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■Specifications 全長×全幅×全高:4905×1820×1445mm ホイールベース:2910mm 車両重量:1720kg エンジン:2967ccV型6気筒DOHC24バルブ 最後出力:243ps/6800rpm 最大トルク:30.6kgm/4100rpm 燃料供給装置:電子制御燃料噴射 トランスミッション:6速AT 駆動方式:FR ステアリング形式:パワーアシスト付ラック&ピニオン サスペンション形式(前後):ダブルウィッシュボーン ブレーキ形式(前後):ベンチレーテッドディスク タイヤサイズ(前・後):235/50R17・235/50R17 新車価格:690万円(税抜)
英国車の流儀に則ったインテリアはグローバル化により
今や失われようとしているクラシックな世界
今回はジャガーSタイプのインテリアについて語りたいと思う。写真を見ればわかる通り、Sタイプのインテリアは、ウッドパネルと本革を組み合わせた伝統的な英国車のそれだ。良く言えば伝統墨守、悪く言えば古色蒼然としたものと言えるだろう。
当のジャガー開発陣はこのレトロ路線にずっと前から飽き飽きしていたらしく、いつかはモダンでハイテクなクルマへの脱却の機会を伺っていたようだ。彼らが発表してきたコンセプトカーのインテリアは常にモダン志向だったが、ファンがそれを許さなかったのだ。
果たせるかな、イアン・カラムがデザイナーに就任して以来、ジャガーの内装はウッドパネルの使用量がぐっと少なくなり、ハイテク装備を満載した現代的なものになった。しかし、最近のジャガーはどこか無国籍な感じがして車内空間から英国車らしさが薄れたように感じる。少なくとも筆者はXEやX351型XJ、Eペイスよりも、クラシカルで落ち着いた雰囲気のSタイプのほうが“らしさ”があって好感が持てる。
これぞ英国流? インテリアに見るジャガーとドイツ高級車の違い
この英国車の伝統に則ったジャガーのインテリアと対象的なのが、往年のドイツ車だろう。最近でこそ事情が少し変わってきたようだが、かつてドイツ車のインテリアは「クルマはA地点からB地点まで早く快適に移動できればそれで良し」とでも言いたげな、機能的だが素っ気ないものが多かった印象がある。
メルセデス・ベンツSクラスのような高級車ともなれば、当然のようにインテリアは贅を尽くしたものとなるが、どこかビジネスライクで趣味性のようなものを感じることができない。
これは「テクノロジーによる時間と空間の支配」というドイツ人(特にプロイセン系)のメンタリティを追求した結果、趣味性という”雑味”が入る余地がなかったと考えれば理解できるのではないだろうか?
だが、この「時間と空間の支配」を現実世界で実現するには、その高性能とブランド力で他の交通を威圧し、自分の進路を常にクリアにしておく必要が生じる。時折、高速道路などで周囲のクルマを蹴散らすような走りを見せるドイツ車を見かけることがあるが、そうしたドライバーはドイツ車に潜む魔力にあてられ、クルマに支配されているわけである。
ドイツ製高級車のインテリアが無機質であるだけでなく、何やら独裁者の執務室のような権力志向的な空気感が漂うのは、そうした”ドイツ人的メンタリティ”から来るクルマの成り立ちによるものなのかもしれない。
かつてのメルセデスは「最善か無か」を社是とし、自社の高級車を買うようなセレブリティにはスピードと安全性、高い信頼性、そして優れた快適性を保証した。
これは高い技術力を前提にしたドイツ理想主義の発露と言えるのかもしれないが、人間のエゴイズムを臆面もなく顕しているようで、ドイツ車ファンではない筆者のような人間からするとちょっと気になるところだ。人によっては相入れないと感じる部分でもある。
インテリアから感じるドイツ車の”権力”志向と英国車の”権威”志向
さて、ドイツ製高級車のインテリアが「権力志向」だとするならば、ジャガーのインテリアは「権威志向」だと言える。
と言うのも、階級社会のイギリスでは、労働者階級はフォードやヴォクスホール、中産階級はローバー、貴族はロールス・ロイスやディムラーと、往時ほどではないが現在でも「クラス(社会階級)」によって乗るクルマがおのずと決まってくるという。
その中でジャガーはアッパーミドルの階級のクルマだ。昔風に言うなら「ジェントルマン」の語源になった「ジェントリー」のクルマと言えるかもしれない。
ジェントリーとは新興地主階級、爵位を持たない領主のことで、15世紀の地方で誕生し、産業革命が起こった18~19世紀頃に隆盛を誇った。彼らは地主なので十分な経済力を持ち、上級貴族同様に使用人を雇い、家紋を持つことを許され、相応な教養や立居振舞を身に着けてはいたが、(爵位)貴族になることは許されなかった。
そんな彼らはたとえ貴族に叙せられることはなくとも、せめて生き方だけでも貴族でありたいとして自らを厳しく律して日々の生活を送っていたという。
偽物から出発し、己に磨きをかけることで本物になる
ジャガーの成り立ちはジェントリーそのもの
こうしたジェントリーの精神を今に引き継ぐのがジャガーである。
もともと同社はサイドカー製造から出発し、大衆車をベントレー風にカスタムすることで商業的に成功し、会社の基盤を作った。それに続くSSシリーズはベントレーやアストンマーティンの半額で流麗で立派に見えるクルマが買えるということで人気を博したモデルだ。
率直に言って”ジャガー”の出自は本物の高級車の”まがい物”であり、当初はエンスージアストから”見掛け倒し”と酷評されたと言う。だが、エンジンやシャシーの自社開発に踏み切り、技術力を磨き、レースに積極的に参戦して結果を残すことで、自らの実力を証明して”本物”としての名声を勝ち得ることで、いつしか誰もが認める高級車となった。
こうしたメーカーとしての成り立ちが、貴族以上に貴族らしく生きたかつてのジェントリーたちと重なって見える。それは裏を返せば貴族へのコンプレックスから生まれた権威志向の権化とも言えなくはないが。そうしたジャガーらしさはこのインテリアにこそよく現れていると筆者は思うのだ。
グローバル化で失われ行く英国車の伝統的なインテリアが
今なら手頃な価格の中古車で味わえる
ジャガーSタイプのインテリアは、フォードの資本参加によってコストダウンが進んだきらいはあるし、登場した時代を考えても旧態然としたものではあるが、これはこれで独自の世界観と居心地の良さを感じる。
昨今はグローバリズムの影響なのか、メーカーや生産国ごとの違いをインテリアから感じることは少なくなったように思う。どのクルマも似たり寄ったりで個性が消えつつある現在、ジャガーらしさが残るSタイプのインテリアは、手頃な価格で買える輸入中古車の中では希少な存在なのである。
Sタイプのステアリングを握っていると否が応でもジャガーをドライブしていることを意識させられる。それにこの居心地が良くも重苦しいインテリアだ。クルマが「あなたはジャガーを運転されているのですよ。常に紳士たれ。下々の人間の手本になるように上品な運転を心かけて下さい」と訴えてきているようだ。
権力志向のドイツ車とは性格がまるで違うが、どうにも偉そうで周囲の人間を見下しているのはこちらも同じ。まあ、他を威圧する走り方を煽ってくることがない分、ジャガーのほうがマシではあると思うのだが……。