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Mercedes-AMG GT 63 S E PERFORMANCE
システム最大トルクは驚異の1400Nm超え
フランクフルトからの機内で読んだ資料に「システム最大出力843ps、システム最大トルク1400Nm以上」と書かれていたそのクルマは、スペイン・セビリア空港の駐車場にポンと停めてあって、「ナビはセットしてあるから」とカギを渡され、とりあえず荷物を放り込んでエンジンをかけ走り出した。
季節外れの雪に見舞われた極寒のフランクフルトでBEVのEQEに試乗した翌日に、気温25度を超えるセビリアでコクピットドリルも受けずいきなり“メルセデスAMG GT 63 S E Performance”を走らせるなんて、自分でもほとほと因果な商売だなあとちょっと困惑する。困惑したもんで、空港内から出るルートを間違えて、いきなり目的地とは逆方向の高速に乗ってしまった。
インストゥルメントパネルが示す“モーター駆動”
次のインターでUターンするとしばらくは高速道路を走りますよとナビが言っているので、ひと呼吸ついてからあらためて室内を見渡した。
AMG GT(の4ドア)に乗るのは久しぶりだったので、各種スイッチの場所と機能を確認する。センターコンソールにはサスペンションなど調整スイッチがズラリと並ぶが、ステアリングホイールに備わるロータリースイッチにもそれらの一部はついているので「もっとスイッチは減らせるのでは?」と前回試乗したときも同じことを思ったと思い出した。
メーターはこのクルマ専用のグラフィックが選択されていて、夜の滑走路のような奥にいくほど間隔が狭くなる2本のラインが真ん中にあって、これがさっきからチカチカしている。点灯するとエンジンの回転計の針がポトンと落ちるので、どうやらモーター駆動で走行していることを示しているらしい。
高速道路では快適なサルーン
“E PERFORMANCE”は去年公開されたAMG初のプラグインハイブリッドシステムの名称で、V8と直4の2種類があるがこのクルマにはV8が積まれている。ドライブモードはデフォルトの「コンフォート」のままで、アクセルペダルを戻すと回転計の針は死んでコースティングモードに入る。100km/hで走っていると、エンジン回転数は1300rpm付近を維持するが、バッテリー残量がある場合は、そこから少し踏み込むと回転数は上がらないのに速度は上がる。モーターによるアシストを受けているようだ。
法定速度で高速道路を走っている限り、GT 63は至極快適なサルーンそのものである。エアサスペンションのセッティングが良好で、乗り心地も自然で穏やかだ。“サウンドボタン”というのがあって、これをいじるとEV走行中であってもスピーカーから勇ましい音が聞こえてくるけれど、そうでなければ室内の静粛性も高く、普通にロングクルージングが楽しめる。システム最大出力843ps、システム最大トルク1400Nm以上のスペックにしては肩透かしを食らうくらい平穏だった。
V8ツインに(ISGじゃなく)BSGを装備
そのまま何事も起こらず驚くようなこともなく目的地に到着。スペインはモンテブランコサーキットである。ここでようやく、といっても簡単なクルマの解説があった。E PERFORMANCEに関してはGenroq Webでも以前書いたのにほとんど覚えておらず、エンジニアの説明を聞きながらスマホで自分の原稿を読み返した。実はなかなか複雑なシステムで、一部いまだに正確に理解できていない部分もあるのだけれど、要するに次のような仕組みである。
エンジンはM177の4.0リッターのV8ツインターボ。AMGで「63 S」としてすでに世に出回っているユニットと同じである。しかしそれらがISG仕様であるのに対してこちらはBSG仕様となる。ISG仕様はATの9Gトロニックのトルクコンバーターをモーターに置き換えて駆動力を上乗せしているが、BSGはスターター・ジェネレーターをモーターとしても活用する。
後輪の駆動力を司る特製電動ユニットを採用
GT 63がBSGとしたのは、トランスミッションにAMGスピードシフトMCTを使いたかったからだ。このギヤボックスは湿式多板クラッチを用いているのでトルクコンバーターがなく、構造的にISG仕様とするのは不可能なのである。AMGスピードシフトMCTにこだわったのは瞬速の変速スピードやダイレクト感が欲しかったからだという。
ギヤボックスの後ろにはトランスファーケースが備わっており、ここから前輪へ向けてのシャフトが繋がっている。車名に4MATICとは謳っていないが4輪駆動である。後方へ向かうプロペラシャフトは“エレクトリックドライブユニット”と呼ばれるケースに入る。この中にはモーター/eデフ/2段切り替えギヤボックスが入っていて、後輪の駆動力を司る。リヤモーターは204psの出力を持ち、2段のギヤはモーターの最高回転数である1万3500rpmに相当する140km/hを境に電動アクチュエータによって切り替わる。
何よりパフォーマンスを重視したHV
このユニットの上にはバッテリーが置かれている。6.1kWhの容量で、連続出力は70kW、最高出力150kW。この数値からも分かるように、E PERFORMANCEはPHEVとはいうものの、EVモードでの航続距離を重視したものではない(EVモードの航続距離は最大12km)。
車名に“ハイブリッド”“PHEV”などと付かないのはそういう意味も含まれている。“E PERFORMANCE”の名の通り、あくまでもパフォーマンス重視のPHEVなのだ。よって、電気を溜めることよりも、充放電の速さに特化したバッテリーとなっている。充放電の頻度が多いと発熱量が増えるが、専用の直接水冷システムにより常に摂氏45度辺の温度に保たれているそうだ。
引率はベルント・シュナイダー!
空港からすぐに飛び乗って走ってきて、10分程度のブリーフィングの後にすぐにコースインさせられそうになったので、「その前に、み、水をください」とお願いして、ごくごく飲みながら上記のシステムを復習した。
ヘルメットを被って、ここまで乗ってきた試乗車に再び乗り込む。インストラクターが運転する先導車の後を追うスタイルだが、インストラクターはなんとベルント・シュナイダーだった。モンテブランコは過去に何度か走ったことがあるものの、もうほとんど覚えていないので、レシーバーで彼にその旨を伝えるとライン取りやブレーキングポイントなどを丁寧に教えてくれた。
体感と現実が伴わない加速マナー
そして徐々にペースを上げていく。ストレートで全開を試す。感覚的には思っていたほどの加速感ではないものの、速度計はあっという間に250km/hを超えていた。つまり猛烈に速いのに、体感がそれに伴わないのである。そもそもこのV8ツインターボだけでも圧倒的な速さだが、それにモーターの駆動力が“乗っかっている”イメージで、内燃機の荒々しさが相殺されているようでもある。
もちろんドライブモードは「レース」を選んでいる。ただ、モーターによるアシストはずっと続くわけではないので、ストレートエンド手前のブレーキングを開始する直前くらいにモーターがフェードアウトして頭打ちしたような感触があるのだ。しかし、実際にはまだ加速し続けている。総じてこれまで体験したことがない加速マナーだった。
「基本的にESPは介入しません」
リヤにドライブユニットやバッテリーを置いたおかげで、前後の重量配分はちょうど50:50になったそうで、前後の接地感はノーマルのGT 4ドアよりもいい。エアサスによるばね上の動きのコントロールやeデフによる後輪左右の駆動力配分も秀逸で、自分ごときの運転スキルでもどうにかシュナイダー先生について行けた。
ESPやブレーキを使ったトルクベクタリングだと、乱れた姿勢を立て直す際にどうしてもパワーをロス(=減速)してしまうが、モーター+eデフならモーターの出力を制御できるので、エンジンパワーを殺すことなく安定した挙動をキープできる。後でエンジニアに聞いたら「このクルマの場合、基本的にESPは介入しません」とのことだった。ハイブリッドだとそういうメリットもあるわけだ。
より速く走るために“回収”するという思想
ホットラップを終えて電池の残量を見たら(走行中は見る余裕がなかった)、コースイン前の残量は26%だったのにそれが72%になっていて驚いた。サーキットなんか走ったら電池なんか空になってると思ったからである。レースモードでは、エネルギーの回生効率も最大となるので、ブレーキングのたびにしっかり充電し、加速時にそれをまた使える仕組みである。電気の出し入れを素早くできるこのクルマ専用のバッテリーならではの特性だ。
ヘルメットを脱いでまた水をごくごくと飲み干しひと息ついたら、さっきまでコース上にいた同じクルマで今度はホテルを目指す。空港からの往路と同様、疲れた身体にはことさら心地よい快適なサルーンである。そしてセビリア市内に入ってタウンスピードになったら、モーターのみのEVモードになった。サーキットのホットラップからEVまで、ここまで完璧にこなす4ドアセダンは、いまのところ他に知らない。
REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)