだ。

建屋間搬送では、走るだけでなく、荷物の積み下ろしや発進指示まで自動化する必要がある。eve autoは誘導線を使わず指定の位置に停止できるため、自動荷役装置との連携が可能となっている。

ゴルフカーの資産を「引き算」で活かす開発思想

eve autoの車両は、ヤマハのゴルフカーの技術を活用すること自体が目的ではなく、商用化や投資対効果(ROI)を見据えた結果として、既に高い信頼性と量産実績を持つゴルフカーの技術をベースとすることが最適な選択だったという。

「量産品質を持つゴルフカーと部品を共通化することで、コストと品質の安定を両立できる。ゼロから新規車両を起こすのに比べ、部品調達網の面でも圧倒的にやりやすかった」(星野氏)

自動運転用のセンサーやPCは、必要最小限にとどめる「引き算の美学」を貫く。LiDARはルーフ上にメインをひとつ置き、前方は簡素なものとした。後退時の自動運転は行わない設計だ。

「本当はもっとセンサーを積みたい欲もあります。しかしお客様が比較するのはフォークマンの人件費であり、投資対効果です。過剰な装備はコストに跳ね返る。だから低速域に割り切ることで、リーズナブルなLiDARと相応の処理性能のPCで成立させています」(松本氏)

障害物を検知すると、その場で停止し周囲へ通知する。「障害物を賢く回避してほしいという声もありますが、あえてそこは踏み込まない。決めた通路に障害物があるのがおかしい、結果的に整理整頓に繋がるというお客様との合意も含めて事業として運用しています」(星野氏)

障害物を検知した場合、eve autoは無理に回避せず、その場で停止して周囲に知らせる。障害物を取り除き、再スタートボタンを押すことで運行を再開する仕組みで、決められた通路をクリアに保つ運用が現場の整理整頓にもつながるという。

実用の現場で磨かれた「コストと安全のバランス」

量産型車両は2022年11月に稼働を開始し、2023年から本格的な商用販売へ移行した。現在は製造業を中心に、物流倉庫や石油化学プラントなど広大な敷地を持つ現場にも広がりを見せる。2030年に1000台稼働を目標に掲げ、当面は年間200台の展開を目指す。

「実証実験ではなく、実運用のお客様に使っていただいている。だからこそコストはシビアに見ていますし、技術的な進化は続けつつも、商用レベルで求められる安全性とコストのバランスを狙い続けています」(松本氏)

eve autoは、自動運転車両だけでなく、運行管理ツールやサポートサービス、既存施設との連携機能などの搬送自動化サービス全般をサブスクリプション型で提供する。オンライン上で走行ルートや停車位置、走行速度、注視エリアなどを変更・追加でき、現場の運用変更にも柔軟に対応する。

将来的には、より大きな重いものを搬送できる車両バリエーションの追加はもちろん、車両単体の提供にとどまらず、積み下ろしの自動化や周辺機器を含めたソリューションとしての展開も視野に入れる。「周辺のソリューションの解決を課題としていくブランドをeve auto plusとして、バイクで言うワイズギアのような、周辺領域も含めたブランド展開をしていきたい」と松本氏は語る。

「忖度させない、好きにやらせる」ヤマハらしさ

親会社の意向に従うだけの存在ではなく、自立した事業会社として屋外自動搬送サービス「eve auto」を展開するeve autonomy。親会社に忖度せず、フラットに挑戦できる関係性が「ヤマハらしさ」であり、事業成長を支えていると語る。

出向者としてヤマハ発動機を外から見つめる星野氏、転職者としてヤマハ発動機を離れ、コンサルティング業界を経てeve autonomyに入社した松本氏。二人が口を揃えるのは、合弁会社としての「立場」への理解の深さだ。

「代表になった瞬間から、私はヤマハ発動機の便益を一番に考えてはいけない立場になります。eve autonomyの便益を考えなければならない。もし親会社を優先していたら、この会社は成り立たない。そこを理解し、忖度無しに任せてくれて、成長に期待してくださっていることには感謝してます」(星野氏)

松本氏も、ヤマハ発動機出身として同じ感覚を持つという。「上も下もなく、フラットに会話ができる。親会社としてのコントロールを強く感じることがなく、『やらまいか』(「やってみよう」の意から、新しいことに挑戦していく精神を表す浜松地方の方言)と挑戦させてもらえる。それはこの地域、浜松の風土もあるのでしょうが、間違いなくヤマハ発動機らしさだと思います」(松本氏)

1955年に日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)のバイク部門から独立して創業したヤマハ発動機の本社及び最初の工場である浜北工場(創業時は浜名工場と呼ばれた)の中を、ヤマハ発動機の世界シェア製品であるゴルフカーが持つものを資産として活用し、合弁会社に「好きにやらせる」姿勢によって、走り始めた。

この地で、ヤマハブランド初のオートバイ「YA-1」が生まれたときも、当時の日本楽器が持っていた製造技術やブランドを利用しながら、ヤマハ発動機は独立した別会社となり、大いなる『やらまいか』精神で動き始めたと聞く。

ヤマハ発動機の創業シーンが、時代を超えて蘇っているのではないか。浜北工場で人を乗せずとも黙々と走り続けるeve autoを見ていると、そう思わざるを得なかったのだ。