使いどころが難しいパッシング

道路上での非言語コミュニケーションとして広く浸透しているパッシングだが、道路交通法で明確な用途は規定されていない。あくまで慣習的なローカルルールにとどまる。

パッシングは、ステアリングコラムにあるライトスイッチのレバーを手前に引くことで、ヘッドライトのハイビームを一瞬だけ点灯させる操作だ。これにより対向車や先行車に対して強い光の信号を送ることができる。

本来の役割は「パッシング」の名前の通り「追い越しの合図」であった。しかし実際には追い越しの合図として使われることは少なくなってきており、緊急時における前方への合図として用いられているのが現状だ。

道路交通法上ではパッシングそのものを規定する条文は存在しないため、具体的な使い方はローカルルールとなっている。ただし、あおり運転を取り締まる「妨害運転罪」が2020年6月に創設されたことで執拗なパッシングは妨害運転と見なされるようになった。

そのほかパッシングが原因となるサンキュー事故も多いうえ、パッシングされたドライバーが逆上して暴行事件に発展した事例などもある。パッシングは便利な合図ではある反面、なにかと問題も起きやすい合図だ。

パッシングは状況によって意味が180度変わる

状況によって意味が変わるパッシングは、地域によっても解釈が変わる。世代によっても認識に大きなズレがあるはずだ。

パッシングが抱える最大の懸念は、状況によってその意味が正反対になる点にある。狭路で単にパッシングしただけでは「どけ」という意味だ。ただし、道路脇に寄って対向車の進路を確保したうえでのパッシングは「お先にどうぞ」という意味に変わる。

交差点で直進車から右折車に対してのパッシングは「先に曲がれ」と道を譲る行為になる一方で、「先に通過するから動くな」という優先権の主張としても用いられる。

そのほかにも、直進道路における対向車へのパッシングは、先の道路に事故やネズミ捕りなどの異変があることを知らせる合図であったり、ヘッドライトの球切れを知らせるメッセージとして発せられるが、ハイビームが眩しいという抗議にも使われる。

パッシング自体はただの光の点滅信号だ。パッシングを使われた側としては状況から判断するしかなく、場所や前後の文脈次第でそのメッセージはポジティブにもネガティブにもなり得る。

受け取り側に解釈を委ねる部分が大きいため、発信側の意図が正確に伝わるとは限らない危うさがパッシングの大きな特徴だ。

あおり運転の表面化により「パッシング=妨害運転」という認識も以前より強まっており、本来の意味である追い越し予告としてパッシングを行うと、近年は催促の意味合いが強くなってしまうかもしれない。

車両正面に対して視覚的な強い発信力を持つパッシングは、緊急時の合図として非常に便利な反面、誤解を生みやすい不確実なツールでもある。

トラブルを避けるコツは極力パッシングを使わない

強い光を放つパッシングは相手へ与える刺激も強いため、受け手に圧迫感や切迫感、不快感を与えやすい性質がある。加えて、夜間や雨天時は、相手の視界を奪う眩惑を引き起こし危険な状況を招きやすい。パッシングは使う側も状況をよく確認することが鉄則だ。

フラッシュのようなパッシングの強い光は正面からの被視認性が抜群であり、相手に強く訴えかける用途に向いている。とくに交差点のような切迫した状況では有力なコミュニケーションツールと言えるだろう。

ただし、パッシングする側は後方から来る二輪車などにも注意を払わなければ、サンキュー事故を誘発する恐れがある。その一方で、直進車がパッシングを使って対向車の右折を中止させる行為もリスキーな運転と言わざるを得ない。

より円滑な交通のためにはパッシングに頼るよりも、早めの減速や十分な車間距離を意識して、状況を見ただけで最適な交通ができるような余裕を持った運転を心がけたい。交差点以外では、ハンドサインやウインカーなどで合図を送る方がより確実な意思表示となるだろう。

しかしパッシングを使いたいシーンや、使わざるを得ないシーンは確実に存在する。追いつかれてもセンターラインをまたぎながら走行するドライバーや、高速道路の追い越し車線を走り続けるドライバーに対する注意や警告がその例だ。

ただし、こうした運転をするドライバーの大半は、なぜパッシングされたかすら理解できず、挙句の果てに不快感だけが残り、あおり運転をされたと通報する恐れもある。

合図によるコミュニケーションは、共通認識があって初めて成立するものだ。現在におけるパッシングは、それが正当であれ不当であれ、意思疎通を図る際に声を荒らげて伝えるような行為になりつつある。

このような有様になってしまったパッシングという行為は、使いどころが非常に難しい。パッシングでのトラブルを避けるコツは、極力使わないことだ。