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Pagani Utopia
パガーニ新章の始まり
パガーニが指定したミラノのホテルに到着すると、玄関先で淡いブルーのウアイラ・コーダルンガが出迎えてくれた。仮ナンバーをぶら下げている。おそらくオラチオ自身が乗り付けた(翌日までずっと路駐されていた!)。
もうそれだけで随分と盛り上がってしまったが、新型モデル(今ではその名が”ウトピア”であることを知っているがその時点ではまだC10だった)のワールドプレミア会場であるテアトロ・リリコ・ジョルジョ・ガベールに到着し、ウェルカムドリンクを片手に大勢の招待客を眺めている間も、これから11年に一度のパガーニ新型モデルプレミアに立ち会うという興奮を抑えきれずにいた。
ジャケット姿とはいえ普段着とさほど変わらぬ筆者は、ここぞとばかりにカクテルドレスを着込んだ美しい女性たちを見るたび、ひどく場違いに思えて居場所をなくした気分になる。時刻は夕方の5時前。劇場内へ入るようアナウンスされた。いよいよ新時代の幕開けだ。
いわゆるシアター劇場である。舞台があって、なぜかグランドピアノがステージにあった。だいたい新型車の発表をオペラやクラシックコンサートの似合う伝統的な劇場で開催するなど聞いたことがない。一体、どんな演出になるのだろう?
司会者が登壇し、オラチオ・パガーニを紹介すると会場のボルテージは一気に上がった。割れんばかりの拍手で会場の温度がふっと上がる。待ち侘びてきた瞬間がいよいよ訪れる。
オーケストラの如きアンベール
オラチオの挨拶が始まった。例によって彼はイタリア語で通す。司会者がそれを訳すのだけれど、オラチオの話が長く、英訳は随分とはしょられた。それでも聞いていられるのだから、やはりこの会場の人たちにとってオラチオ自身がクルマそのものよりも大切なスーパースターであるということだろう。
司会者がピアノの理由を語った。音楽一家に育ったオラチオは、正規のレッスンを受けたことがないにも関わらず、見よう見まねでピアノ演奏を会得したらしい。しかも弾けるというレベルにとどまらず、作曲もするという。今夜は彼が作曲した曲を彼自身によるピアノの演奏で聴きながら新型車の登壇を待つという趣向だ。
ステージ奥の幕が上がると、オーケストラが現れた。まるでオペラだ。オラチオがピアノに向かう。細やかで優しいけれども表情のたった旋律を奏で始めた。オーケストラのバックアップとともに新型モデルのディテールが映像として徐々に明らかになっていく。そしてついに舞台の下からC10が姿を現した!
喝采が巻き起こる。一斉にスマートフォンが向けられた。車名も明らかになる。「Utopia=ウトピア」そうユートピアだ。その名前に込められた思いを知りたければ、自動車好きそれぞれの胸の内に聞けばいいとばかり、オラチオの演奏に熱が入った。
パガーニの象徴は健在
我々の目の前に姿を現した新たなパガーニは、クリームホワイトに塗られており、どこかクラシックでありながら、モダンな表情を随所に散りばめている。フロントマスクや、キャビンとボディの境目あたりからはゾンダの表情を思い出すこともできるし、リヤからはパガーニの象徴というべき楕円と4つのエンドパイプによって、このクルマが紛れもなくオラチオの3番目の娘であることを知る。
強く印象に残ったパートはキャビンデザインだ。弧を描いたキャビンはまるで1960年代のレーシングカーで、なるほどオラチオの好みを体現していた。
駆け寄って、もっと近くで実物を見たい。皆がそう思い始めたとき、無情にも司会者に会場からの速やかな移動を促された。これからミュージアムに会場を移し、そこでもう一度、クルマをじっくり見るチャンスとディナーパーティがあるという。その会場とは、レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館である。
そこで我々を待ち受けていたのは驚天動地の展示であった。博物館の一室。ウトピア用のヘッドライトやABCペダル、メーターといったディテールがスタンドの上に飾られ、壁にはコンフィグレーション用のレザーやマテリアルが美しく飾られていた。
そのさきにもうひとつ、奥の間があり、そこに入ってみれば今度はフルビジブルカーボンのウトピアが中央に置かれ、周りに幾つかの描画が飾られている。そのうちにはオラチオによるウトピアのディテールスケッチなどもあったが、6枚だけはっきりと古い描画があった。もしや、それは……。
ウトピアと共にあった6枚の古い描画
そう、なんとダ・ヴィンチのオリジナル・ドローイングなのだ。レオナルドはその生涯を通じて非常に多くのアイデアメモを残しており、ダ・ヴィンチ研究にとってそれは宝物のような存在で、実際、その価値はダ・ヴィンチ自身の描いた絵画に優るとも劣らない。万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチこそはオラチオの崇拝する師であり理想の人物であった。
今回、C10あらためウトピアと共に臨時で展示されることとなった6枚の描画は全て、ダ・ヴィンチやミケランジェロのコレクションで知られるピナコテカ・アンブロジアーナから貸し出されたもので、今回が実は初めての“場外展示”だったという。まさに門外不出の作品に囲まれて、ウトピアはデビューしたというわけだ。この展開はオラチオ自身にとって正しくユートピアであったに違いない。
400名もの招待客には、パガーニコレクターやオーナーはもちろんのこと各界の名士が散見された。我々に近しいところではステファン・ヴィンケルマン夫妻も駆けつけている。ダ・ヴィットリオのスターシェフによる料理の数々に舌鼓を打ちつつ、庭を見渡せばいつの間にかテアトロにあった白い個体も駆けつけて、ゾンダとウアイラの2台と共にパガーニ3世代の揃い踏みとなっていた。その光景こそ「我々クルマ好きにとってのユートピア」であった。