ボンジョルノ!在イタリア・ジャーナリストの大矢アキオ ロレンツォです。
イタルデザインと聞いて、多くの読者は斬新なデザインのコンセプトカーや歴代量産車を真っ先に想起することでしょう。しかし、実車以外のさまざまな研究開発にも積極的に取り組み、果敢な提案を続けています。最新例のひとつが、ここに紹介する次世代自動車用シートのプロジェクト「ReSedo(レセード)」です。トリノ郊外モンカリエリの本社で開発担当者に聞きました。

100%再生可能への挑戦
レセード・プロジェクトは、持続可能素材、革新的プロセス、そして完全な循環型デザインのビジョンを通じて、重要部品であるシートを再構築する2025年の研究です。
特徴として
1.「無駄の少ない生産 → 使用後の解体 → 素材の回収・再利用」という無限ループの実現
2.全体の65%にリサイクル素材を使用し、うち45%が再リサイクル可能
3.接着剤、ステッチ(縫い目)、着色仕上げを排除することで、使用後の解体とリサイクルを容易に
4. ナイキの1プログラムで、製造過程に出る余剰素材や使用済み製品の素材を回収する事業を行う「ナイキ・グラインドNike Grind」との提携
があります。

主な技術としては
3Dプリントによる熱可塑性ポリウレタンを用いたラティス(格子構造)パッド : 従来のウレタンフォームや接着剤に代わるものとして採用。通気性と解体性が向上
・3Dニット・テキスタイル: 混合糸(ナイキ・グラインドによる端材20%、リサイクル・ポリエステル80%)を使用。廃棄物を最小限に抑えるシームレスなトリム(表皮)を製作
が挙げられます。
今回デモンストレーション機とともに解説してくれたのは
マティルデ・ピッチョーニ Matilde Piccioni (持続可能性&クリーン・テック戦略グループ Sustainability & Clean Tec Strategic Group)
アルフレード=カスティリオーネ・モレッリ Alfredo Castiglione Morelli (車両内外装統括 Overall Interiors & Exteriors Engineerling)
の両プロジェクトリーダーです。

Q. なぜ研究対象としてシートを選択したのでしょうか?
マティルデ・ピッチョーニ(以下MP) : シートは自動車の中で最も複雑な部品のひとつだからです。無数の材料が接着や縫製されており、その複雑さは製造だけでなく使用後の作業にも影響します。素材の分離は困難で、シート全体を取り外して廃棄するしかありません。持続可能性がゼロなのです。そこで私たちは、新素材と3Dプリンティング技術を用いた実験を行うことにしました。廃棄物の削減と再利用を目指したプロセスの最適化、素材の有効活用、環境負荷の低減、そして全部品をリサイクル可能にすることを目指しました。同時に最終顧客の要望に基づいてシートがどこまで設計段階と製造段階の両方で柔軟にカスタマイズできるかも研究課題のひとつでした。
Q. ナイキ・グラインドNike Grindとの協業のきっかけは?
MP : 2024年のコンセプトカー『クインテッセンツァ Quintessenza』では人間と自然の関係性を重視しました。その文脈で私たちは自然素材や革新的素材の探求を始め、それがナイキ・グラインドとの出会いにつながりました。同車ではナイキ製シューズに使われている素材を床材に採用しました。それをきっかけに、イタルデザインはレセードのために中長期的パートナーシップ契約を締結しました。プロジェクトでは接着剤を使わない業界、つまりファッション業界から調達した素材をテストすることで新たな可能性を模索しました。これは素晴らしい経験でした。彼らの使用済み素材がどこから来て、どうリサイクルされ、どのようにリサイクル可能になるのかを俯瞰できたからです。また、製造工程における廃棄物の削減や製品のライフサイクル終了時における分解プロセスの最適化についても議論しました。


素材と開発プロセス
Q. 表皮、つまりトリムカバーについて教えてください。
MP : ナイキ・グラインドによる完全リサイクル可能な再生素材の糸「ツィーロ」を使用しています。製造には3Dニッティング・テクノロジー(筆者注:ホールガーメントテクノロジー。3Dプリンターのようにシームレスで編み出す技術)を採用しました。化学処理は施されていません。
Q. シートヒーターは装着可能なのですか?
MP:暖房機能を持たせるため、導電性の銅線も編み込まれています。これにより、従来のシートヒーターよりも格段に軽量化が図れます。
Q. 下層にあるのは?
MP : ナイキ・グラインドの「ステップアヘッド」充填発泡材です。靴の廃棄物から作られています。これは単に詰め物として機能するフォームで人間工学的機能はありません。
Q. 実際に乗員を支えるのは?
MP : TPU(熱可塑性ポリウレタン)製パッドで、従来型シートに見られる多層構造の代わりを果たします。その格子構造は希望する快適性のレベルに合わせてカスタマイズできます。ただし素材としての観点からいえば、現状では最も持続可能性に欠ける部分といえるでしょう。現状では3Dプリンターで使用できる素材に技術的な限界があるからです。さらなる研究が必要な部分です。




アルフレード=カスティリオーネ・モレッリ(以下AM) : 荷重を受けるストラクチャー部分は、廃棄される金属粉を用いて金属3Dプリンターで造られています。具体的にはアルミニウム合金AICI10MGと呼ばれているものです。開発は空間設計から始めました。つまり、実際のシートよりもはるかに大きな全体容積を想定したのです。細部はトポロジー(位相)の最適化を追求しました。
Q. それは具体的に?
AM : 荷重がかかる箇所を特定し、重点的に肉厚にしてゆきました。たとえばシートベルト取り付け部分です。事故発生時に乗員を拘束する荷重を支えるために厚く設計しなければなりません。対して、堅牢な構造が不要な部分は無駄を排除した結果、このような設計に至りました。
まず使用する材料のシミュレーション検証フェーズを行い、次に相関関係の検証を実施して、ここにあるようなサンプルを数種作成しました。次にサンプルに対して引張試験と圧縮試験を行い、熱処理後のこの形状における材料特性を検証しました。
Q. 全体の重量は?
MP : 現在の重量は25kg弱ですが、構造の最適化、たとえば内蔵シートベルトの不採用など)により、さらなる軽量化が見込めます。
Q. 将来、可動部分は設けるのですか?
MP : バックレスト角度だけでなく、カーボンモノコック・シートのように全体が動く、完全なチルト機能の検証を開始しています。つまり、高さ調整を機械的に行うのではなく、シート全体が動くようにするのです。その他の調整機能も検討できますが、重量増加の恐れがあるため、適切な妥協点を見いだす必要があります。
MP : 成形された各層は接着剤、化学処理、縫製を一切行わずそのストラクチャーに取り付けられるため、シート全体が持続可能な部品となります。
Q. 開発で最も困難だった段階は?
MP : あらゆるプロジェクト同様、最大の課題のひとつはクリエイティブな側面、つまりスタイルと技術的な側面すなわちエンジニアリングとの融合段階でした。デモンストレーターとして数ヶ月の開発期間中、私たちはデザイン的観点から美しいオブジェクトを製作することを優先しましたが、持続可能性、カスタマイズ性、柔軟性といった諸目的の達成を考慮しました。




カスタマイズとの親和性と量産へのステップ
MP : このシートは主にスーパースポーツカーやラグジュアリー・モデルで使用されることを前提に設計されています。さらにさまざまなモビリティ、航空宇宙、工業デザインなど、さまざまなセクターに応用できます。
Q. カスタマイズ性について説明してください。
MP : 理論的には各ユーザーの身体をスキャンし、快適性や乗車姿勢を判断して、特定のサイズ、位置、形状のそれに応じてパッドを設計できます。
AM : ストラクチャー部分も金属粉を用いた3Dプリンティングを用いているため、重量の最適化やシートデザインに基づいたカスタマイズが可能になります。このデモ機にはシートベルトが内蔵されていますが、もし当初未装着でも再設計して再プリンティングすることで、コストと開発時間を最小限に抑えることができます。また3Dプリンティングの恩恵で大規模な製造設備が不要です。高額な投資を回避でき、広範な用途に対応できます。
製造に従来型工具を要さないので、デザイン、形状、構造の変更や、パーツの追加・削除もが生じた場合も容易です。ストラクチャーの部分もCADデータポイントを変更して再プリンティングするだけで済むのです。

Q. クラッシュセイフティーに関する研究は?
AM : このプロトタイプ研究では、実際の衝突時のような負荷ケースは実行せず、仮想空間のみで検証を行いました。
Q. 今後製品化まではどの程度の期間を想定していますか?
MP : 私たちはコンセプトの実証段階から限定生産の開始までの仮説を立てました。開発期間は約9~12ヶ月と想定しています。これには仮想検証、物理的検証、路上テスト、車内ではなく座席でのテストなど、すべてのエンジニアリング作業が含まれます。
Q. ホモロゲーションの検討は開始していますか?
MP : シートを量産化し、型式認証を取得するために実施すべき活動と確認事項のリスト作成は開始しましたが、実際の活動はまだ開始していません。構造に関する仮想シミュレーションは既に欧州・米国両市場を対象としており、世界規模に拡大しようとしています。具体的には、車両への新規取り付けだけでなく、アフターマーケット製品として供給する可能性も考慮に入れています。後者の場合、特定の型式認証は不要になります。
Q. つまりアフターマーケットも市場になり得ると?
MP : 選択肢のひとつになり得ます。
Q. 一般道走行のみのドライバーもいるいっぽうで、サーキットをたしなむユーザーもいます。
MP : 初期段階ではロードカー用を想定しています。レース用車両は型式認証や認可に関して異なる条件がありますが、検討する価値はあるでしょう。 AM : このシートを量産レベルに引き上げるには、物理的な検証を別途行う必要があります。将来的に量産に達するかは現段階では分かりません。ただし、シートの設計や最終顧客向けカスタマイズといったエンジニアリングは常にイタルデザインで行います。
Q. 量産の場合、サプライヤーは何社が必要でしょうか?
AM : ストラクチャーのサプライヤーが1社必要であるほか、パッドのサプライヤーや裏地の生地のサプライヤーが必要です。



Q. 従来型シートよりもかなり高価になるのでしょうか?
MP : 既存のシートの価格帯は、数百ユーロの標準型から数千ユーロのカーボンファイバー製モノコックシート、プレミアムシートまで幅広くあります。当社が採用する技術を考慮すると、よりハイエンドな価格帯を目指しており、1万5千ユーロから2万ユーロを超えるプレミアム・セグメントを照準にする予定です。
−− 以上がレセード・プロジェクトに込められた開発者の思いです。そこからは、デザインとエンジニアリングの高度な両立という創業時の精神と、長年培われてきたこの企業のミニマリズムが新たな世代によって脈々と受け継がれていることが伝わるのです。
それでは皆さん、次回までアリヴェデルチ(ごきげんよう)!


