WRCでグループAの最適解をいち早く見つけたランチアの慧眼とは

ランチアによる前人未到のWRC6連覇の立役者「デルタ」がグループAで最強だった理由【ラリー名車列伝 SS1】

市販モデルベースのラリーカー規定グループA、その黎明期において圧倒的な強さを見せた、ランチア デルタ。写真は1990年開幕戦モンテカルロで勝利した、ディディエ・オリールのデルタHFインテグラーレ 16V。
市販モデルベースのラリーカー規定グループA、その黎明期において圧倒的な強さを見せた、ランチア デルタ。写真は1990年開幕戦モンテカルロで勝利した、ディディエ・オリールのデルタHFインテグラーレ 16V。
2022年11月10〜13日、愛知県と岐阜県を舞台に、世界ラリー選手権(WRC)最終戦ラリージャパンが開催される。日本におけるWRC実施は2010年以来、実に12年ぶり。今シーズンから導入されたハイブリッドパワートレインを搭載する「ラリー1」が、日本のターマックステージを疾走することになる。そのラリージャパンスタートまで約2ヵ月、WRCの歴史において忘れることのできない名車を紹介する短期連載。第1回で取り上げるのは、グループAを6連覇を達成したイタリアの名車「ランチア デルタ」だ。

Lancia Delta Integrale 16V

1987年から急遽グループAがトップカテゴリーに

何でもありのグループBが廃止され、急遽市販ベースのグループAベースのラリーカーを仕立てることになったランチアは、2.0リッター直列4気筒ターボエンジンに4WDを組み合わせた「デルタHF 4WD」を選んだ。
何でもありのグループBが廃止され、急遽市販ベースのグループAベースのラリーカーを仕立てることになったランチアは、2.0リッター直列4気筒ターボエンジンに4WDを組み合わせた「デルタHF 4WD」を選んだ。

1986年シーズン、ポルトガルでのヨアキム・サントス、そしてツール・ド・コルスでのヘンリ・トイボネンによる悲劇的なアクシデントにより、モンスターマシンを生み出していたグループB規定は終焉の時を迎える。代わって、WRCのトップカテゴリーに導入されたのが、市販車をベースとするグループA規定だった。

急遽決まったこのグループAに向けて、ランチアが用意したのは、コンパクトハッチバックのデルタにパワフルな2.0リッターターボエンジンを搭載し、4輪を駆動する「デルタ HF 4WD」だった。

グループBでランチア最大のライバルだったプジョーは撤退を選び、アウディは大柄なボディを持つ「200 クワトロ」を投入。フォードはFRの「シエラ RSコスワース」と4WDの「シエラ XR 4×4」という2本立てだ。

一方、グループB時代からグループAで戦ってきたマツダとフォルクスワーゲンは、それぞれ1.6リッターターボエンジンを搭載するコンパクトな「323 4WD」、1.8リッター自然吸気エンジンの前輪駆動「ゴルフ GTi 16V」を持ち込んだ。

絶え間ない進化を続けたグループAデルタ

1987年のモンテカルロで衝撃てな勝利を飾ったデルタは、その後も進化を続け、1992年までマニュファクチャラーズ選手権6連覇を達成した。写真は1988年、ランチアに悲願のサファリ初勝利をもたらした、ミキ・ビアジオンのデルタHF インテグラーレ。
1987年のモンテカルロで衝撃てな勝利を飾ったデルタは、その後も進化を続け、1992年までマニュファクチャラーズ選手権6連覇を達成した。写真は1988年、ランチアに悲願のサファリ初勝利をもたらした、ミキ・ビアジオンのデルタHF インテグラーレ。

グループA初ラリーとなった1987年開幕戦モンテカルロで、デルタはライバルを圧倒する。ミキ・ビアジオンとユハ・カンクネンが圧巻の1-2フィニッシュ。ビアジオンは3位に入ったアウディ200 クワトロのバルター・ロールに4分もの大差をつけて見せた。この年、ランチアは9勝を挙げて、余裕のダブルタイトルを決めている。

結果的にランチアがデルタで採用した「2.0リッターターボ+4WD」という組み合わせは、グループAの最適解ということになった。その後、グループAを雛形とし、1997年から導入されたワールドラリーカー規定においても、この2.0リッターターボ+4WDという形式は引き継がれていくことになる。

敵なしの強さを見せつけたランチアだったが、シーズンごとにデルタを進化させる。1988年ポルトガルからは拡幅化された「デルタHF インテグラーレ」、1989年サンレモからはエンジンを16バルブ化した「デルタHF インテグラーレ 16V」、92年開幕戦モンテカルロからは最終進化形となる「デルタHF インテグラーレ(デルトーナ)」を投入。6シーズンで46勝を記録し、1987年から1992年まで6年連続WRCマニュファクチャラーズ選手権制覇を達成した。

デルタの牙城を崩した日本製ラリーカーたち

三菱、トヨタ、スバルなど、日本メーカーがデルタと同じ2.0リッターターボ+4WDラリーカーをWRCに投入。ランチアは最終進化形の「デルトーナ(写真)」で対抗する。
三菱、トヨタ、スバルなど、日本メーカーがデルタと同じ2.0リッターターボ+4WDラリーカーをWRCに投入。ランチアは最終進化形の「デルトーナ(写真)」で対抗する。

しかし、この2.0リッターターボ+4WDという最適解を採り入れた、三菱ギャランVR-4、トヨタ・セリカGT-Fourスバル・レガシィRSといった日本製ライバルが登場するようになると、ランチアは簡単には勝てなくなってしまう。

特にトヨタ・セリカGT-Four(ST165)は、カルロス・サインツのドライブで1990年と1992年にWRCドライバーズタイトルを獲得。グループAカテゴリーにおいて、初めてランチアと対等以上の戦いを繰り広げることになった。そして、1992年のサンレモでの勝利を最後にデルタは勝てなくなり、1993年シーズンをもってワークス活動にも終止符が打たれてしまう(1992年からはサテライトチームの「ジョリークラブ」がランチアのワークス活動を担当)。

フルビア、ストラトス、ラリー037、デルタS4と続いてきたランチアのラリー活動は、このグループA・デルタを持って幕を下ろすことになった。フィアット・グループにおける市販ベースのモータースポーツ活動も、アルファロメオによるツーリングカーレース参戦に引き継がれ、ランチアはグループ内における高級車ブランドへと転身を図る。

しかし、この2.0リッターターボ+4WDという最適解を採り入れた、三菱ギャランVR-4、トヨタ・セリカGT-Four、スバル・レガシィRSといった日本製ライバルが登場するようになると、ランチアは簡単には勝てなくなってしまう。

特にトヨタ・セリカGT-Fourは、カルロス・サインツのドライブで1990年(ST165)と1992年(ST185)にWRCドライバーズタイトルを獲得。グループAカテゴリーにおいて、初めてランチアと対等以上の戦いを繰り広げることになった。そして、1992年のサンレモでの勝利を最後にデルタは勝てなくなり、1993年シーズンをもってワークス活動にも終止符が打たれてしまう(1992年からはサテライトチームの「ジョリークラブ」がランチアのワークス活動を担当)。

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